109話: 頬に願いを
おいおいおい、珍しくおしゃれなサブタイじゃ~ん
一週間後の、放課後。
「さ〜今日も勉強会頑張ろ〜! ほら総司くん」
「ん、ああ」
誰もいなくなった教室で秋本がみんなを集め、いつも通り勉強を始めようとする。
『チーナ、今日は一緒に……』
『ううん、用事、あるから……』
俺もチーナに声を掛けるが、暗い表情で断られる。
またか。
あれ以来いつもそうだ。
無視されるわけでは無いのだが、ほとんど会話をしてくれない。
登校は一緒にするのだが、その間もコミュニケーションはほとんど無い。
「チーナちゃん、今日も不参加か……。伊織くん、何かあったの?」
「いや、別に……」
秋本が心配そうに俺に声をかけてくるが、俺はなんとなくはぐらかす。
俺にも、よくわからないのだ。
『私の未来に、ヨリも入ってきてよ!』
チーナのあの時の言葉が頭の中で反響する。
あれはどういう意図だったのか。
俺は何がいけなかったのか。
ずっと考えてはいるけど、一人では憶測しかできない。
ああくそ、勉強に身が入らない。
全然集中できないな。
一時間ほどノートにむきあってから、俺ははあと息をついて、シャーペンを放り出した。
「ちょっと休憩にしよっか。私飲み物買ってくるね」
俺が集中できていないことに気が付いたのだろうか。
秋本がそう提案して席を立つ。
その際、なぜか総司の肩に手をポンと置いてから、教室を出ていった。
「たく、めんどくせえな」
肩を叩かれた総司は、なぜかそう呟いて、出ていく秋本を横目で見やる。
「めんどくさいって、何が?」
「お前だよ伊織」
「俺が? なんで?」
訳がわからず、俺は総司に問いかける。
だが総司はそれには応えず、逆に俺に聞き返してきた。
「なあ伊織、チーナと何があった」
「え、チーナと?」
予想外の質問に、俺は困惑する。
総司がこの手のことを気にするなんて、思っていなかったからだ。
「いや、だから、何も無いって」
「ばかか。その調子で何も無いわけ無いだろうが」
いいから言えって、と総司は繰り返す。
「なんでお前が、そんなに気にするんだよ」
「何言ってんだ、俺はいつだって友達思いだろうが」
「それは俺以上に嘘ついてるだろ!」
そりゃ、助けてもらったことは多々あったが、それはいつも総司の快楽的行動の結果だ。
こんな俺とチーナの問題に、こいつの興味が湧く要因があるとは思えない。
「お前が面白がるようなことじゃ無い」
「別にいつもの善意ある行動をしようとは思ってない。お前らがそんなだと、こっちも調子狂うんだよ。いいからさっさと話せ」
そう言って、面倒そうに足と腕を組んで促す総司。
まあ、ちょうど一人で悶々としていたところだから、丁度いいかも知れない。
相談相手としては極めてあれではあるが。
「実は、こんなことがあってさ……」
俺は、チーナと何があったか、こくこくと総司に話した。
渡り廊下での出来事、チーナに言われたこと、俺が言ったこと。
「私の未来に入ってきてくれって、最後にそう言われた。他人事なんだねって」
「なるほどな……」
総司は頭の後ろで手を組むと、背もたれにもたれかかって天井を見上げる。
そして視線だけこちらに向け、口を開いた。
「なあ伊織、お前もわかってるだろ。チーナが怒ってる理由」
「……俺が、俺の願いを伝えなかったことか?」
これは、この一週間ずっと考えていた俺の答えであり、独りでは確信に至れなかったものだ。
「そう。チーナのことを考えるのはいいが、お前はお前の希望を何も言わなかった。チーナもいろいろ悩んでる時に、お前が自分の意思を何も言ってくれないから、本当に自分を思ってくれているのか、不安になったんだろ」
総司は組んでいた腕をおろすと、今度は机に肘をついた。
「なあ伊織、お前はどう思ってるんだ」
「俺は、でも、チーナの将来だし、もし俺の希望を優先しちまって、それがよく無い選択になったらと思うと……」
総司は俺の話を黙って聞いてくれる。
「もしチーナがアメリカの大学に来てくれたとしても、同じ大学に通える訳じゃないし、俺といられない時間、慣れない国であの容姿だろ。何かあったらって思うと、不安で……。俺はまだ何の責任も取れないし……」
「なあ伊織、ちょっと立て」
「え、何だよ」
急に遮られて、起立を促される。
なんのつもりかは分からないが、なんとなく断れない雰囲気があり、俺はおとなしく椅子を引いた。
「ほら、立ったぞ。いったい何を……」
その時、突然総司が拳を握り、俺の左顔面に打ち据えた。
「この馬鹿野郎が!」
ばきっ!
「うお!」
いきなりの展開に訳がわからないまま、俺は床に倒れる。
殴られ慣れているためあまり痛いとは思わないが、驚きは大きい。
「な、何すんだ総司」
俺は体を起こして殴られた頬をさすると、総司を睨み付ける。
「久しぶりに青春したくなっただけだこの脳筋が! お前は脳筋なんだから、何も考えずチーナに思いのたけをぶつけてこい! 何が「何かあったらって思うと」だ! お前は国を守る軍人になりたいんだろ! 自分の女一人守れずにそんなものになれるか? あ? 」
声を荒げる総司に、俺は思わず口をぽかんと開けて固まった。
今のこいつからは、打算のかけらも感じられない。
本当に、本心から、俺たちのために声を上げている。
それが分かった。
「チーナのためを思うなら、お前がどうして欲しいか伝えろ! チーナの将来に入っちまってるお前の意思がわからなきゃ、何も決めらんねえだろうが! あいつだってガキじゃ無いんだ! お前が何言ったって、ちゃんと自分のことは自分で決める! お前は何も考えずに、ただ願いを伝えてこい!」
言われて、その通りだと思った。
チーナのためを思うなら、その恋人である俺の意思も、一つの大事なファクターなんだ。
「総司……ありがとな」
「んなこたどうでもいいからさっさと帰れ! 帰ってチーナとぶつかってこい!」
「おう」
俺は立ち上がり、教室を走って飛び出した。
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総司、貴重な青春シーン。