104話:エピローグ~聖人君子な主人公と誰にでも優しいヒロイン~
「ほんとに、うん。詩織ちゃんの言う通り! いおりんにちびっ子の友達がいるわけないし、きままな子どもが計画的犯行なんてできない!」
「あの、宮本……」
「いやあほんと、見た目は子どもで頭脳は大人な友達がいれば別だけど!」
「あのさ、みやもっさん」
「うん?」
「墓穴って言葉知ってる?」
「……うん?」
ああこの子、必死に自分の痴態を隠そうとしたんだろうなあ。
うんうん、頑張ったなあ。
でも思いっきりバレたで。
「ねえ伊織……」
「なんでしょう詩織」
「……嘘よね?」
「……残念です」
がくっ。
膝から崩れ落ちる詩織。
「こんな……バカみたいな方法で……私……」
うん、俺もそう思ったよ。
でも総司のことだから、この屈辱も込みで考えてたんだろうな。
「にしても総司、よくとっさにあんなことできたよな。ちびっ子のまねなんて、宮本も二つ返事でやってくれたわけじゃないだろ」
「いや、ちょろかったぞ」
「ちょろくないよ!」
……ちょろかったんだな。
「まあ、とっさに思いついたことかって言われたら、違うんだけどな」
「は? お前は事前に知ってたってことか?」
確かに言われてみれば、あの時の総司は妙に状況を把握してた感があった気がする。
でも知っていたとしたら、いったいどこから……、
「私が、教えたんだよ」
その時、俺の疑問に答えるように平手が口を開いた。
「平手が?」
「ちょっとナオ! どういうこと⁉」
俺以上に驚きの表情を見せ、平手に詰め寄る詩織。
まあ、詩織の立場からしたら起こるのも当然だろう。
完全に裏切り行為なのだから。
だが平手は、自分の肩を掴む詩織の手をそっとどかすと、穏やかに、しかし強く言い聞かせるように言葉を発した。
「ねえ詩織。私が清水君に事前に伝えたのは、なるべく穏便に済ませてもらうためだよ。詩織は伊織君に、話すつもりないみたいだったから」
「だって、これが上手くいけば、私の悪い噂は解消できたのに!」
「確かにそうかもしれない。でも、もし伊織君に決定的な証拠をリークされたら、本当にアイドル人生終わっちゃうところだったんだよ? 詩織はそれがわかってない。焦りすぎてる。本来の賢い詩織なら、当然わかるはずなのに」
「でも……」
「今ならまだ、ファンの人達だって、たちの悪いゴシップくらいにしか思ってない。もし伊織君たちがその気になったら、取り返しのつかないことになるんだよ? むしろ、過剰に反応する方が悪目立ちするよ」
今度は平手が詩織の肩に手を置き、目をまっすぐに見つめる。
その言葉はまっすぐで、心の底から詩織を案じているのが伝わった。
そして同時に、俺の同情を煽っていることも。
「ほんと、あっちのロリはたくましいな」
ため息交じりにつぶやく総司。
俺も二人のやり取りを眺めながら応える。
「まあ、あっちは偽ロリだしな」
「それはこっちに真ロリがいるってことかな⁉」
……なんのことかな?
「にしても総司、俺にまで黙ってるってどういう了見だよ」
「勘と経験だ」
「まあ、そこらへんは任せるけども」
総司のことだ。いろいろ(下衆なことを)考えての判断だろう。
そっちの方面においては、ダークストマック総司の右に出る者はいない。
とはいえ、平手が総司に手回ししてたのは意外だな。
参謀がこいつって見抜いていたのか?
これが芸能界を生き抜くスキルってやつなんだろうか。知らんけど。
「さて詩織」
俺は総司とのボヤきを切り上げて詩織に声をかける。
詩織は丁度、平手の言葉で諦めの表情を浮かべ始めていたところだった。
「なに、伊織」
「今回の件は、平手に免じて見逃してやるよ。ただし、仏の顔も三度までだ。次に何かやったら、容赦しないからな」
「あんたが仏って、冗談」
まあ性格がいいとは言えないが、それはお互い様だろう。
「じゃあ悪人でいいけど、その代わり二回目で晒す」
「なら神様って呼んであげるから十回くらい許してよ」
などと飄々と返してくるが、その表情に余裕はない。
負け惜しみだろう。
「まあ俺としては、再戦もやぶさかではないけどな? お子様に負ける程度の元お姉様?」
「伊織、あんた……」
追い込まれている詩織を尚も煽る俺。
物語の主人公に求められるものが、真面目で努力家な鈍感優男だとしたら、俺は主人公にはなれないだろう。
「詩織……やめてよ?」
「わかってる。もうしない。しないから」
詩織が逆上する前に釘をさす平手。
その言葉には、「見張ってるから」という隠れたメッセージが受け取れた。
これなら、平手がうまくコントロールしてくれそう……、
「詩織さん」
えっ……。
俺が一安心しようとしたところで、後ろから静かな、しかし強い圧を内包する声が発せられた。
その主は、なんとチーナだった。
「クリスティーナさん……」
チーナの涼やかな希薄に若干後ずさりする詩織。
それに応じて、チーナも一歩前に出る。
今まで聞き役に徹していたチーナ。
思えば、詩織に対して積極的に発言するのは初めてかもしれない。
それがあってか、俺は内心ひどく驚いた。
「詩織さん。私も、証拠もってる、から」
そう言って、スマホを取り出して見せるチーナ。
“証拠”というのは、例の録音音声のことだろう。
……俺も持たされてないんですけど、なんでチーナが持ってるんですかね総司さん?
……もしあいつがターゲットになった時、何かデコイなり武器なり必要だろ?
チーナの攻勢に水をささないように、総司とは念話を交わしつつ、チーナを見守る。
「ヨリは……優しいから、次も、許してしまうかも……しれない」
まだ若干たどたどしい日本語が、逆にゆっくり追い詰めるようなプレッシャーを与える。
「でも私は、違う。絶対にやる。だから……」
そしてチーナは、挑戦的な微笑を浮かべてこう言い放った。
「早く仕掛けてきて……ね」
この言葉はきっと、俺の何倍もの恐怖を与えたに違いない。
詩織が言い返すこともできず、顔が青ざめたように見える。
俺ですら、少し背筋が冷たくなった。
……おい総司。チーナがあんな挑発するなんて、絶対お前の影響だろ。
……何言ってんだ。お前の女なんだからお前に似たに決まってる。
……いおりん、お子様ってどういうことかな⁉
……やばい割り込まれた。チャンネル変えるぞ総司。
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実際、伊織は主人公の中では結構性格が悪い方だと思います。
特にラブコメ主人公の中では。