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 ベッドの上で目が覚めた。上半身だけ起こして窓の外を見つめる。まぶしい。外は明るかった。なんだ夢か。ひどい夢だった。どこかで、夢の中で死ぬと現実の自分も死ぬと聞いたことがある。夢の中で死ななくてよかったと、自分でも意外だったけれど、心から安堵していた。

 とりあえず朝ごはんでも食べるかと思いベッドから降りた。そのとき、「うげっ」という声がして、自分がむにっとした柔らかい何かを踏んでいることが分かった。それはピンク色の真ん丸のもので、足で何度か軽く踏んでみながら、こんなもの買ったっけ?と私は不思議に思っていた。すると、足下から「いたいいたい」と声がして、私が少し足を浮かせてやると、そのピンク色の物体は、するすると空中へ浮かんで、こちらへ顔を向けた。

「なんでこういうことするのかな」

 短い手で顔をこすりながら、その物体がつぶやいていた。

「こういうのはね、マスコットをいじめるのはね、向こうの世界では禁止されているんだよ」

 私は、少しずつ昨日の記憶を取り戻し始めた。このピンク色の生き物、いきなり襲ってきた男たち、そして最後に見えた美少女とそのピンクのパンツ。私は近くにあった金属バットを手に取り、そしてそのピンク色の物体を手につかもうとした。

「ちょ、ちょっと何をする気!?」

 ピンク色の物体は、顔をつかまれて前が見えないのか手足をばたつかせている。

「何って、バッティング練習だけど」

「ちょっと、君、さっきの話聞いてた?」

 ピンク色の生き物から手を放してやると、それは一瞬私の持っている金属バットを見て、この世に存在しないような恐怖を見たときのような顔をした後、咳ばらいを一つして私の方を向いて難しい顔をした。

「あのね、マスコットをいじめたらいけないんだよ」

「うん」

「分かってる?」

「うん」

「じゃあ、その手に持っている金属バットを置いて」

「分かった」

 そういうと私は、金属バットから手を離した。金属バットが床に落ちて、カランと乾いた音が鳴った。その音を聞いて、ピンクの生き物は少し安心したような表情をした。

「あのね、いきなり金属バットで殴ろうとするのは、僕がマスコットではなかったとしても、本当によくないことだと思うよ」

「いや、ちょっと不法侵入者かなと思ってしまって……つい」

「つい、じゃないよ! それに僕は昨日ここに来て、君に入れてもらったんだよ! 僕は不法侵入じゃないよ!」

「いや、それに関しては、君を私の家に入れることを許可した覚えはないが……」

「そんな細かい話はいいから、ともかく、一緒に朝ごはんを食べよう!」


 ピンクの生き物は、もう一度クマノリだと名乗った。私を新世界に連れて行こうとしているらしい。もっとも彼の話によると、私が向こうに行くのを希望したようだったけれど。それにしても、こいつは、よくものを食べる。さぁ、ここに朝ごはんを用意しておいたから、遠慮なく食べて!と言われたときは、自分がこの家に居候させてもらっているのかな?と勘違いしてしまいそうになったほどだ。

 朝ごはんを食べているうちに、私の脳が起動し始めたのか、一足遅れて昨日の恐怖がよみがえった。死を意識した瞬間だった。心拍数が上がる。思わずテーブルにつかまった。肘をついた左手で額を支える。少し息が上がっていて、気を落ち着かせるために、水を一杯だけ飲んだ。心臓がきゅっと縮みあがる。こんな体験は一度目ではなかったが。

「ねぇ、昨日ここに来た人たちって、あれ、なんだったの?」

 私が、顔を伏せたまま尋ねると、クマノリはこう答えた。

「なんだったんだろう。検索しても分からない。だけど、誰かが訪ねてきても、絶対にドアを開けるなって言われてるみたい」

「みたいって、それは誰が言われてるの? ソースは何」

「君だよ。向こうの世界でインストールされた取扱説明書に書いてある」

「ちょっと、何それ」

 クマノリは、見る?と尋ねたが、私は、朝にもかかわらず、大きな疲労感があって、断った。どうせ向こうの世界になど、行きやしないのだ。それに、もう虹は出ない。クマノリには悪いが、私には関係のない話だった。


 朝ごはんを食べ終わり、食器を洗って片付けてしまうと、私は散歩に行くことにした。何もすることがないので、いつもこうしてぶらぶらと散歩に出かけているのだった。外は明るかった。電灯のつかない部屋の中とはかなり対照的である。ときおり吹く風が心地よかった。木の葉や地面に咲いた草花が揺れている音が心を軽くさせた。かなり暑い季節になったきたが、そういったものが私にとっての刺激になった。ビルには野良猫や野良犬が棲みついているようだった。鳥のさえずりが辺りに響き渡っていた。

 町は静かだった。世界から人だけがいなくなったような感じだった。

「ねぇ、さっきから疑問なんだけど、君はそんなところに浮いていて大丈夫なの」

 散歩に出たときから、クマノリはずっと私の右肩の少し上の辺りをふわふわと浮いている。途中誰かに見られたら変な目で見られないか心配だったのだ。そして、さきほどから、たまにすれ違った人から、こちらを変な目で見られているような気がした。

「僕はクマノリだよ! うん、大丈夫だよ。たぶん見えてないと思う」

「たぶんって。なんでそう思うの」

「この取扱説明書に書いてあるからね。見る?」

「いや、いい」

「あと、なんで私についてくるん?」

「え……。それは、取扱説明書に書いてあるから、かな。見る?」

「いや、いい」


 結局、2時間ほど散歩をした後、スーパーに寄って買い物をして帰ってきた。玄関の前で鍵を差し込んで回してみると、鍵が開いている。おや?と思ってそのまま玄関の扉を開けた。開けた途端、少し嫌な予感がした。

 扉を開けると、玄関に一足の靴が丁寧に並べて置いてあった。そして奥から声がした。

「あっ、おかえり! 遅いじゃん! 待ってたんだよ」

 私は大きくため息をついた。

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