25話: 時の人
✳︎この物語はフィクションです
「「「Yeahああああああああああぁ!!!!」」」
俺の叫びに呼応して、野郎どものバカ騒ぎが館内に響く。
チーナも叫んでいる。
あんな楽しそうな顔、初めて見るかもしれない。
ああそうだ、これでいい。
これが俺のスタイルだ。
バスケのプレーではなく、こうやってバカみたいに叫んで、バカみたいに暴れることが。
後の事なんてどうにでもなる。
今は、ストレスフリーに楽しむだけだ。
我慢していた分、しっかり遊ばせて貰うぜ!
「くそ!偶然だ!いいから攻めるぞ!」
呆気に取られていた澤井が、顔を真っ赤にしてボールを手に取る。
あほか。偶然でダンクが決まるかよ。
先程までの機嫌の良さが一転、明らかに頭に来た様子で、ドリブルしながら突っ込んでいく澤井。
だが、そんなイライラに任せた適当なドリブル、奪ってくれと言っているようなものだ。
即行で追いついて、一瞬で分捕る。
「くそっ!」
「"偶然" だよ!じゃあな!」
飄々と突き放してまたリングに叩き込む。
湧き上がる歓声。
「いいぞー鏡くん!輝いてるよ!」
秋本も楽しげに声を上げてくれる。
「ちょ!何よあいつ!生意気!」
「澤井くん!蹴散らしちゃって!」
「いおりいいいいいぃ!!!いいぞおおおーーーーー!!!」
澤井応援団の声援は、筋肉ダルマ達の単純な語彙にかき消され、俺には届かない。
「おい鏡!勝手な事するなって言っただろうが!はやくディフェンスに集中しろ!」
「うるせぇ!」
石田が俺に怒りの声を向けて来るが、知ったことか。
シカトを決め込んで次に備える。
それからはもう、めちゃくちゃだった。
敵味方関係なくボールを奪い取り、相手リングに無茶苦茶に攻めまくる俺。
躍起になって自分で得点しようとする、澤井や石田。
誰にパスを出していいのか分からなくなる敵味方チームメイト達。
そんな中、また俺がボールをカットし、ドリブルで相手リングを目指す。
もう少しでシュート圏内という所まで来た時だった。
「くそ!いい加減にしろ!」
俺を追いかけていた澤井が、やぶれかぶれに俺の左腕を掴んだ。
明らかなファール行為。
だが、そんなことで時間を取られるのもアホらしい。
それに、そんな掴み方で止めようなんざ、100年早い!
自分の腕を捻り、体の移動を使って力の逃げる方向へさっと振りほどく。
驚くほど簡単に、レフェリーが気づく間もなく、その妨害は突破できた。
そのまま相手ゴール下まで入りレイアップで得点を決める。
「ファールまでして止められないとか。バスケ下手なんじゃないですか?」
「鏡てめぇ………くそ!」
残り時間15秒。得点は、40対40。
どちらかが決めればほぼ勝負が決まる。
そんな状況の今、リバウンドを奪ってボールを持っているのは、うちのチームメイト。
だがそいつは、敵チームに囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「俺に回せぇ!」
石田がボールを要求している。
だが正直、この試合奴の得点率はかなり低い。
もう少しで勝てるという時に、俺はあいつに任せたくない。
かと言って、俺は石田へのパスをカットできる立ち位置にいない。
ここまで来て、負けたくない。
賭けだ、賭けだが、ここで声を上げてボールを回して貰うしかっ!
「おい!!!俺によこせ!!!まつだああああぁ!!!」
果たして、その答えは
「細井だぼけえええええぇ!」
その瞬間、俺に向かってボールが飛んできた。
ごめん、ほんとごめん。だがありがとな!
「やめろ!」
澤井が体をぶつけてそのパスをカットしようとする。
だが鍛えた体幹でバンっとそれを跳ね返し、ボールをキャッチ。
そして最後は、きっちりダンクで締めてやった。
ビイイィ!
試合終了の合図。
42対40。俺たちの………いや、俺の勝ちだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
試合が終わり、女子決勝の待ち時間。
俺はベンチに座って、火照った体を冷ましていた。
『もう、ひやひやしたよ。あのままヨリが何もしないんじゃないかって』
『全くだよ。最初からああしてりゃ良かったんだ』
俺がスポドリを流し込んでいると、チーナが俺の汗を拭いてくれる。
そんな俺たちに嫉妬の目線を向けて来るやつも多いが、試合最多得点の俺に、さすがに口出しして来ない。
『この野次馬の前でボコボコにしたんだ。さすがの澤井も、チーナには手出し出来なくなったろ』
『うん、ありがとう。かっこ……よかったよ』
俺の目を見ながら、平然と恥ずかしいセリフを放ってくれるチーナに、俺は赤面してしまう。
運動後だから、顔が赤いのは誤魔化せているだろう。
とはいえ、ほっとしている自分がいるのも確かだった。
いくら澤井が勝手にふっかけて来た勝負とはいえ、負けてしまった場合、相当しつこくチーナに迫って来たはずだ。
「よう鏡。ナイスファイトだったな。めちゃくちゃだったけど」
少し息が整った時、細井が俺に声をかけてきた。
最後にパスを回してくれたチームメイトだ。
「ああ。ありがとな、最後俺に回してくれて」
「もっと早くこうするべきだったよ。正直石田のワンマンプレーも、面白くなかったからな」
そう言って、細井は顎で後ろを指す。
そこには、項垂れてベンチに座り込む石田がいた。
細井の声が聞こえたのか、くっ!っと悔しそうに顔を上げこちらを睨みつけてくる。
「にしてもなんだよあの応援団。びっくりしてコケそうになったぞ」
「あれは……親戚だよ」
「うそつけ」
そう言ってひとしきり笑い合うと、細井は高原達と話をしに行った。
細井と入れ替わるように、多くの男女が俺の周りに集まって来て、口々に褒めてくれる。
「いやあ良かったぜ!澤井先輩泣きそうになってなかったか?」
「ほんと、あの人嫌いだわ。スカッとしたよ鏡くん!」
そう言って、澤井をぶちのめした事を讃えてくれる。
こんな風に時のヒーローになるのは初めてだ。
凄く照れくさい。
やはり一定数澤井が嫌いな人間もいるようで、俺の奇行に賛同してくれている。
ちなみに、件の澤井の姿は見当たらない。
敗北した途端どこかに隠れたのだろうか、いい気味だ。
と言っても、スポーツ推薦を貰っている程の奴に、本来の実力を出されたら正直厳しかっただろう。
女遊びにうつつを抜かしたか、よっぽど冷静さを欠いていたか。
なんにせよ、自業自得だ。
さて……と、
『さ、次はチーナの番だ。今度は俺が応援するから、頑張れよ』
『うん。見てて』
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次回、ちょっぴり詩織視点