32話: 散歩
美味しいカレーを食した後は、風呂まで自由行動。仮装大会は初日のスケジュールの最後に組み込まれている。
俺はまだ腹が減っていたので、売店でコーヒーと焼きそばパンを購入し、店の前のベンチで一人で食っていた。
昼飯を摂った直後でどうして腹が減っているかと言うと、普通に足りなかったからだ。
野外炊飯と言うのはそんなに量が作れるものではないし、女子ですら運動して腹が減っていたのか、普通に男子と同じ量食べていた。
そんな量で大食漢の俺が満足できるはずもなく、こうして間食をしているという次第だ。
のんびりとパンを齧りながらスマホを開くと、総司からメッセージが届いていた。
ざっと目を通して、思わず眉根をひそめる。
喜ばしいような、ムカつくような、そんな情報が総司から送られていた。
メッセージを読み終わり、スマホを置いて空を見上げる。
いよいよ、かもしれないな。
俺はベンチにもたれ掛かりながら、一人考えにふける。
この事は、チーナにも話しておかないといけない。
そう思った時、
『やっぱりここにいた』
聞きなれた声がして顔を下ろすと、ジャージ姿のチーナが上着のポッケに手を入れてこちらに近づいて来ていた。
クールな歩き方も様になっている彼女は、先程までポニーテールにまとめていた髪を解いて、いつものロングヘアに戻っている。
『よくここが分かったな』
『ヨリがお昼ご飯あれだけで足りるわけないもんね。お腹空いてるだろうなって』
そう言いながら、俺の隣に腰掛けるチーナ。
長いベンチで余裕があるのに、わざわざ肩と肩が触れるほど近くに座ってくる。
ドキリと心臓がはねる音がした。
少し首を回せば、チーナの頭が目と鼻の先に。
身長差のせいでよく見える栗色の髪は、相変わらず細くて綺麗だ。
そうやって見とれていると、不意にチーナがこちらを向いて口を開いた。
至近距離で目が合うが、それを逸らすことはしない。
『何か考え事してたの?』
『え?あぁ、その事なんだけど……』
ちょうどよくきっかけを作って貰ったので、俺は彼女に事情の説明を始める。
心苦しさはあるが、チーナに実害が及ばないとも限らないので、話しておかなければならないだろう。
『………という事なんだ。ごめんな、俺の事情のせいで迷惑かけるかもしれない』
『何言ってるの。私だけ輪の外なんて許さないから』
そう言う彼女の瞳には、やる気がメラメラと燃えていた。
手伝わせるつもりはないんだけどな…。
だが不安に感じている様子は無いので、ひとまず安心だ。
起こるかも分からない問題のせいで、林間学校の楽しさが薄れてしまうのは勿体ないからな。
『まあそういう事だから、極力一人では行動しないでくれ。呼んで貰ったらすぐ行くからさ』
『分かった。よろしくね』
とりあえずこれで大丈夫だろう。念の為、後であれも渡しておくか。
そうして少し頭を整理していると、チーナがある提案をしてきた。
『ねえヨリ、少し散歩しない?』
『散歩?そうだな……そうするか』
これ以上考えても仕方ないし、腹ごなしにもちょうどいいので受け入れて立ち上がる。
心地いい山風が吹く中、静かに言葉を交わしながら俺たちは歩き始めた。
『ねぇヨリ、ここは自然が豊かで、凄く気持ちがいいね』
『ロシアの方が、緑が多いイメージがあるけどな』
『私はずっとモスクワ暮らしだったから、都会しか知らないよ』
『そういえば、そうだったな』
そんな他愛のない事を話しつつ、風気持ちいいね…っと、チーナが呟いた。
同じ気持ちを共有しているような気がして、少し嬉しい。
しばらく風を感じながら舗装された通路を歩いていると、池の周りを一周するような散歩道に出た。
木立に囲まれたそこには緑が溢れており、降り注ぐ太陽が丁度よく暖かい。
昼寝したらさぞ気持ちがいいだろうな。
『わぁ。きれいだね、ヨリ』
『そうだな』
池を一望できるポイントで一度立ちどまり、俺たちは感想を漏らした。
光がキラキラと反射する湖面を、様々な鳥たちが気持ちよさげに泳いでいる。
そんな光景をしばしの間眺めていると突然、俺の左手が握られた。
そしてすぐさまそれは恋人繋ぎへと形を変える。
『ちょ!おいチーナ?』
『ん?なあに?』
驚く俺に、チーナはわざとらしくとぼけて見せた。
まったく、反則だろ……。
そのいたずらっぽい微笑みを見て、手を離すという選択肢は俺の頭から吹き飛んでしまった。
『いや…なんでもない。行こう』
『うん♪』
彼女の温もりを手のひらに感じながら散歩を再開。
湖の周りを2人でゆっくりと回っていく。
チーナの横顔を覗くと、楽しそうに木々の緑を見つめていた彼女は、俺の視線に気づいたかのようにこちらに目を向けた。
そして、
『そう言えば……』
何かを思い出したかのように口を開く。
『ん?どうした?』
『明日の天体観測、2人で観よう。私、少し星の事勉強したんだ』
『え、2人で?』
その内容は、明日の夜に行われる天体観測について。
カップルで見るだの見ないだの、少し話のタネになっていたものだ。
そのゴシップをチーナが把握しているとは思えないが、やはり気恥しいものがある。
さすがにこれは、ハードル高いんじゃ……
『一人で行動するなって言ったのはヨリでしょ?』
『………分かったよ』
まあ結局、俺はチーナに敵わないんだけどな。
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急に手を繋がれたりなんかしたら、作者は心の臓が止まる自信があります