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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あと二回、春が来たら

作者: みお

『じゃぁ、一緒に買い物に行こうか』

「やったぁ!行く行く!!」

 スタジオの隅で通話していた太郎が、一メートル近く垂直跳びをした。これにはスタジオ内にいたメンバー四人全員がビクッと肩を揺らす。

「うん、うんっ、分かった! 六時なら大丈夫! 超ダッシュしてく……えー、大丈夫だってぇ。あ、じゃぁ、ラスイチ合わせるから後でね!!」

 いちいち跳んだり跳ねたり手を振ったり、落ち着きなく話しながら通話は終了。

「よっしゃ。マサ、コージ、ライト、ユウちゃん。ラスト一本気合い入れていこ〜」

 パタンッ、と、持ち主の心を表す様に軽い音を立てて閉じられた携帯電話を握り締め、太郎は極上の笑顔で仲間を振り返った。

 太郎が、電話するからって、終了時間ギリギリで練習中断させたくせに……。4人は一様に苦笑いをしたが、可愛い最年少メンバーを前にして文句を言う者はいなかった。


 東京、渋谷。

 センター街から横道に入って、少し歩いた所にヒッソリと佇むライブハウス。


 マサ

 Koji

 Light

 タロー

 ゆーすけ


 アマチュアロックバンド『ハテナシアター』の5人は、ほぼ毎週土曜日の午後、ここのスタジオを借りて練習をしている。

 ツインギターの浩司(Koji)と雷都(Light)以外は地方からバラバラに集まってくるため、日曜よりも土曜の方が都合が良い。

「練習〜ぅ、おしまい!!」

「お疲れ〜」

「来週の本番、頑張っていきまっしょ〜」

 防音の箱から抜け出し、少年達は思い思いに体を伸ばす。

 好きで箱に籠っているとは言え、日暮れ近くでもまだまだ賑わいの衰えない大通りの喧騒を近くにして、胸躍らずにはいられない。音楽以外の遊びも、もちろん好きだ。

「おーおー、飯食いに行くべ」

「チョー腹減った!」

「久し振りに飲みにでも行くか?」

「やった!リーダーの奢りぃ?」

「アホ」

 それぞれの楽器を背負い、(スタジオでレンタルしているドラム担当の祐介は身軽だが)さぁ、今夜の遊び場は何処にしようか。

「ゴメン、俺パス!!」

 小さな体にアンバランスな重量感のあるエレクトリックベースを肩に掛け、太郎はすでに走り出しそうな顔でそう言った。

「分かっとる分かっとる」

「最初からお前は数に入ってねーから」

 皆の言葉を聞くか聞かないかのうちに、

「そんじゃぁ!!」

 と、言うか言わないかのうちに、太郎は喧騒に向かって駆け出した。

 右肩にベースケース、左手に機材を入れたトランク――どちらも真っ赤な――を持った、上下する体に合わせて揺れる派手な金髪が人込みに掻き消されるのを見届けて、四人は再び遊び場探しの会議に入った。


 待ち合わせはいつもハチ公前。ここ数日で残暑の厳しさも和らぎ、道行く女の子の足元にはブーツが増えてきた。

 太郎も流行やら季節の先取りやらには大いに興味がある。今日もインナーに着ているTシャツはお気に入りのブランドの秋の新作、ワインカラーで決めてきた。

「あ、アユちゃん? 着いたよ〜。うん……え、どこどこ?」

 週末の夕方、犬の像の周りには、太郎と同じく携帯片手にキョロキョロしている人が沢山いる。

「見つけた」

 携帯を当てている右耳と、逆の耳との両方から相手の声が聞こえた。

「うわぁっ、ビックリしたぁ!!」

 思わず肉声が聞こえた方と反対側に退け反る。

「相変わらず目立つから、すぐ見つかったよ」

 目線を合わせるのに体を折り、さり気なく太郎の左手からトランクを奪う。

「えー、俺そんなに目立つー?」

 携帯を折り畳んでジーパンのポケットに捩じ込み、太郎は大袈裟に両手を横に伸ばしてみせた。

 その仕草に愛おしげな笑みを隠しもせずに、アシメントリーにカットされた太郎の頭を優しく撫でる。

 アユちゃん。西原歩ニシハラ アユミは、太郎の五歳上の幼馴染みで現恋人。大学に通うために東京で一人暮らしをしていて、土曜の練習の後、太郎が歩の部屋に泊まるのは恒例になっていた。

「アユちゃんこそ、そんな地味なスーツ着てたら分かんないよ」

「しょうがないだろ、就活だったんだから」

 言いながら少し、ネクタイを緩めた。

 大学も4回生になり、歩はすっかりリクルート仕様になった。

 かつては太郎と同じくらい目立つ金髪で襟足も伸ばしていたが、今はほとんど黒に近いブラウンになっている。

 ピアスも左右一つずつを残して塞ぎ、清潔感のあるショートカットに隠れる石が、時折チラリと見える程度だ。

「でも、アユちゃんのスーツ姿格好いいや。大人の男な感じ」

 キラキラした笑顔で見上げられて、歩は照れ隠しに太郎の腕を少し強く引いて歩き出した。

 歩のアパートへは渋谷から私鉄で二駅。一度荷物を置いて、ご飯のスイッチを入れてから、最寄りの二十四時間スーパーに手を繋いで行く。

 冷蔵庫はものの見事に空っぽで、太郎リクエストのハンバーグの、挽き肉、人参、玉葱、卵にパン粉、ソースのための茸も買った。スープは常に在庫があるカットワカメの味噌スープで妥協する。

「ねぇ、アユちゃん、コレやれたい」

 帰り道、太郎は持っていたスーパーの袋を差し出してきた。

 首を傾げながら受け取ると、

「違う、コッチだけ」

 歩の手から袋の持ち手の片方だけを取り返して、満足そうに歩き出す。

「ハーンバーグ、ハンバーグ。アユちゃんのハンバーグ」

 腕を軽く前後に揺らし、太郎が即興の節を付けて歌う。二人の間で買い物袋がブランコになる。

 歩が作るハンバーグは太郎の大好物だ。

 簡単だから教えるよ、と何度も言ったが、太郎は断固ハンバーグだけは歩に作らせる。

 歩も太郎に合わせてビニール袋で繋がった腕を揺らしながら、ゆっくりと歩いて行く。

「高校はちゃんと行ってるのか?」

「行ってる行ってる。まだギリギリ赤点もないし、3年にはなれるよ」

 『ハテナシアター』は十六歳の太郎が最年少で、他のメンバーも皆十九か二十歳と若く、結成二年目に入ったばかりだが活動は順調に軌道に乗っている。

 元より勉強に興味がなかった太郎は、バンド結成一周年を迎えた去年の夏休みに、

「ベーシストになるから」

 と早々に退学しようとした。

 当然親族一同から猛反対され、高校だけは卒業してくれと母親に泣かれてしまい、今に至る。

「それよりアユちゃん、来週の日曜、絶対ライブ来てよ。すげーんだよ、ツーマンの前座なんだから」

 実を言うと歩は、音楽の事などさっぱり分からない。

 分からないが、彼がこんなに夢中になって話す対象は本人同様に大切なものであり、時に憎らしくもあった。

「しかもそのバンドがさぁ、リッパーとロイドなの。あそこもう四回目のツーマンで……あ、 そうそう、ユウちゃんが言ってたんだけど」

「えっと……祐介君、だっけ? リーダーの」

「そ。リーダーがね、インディーズの事務所から曲聞かせてくれって言われたんだって! 日曜にその人が来るんだって!」

「え、それって…」

 思わず歩の足が止まる。一歩先で止まった太郎が振り返る。

「もしかしたら、デビューしちゃうかも」

 見上げてくる、やや紅潮した頬から興奮が伝わってくる。

 その笑顔が急に大人びた様に感じて、歩は一瞬目を見張った。

 太郎が再びゆっくりと歩き出す。

「どっちにしても、高校卒業したらコッチでバイトしながら本格的に音楽やるから」

すぐに歩は隣りに並び、言葉を続ける太郎の横顔を見つめた。

「そしたらさぁ、コッチにいたらさぁ、毎日アユちゃんに会えるよね」

 前を見たままそこまで言うと、太郎は袋を歩からひったくるように取り上げ、もう目の前まで来ていたアパートに向かって走り出した。

「あ、おい、太郎!?」

 ほんの数メートル先。門もない、塀と塀の間が入口になっているだけのアパートの敷地に入って、錆びた階段の二段目に太郎がコチラを向いて立っていた。

「俺、ベース頑張りながら、ちゃんと卒業するよ。そんで、絶対に今の仲間とデビューする」

 階段二段分がプラスされると、目線がいつもと逆になる。

「俺頑張るから。だから、アユちゃんに一個だけ頼みがあんの」

 ガサリと音がした。

 袋を持った右手を太郎が握り締めたからだ。

「卒業したら、一緒に暮らしたい」

 三歩で太郎まで辿り着いた。階段を一段だけ上がると目線はほぼ同じになった。

「それ、プロポーズ?」

 思わずニヤけてくる顔を近付ける。

「……そんな感じ」

 赤い。

 ついさっき、デビューの話をした時よりももっと赤い太郎の頬を両手で包んだ。その上に太郎の左手がそっと乗せられる。

「プロポーズだから、ちゃんと返事ちょーだい」

 頬が熱い。重ねられた手の平も。

 絡まる視線が何よりも愛しい。


 言葉よりも先に、目を閉じてキスをした。

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