108話: 他人事
数日後。
午後のロングホームルーム。
「それではコックスくん、面談を始めますね」
今日の内容は、言ってしまえば進路相談だった。
進学の生徒が出席番号順に別室に呼び出され、担任の橘先生と一対一で今後の方針を話し合う。
話し合いの内容はずばり、本当に今のままの進路希望で良いのか。
大学の願書提出を一ヶ月半後に控え、もっと上を目指すのか、安全圏に切り替えるのか、落ちた場合後期はどうするか、などなど、模試の結果なども踏まえて具体的に相談する。
ちなみに、他の生徒は教室で自習だ。
「と言っても、コックスくんの場合あまり相談の余地もないのですけど……」
がしかし、俺の面談は開始三秒で緊張感が消え去った。
「えぇ……、なんでですか」
「だって、君はもう勉強する科目を英語と数学に絞ってしまってますから、今さら日本の大学に変えるのも無理がありますし、アメリカだと試験も全て共通ですから、どの大学の過去問をやりなさいなんてアドバイスもできません」
確かに、他の科目は早々に切って、評価を稼ぐ程度にしか勉強してない。
「まあ勉強の方は大丈夫ですよ。来月受けるテストもダメ押しみたいなもんですし」
「そうですね。私からは、もう頑張れとしか言えません……」
そんなことを言いながらも、橘先生はアメリカへの進学について相当調べてくれている。
手続きや評価内容、小論文の書き方など、正直かなり助けられた。
「それより、クルニコワさんの方は大丈夫ですか?」
あれ、急に話題が変わった。
「チーナが、どうしたんすか?」
そう言えば、面談は出席番号順だったな。
チーナのファミリーネームはクルニコワだから、俺のひとつ手前。
ちょうど俺の直前に面談をやっていたことになる。
そういえば、チーナは里子だから、レイクじゃなくてクルニコワなんだよな。
関係としてはもう完全に親子だから、そこんとこ忘れがちだ。
「面談で何か?」
「いえまあその……まだ進路に悩んでるみたいで。一応基地内の大学を目標にはしているみたいなのですが……」
「そう、ですか」
正直、俺もチーナが本心ではどこに行きたいのか、どうしたいのか、よくわかっていない。
でもやはり、基地内の大学が一番チーナのためになると思う気持ちもある。
それでも、悩んでいるというのは、別の選択肢が頭にあるということなのだろうか。
「コックスくんもそうですが、クルニコワさんの場合家庭環境はとても複雑ですから、簡単ではないのも分かるんですけどね」
先生は、心配げにふうと息をつく。
「だから、クルニコワさんの話を、よく聞いてあげてくださいね。結局大事なのは、本人の意思ですから」
「それ、一同級生に言うことじゃありませんよね……」
「もちろんお義母さまにも伝えますけど、クルニコワさんの場合、コックスくんと一緒にいる時間の方が長かったでしょうから。一番の相談相手は、間違いなくあなただと思いますよ?」
そう言われると、正直すごく照れる……。
友人に言われるのと、先生から言われるのとでは客観姓が段違いだ。
「まあ、もちろん俺も心配ですから、ちょっと聞いてみます」
「はい。よろしくお願いしますね」
そう言葉を交わし、俺の面談は終了となった。
俺は多目的教室を出て、自分のクラスへと戻るため、廊下を歩く。
それにしても、チーナが悩んでる……か。
アンジーもそれっぽいことを心配していたし、前のバスでも……ん?
その時、廊下に人影を見つけた。
あれは……、
『チーナ?』
教室への帰り道で、なぜかチーナと合流した。
『あれ、教室戻ってたんじゃないのか?』
『うん、帰りにお手洗いに寄ったりしてたら、遅くなっちゃって』
そのまま、教室に向けて、並んで歩いていく。
“クルニコワさんの話を、よく聞いてあげてくださいね”……か。
『なあチーナ。教室戻る前に、ちょっといいか』
先ほどの会話を思い出し、気になった俺は、道中の渡り廊下でチーナを呼び止める。
『え、どうしたの?』
『チーナさ……、結局大学、どうすんのかと、思って』
いや、何をどもってるんだ俺。
『えっ……と』
『いやさ、お前は、どうしたいのかと思ってさ。そりゃ、基地の大学が間違いない選択だっていうのは、もちろんそうだと思うんだけど、アンジーに言われたからって、それを絶対選ばないとってわけでもないんだし、なんなら、一年待ったっていいわけだし……』
俺は取り留めもなく、まとまらない言葉でチーナに語りかける。
いけない。こんなに慌てていては、チーナも落ち着いて話せなくなってしまう。
ふう……と一呼吸おき、一旦心を落ち着ける。
よし。
『とにかくさ、チーナは環境もバタバタしちまって、あんま選択肢が無いようにも思えるけど、お前の将来なんだから、一番やりたいことできるようにしろよ』
今度は、うまく言葉をまとめられた。
これで、チーナの思いが、少しでも聞けるなら……、
『他人事、なんだね……』
『え……』
だが返ってきた応えは予想もしない、重く、悲しく、憤りのこもった声音だった。
『どういう……』
『私は、ヨリのことが好きで、ヨリも、私のことが好きだって、そう思ってたのは、私だけだったの?』
チーナの瞳に、うっすらと涙が滲み始める。
『私のためだって思うなら、私が好きなヨリのことも、私の世界に入れておいてよ!』
ついに涙が頬を伝い落ち、チーナは声を荒げた。
『私の未来に、ヨリも入ってきてよ! ばかぁ!』
そう言い残して、ついにチーナは教室の方へ駆け出していってしまった。
『ちょ、チーナ……』
一人残された俺は、そのまま渡り廊下に立ちつくす。
それからチーナは、俺とまともに話をしてくれなくなった。
よろしければ、ブックマークや評価☆をお願い致します!