100話: ……え、100話!?
こんにちは。ついに記念すべき100話です!
「悪くないステージだったんじゃねえの」
演奏を終えた俺の肩に、総司がポンと手を置いた。
「おまえが素直に褒めてくれるなんて、どんな風の吹き回しだよ、まったく」
「ぶええええぇ! いおりん、素敵なエムシーだったよおおぉ!」
「ちょっとくさかったか?」
感動泣きしてくれる宮本に照れつつ、彼女の頭をぽんぽんと叩く。
でも、あれは間違いなく本心だ。
この基地に来なければ、ここにいる皆との縁は紡げなかっただろう。
そのとき、
「伊織」
「伊織先輩」
後ろから、俺を呼ぶ声がした。
振り向くとそこにいたのは、なんと高原と後藤。
何で二人ともここに……そういえば後藤は、俺が今日ここでバンドをすることを知っていたから、それでか。
だが、いったい何の用だろうか。
「なんだ、二人とも」
俺はギターケースを壁に立てかけてから、二人に顔を向ける。
「伊織先輩。シオン先輩と会ってください。今すぐに」
そこで後藤の口から飛び出した言葉は、唐突なものだった。
「は、詩織に? 今すぐ?」
「はい。シオン先輩は今、ライブの真っ最中です。そしてライブが終わったら、シオン先輩は、伊織先輩をステージに呼びます。そこで、話をしてください」
「なっ……」
「伊織先輩が、家族を大事にしているのは、さっきのMCでよく分かったっす。なら同じ家族のシオン先輩にも、ちゃんと向き合ってください」
後藤が、真剣な眼差しで訴えかけてくる。
「でもお父さんは、家族仲良くしてほしかったんだと、思うっす」
いつかの後藤の言葉が、ふと頭に響いた。
ああくそっ!
分かってる! 分かってるんだよ!
父さんが何を願ってたかなんて!
「伊織、僕からも頼むよ。彼女は君に謝りたいって言っていた。謝るなら、この場所しかないって。お願いだ、詩織に会ってくれないか」
いや、お前は知らん。どんな立場のつもりだよ。
お前からの頼みなんて一ミクロンも心動かされんが。
しかしここで、後藤たちに意外な援軍が現れた。
「行って来いよ、伊織」
それはなんと、総司だった。
総司は大真面目な顔で近づいて、俺に耳打ちした。
「いいか伊織。遅かれ早かれ詩織と対面するんなら、環境としちゃこれ上出来だ。お前はここの最高責任者の息子だ。何やったって文句は言われねえ」
「何かやったら、全部オリバーさんの責任じゃねえか」
「その程度なんてことはねえさ。それにな、伊織」
そう言って総司は、まるで薬にでも誘うように悪い笑みを浮かべる。
「ここで行かなきゃ、シオンファンから情のない弟だと叩かれるぞ」
「こんの悪魔頂点真君があああ!」
確かにそうだ。
ライブの終わったステージ上で、健気に俺の名前を呼び続ける詩織。
そこに合わせたアイドルファンたちは感動で涙。
そこに俺が現れなかったらどうなる?
姉不幸者。
シオンちゃんまじカワイソス。
はい、詰みです。
例え本当にかけつけられない状況だったとしても、理不尽に悪評を吹聴されるな。
さすがは詩織、性格が悪い。
そして、そこを突いてくる総司も。
「ったく、俺に選択肢はねえじゃねえか。総司、一応あれ、渡してくれ」
そういって俺は、あれを受け取ろうと総司に手を差し出す。
あれとはもちろん、詩織の数々の悪い証拠を押さえたボイスレコーダーだ。
こういうものの管理は俺よりこいつの方が適任だろうし、俺が持っていて万一詩織に盗まれでもしたら面倒だと、総司に預けてある。
だがこうなった以上、こちらも切り札を切る準備は……、
「いや、普通にもってきてないが?」
「……うそつけえええ! 少なくともコピーは絶対持ってる! お前にとっちゃ実印と同じくらい大事なもんだろ!」
「友人の肉声データ持ち歩くなんて変態だろ。いいから、ライブ終わっちまうぞ。早くいけ。」
「お前……。覚えてろよ、封を開けたシュールストレミング送りつけてやる」
そう言って、俺はギターを総司に押し付けて歩き出そうとする。
それを一度、総司が呼び止めてきた。
「伊織!」
「なんだよ」
「好きにやって来い」
「うるせえ」
今度こそ、本当に歩き出す。
「こっちっす!」
俺の前に立って走り出した後藤について、俺も足を早めた。
徐々に近づいて来るメインステージ。
数分ほど走った時には既に、大音響で響くララバイの歌声と、それを囲むファンの大歓声に包まれていた。
「いつも~あなたのとなりに~」
「おおおぉ~~~~し・お・んんんんん!!」
こっわ。これがコールアンドレスポンスってやつか。こっわ。
軍人もびっくりの連携と熱量。今からこの矢面に立つと思うと吐き気がする。
だが、それだけに総司の脅しも効いてきた。
後戻りはさせてもらえない。
「先輩、あそこのテントの下でまっててくださいっす。すぐステージに上がれるそうなんで」
「わ~ったよ。じゃあな坊主」
「後藤です!」
後藤と別れて、言われたテントの下へ向かう。
なるべく大周りをしたが、ファンを押しのけてそこにたどり着くのはなかなかに大変だった。
そして、そこには……、
「ああ! 待ってましたよ伊織くん!」
スタッフらしき大人が数名、控えていた。
「え、あの……ん?」
そのうちの一人、三十代くらいの男性が俺に気づき、ライブの音に負けないよう近づいて声をかけてくる。
「いやあ助かったよ、出演OKしてもらえて。共に母の虐待を耐え抜いた弟との、感動の再会! うん、いい絵が撮れる!」
「うん……うん? ん?」
「緊張しなくていい! いざとなったらこっちでカンペ出すから、ちゃんと見ててね!」
出演……いい絵が撮れる……カンペ……これってまさか……撮影してる!
しかもなぜか、俺が撮影OKしたことになってる!
その事実に気付いたところで、俺の頭は若干焦り始める。
いや、考えてみたらそうだ。
ライブなのだから、カメラはあって当然だろう。
例え公開されないにしても、撮影だけはするはずだ。
問題は……、
「あの、これって、いつか放送とかされるんですかね」
「もちろんだよ。っていうか、シオンから聞いてないのかい? 彼女は伝えたって言っていたけど」
あのアマ!
これによって、詩織が本心から俺と歩み寄ろうとしている可能性は、完全に消えた。
何のつもりかわからないが、俺との再会を無理やりにでもテレビで映すつもりらしい。
高原や後藤も、詩織に利用されたに違いない。
「さあ、もうすぐライブが終わる。呼ばれたらステージに上がってね。飛び入りな感じにしたいから、マイクは上で渡すよ。それと……」
矢継ぎ早に指示を出してくるスタッフ。
勢いのまま、更に注文を付けてきた。
「あまり実名流したくないから、シオンの事はお姉ちゃんとかで呼んでね」
「無理なんですけど⁉」
無茶ぶりにもほどがある!
担任の先生をお母さんって呼ぶくらい恥ずかしい!
いやそれより問題は、撮影をどうするか。
このままでは、詩織の思い通りの構図が、いい感じに編集されてお茶の間に届けられてしまう。
それは俺にとって非常に不愉快で、学校での詩織の株も回復してしまうかもしれない。
どうする……、こんな時、総司なら……、
望まれたシチュエーションの範囲内で、どう編集しても取り繕えないようぶち壊す!
これだ。
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伊織は機械苦手なので、ボイレコのデータをスマホにコピーする等の芸当はできません。