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僕は電車に乗っていた

作者: エモトトモエ

 僕は電車に乗っていた。

 車内はいつものように混んでいたけれど、七人掛けシートの真ん中に座る僕の前には誰も立ってはいなかった。

 向かいの人の頭上から外が見えた。

 眩しかった。

 高速で過ぎ去ってゆくビルやマンションの一部分。はじめて見る景色だった。

 僕はぼんやりとそれを見ていた。

 電車はどんどん進んだ。

 やがて鉄橋を渡り、スピードを緩めた。

 駅だ。白い壁。



 大勢の人が車両から降り、同じくらいの人が乗り込んできた。

 僕はその様子も見ていた。

 やがてドアが閉まる、その少し前に。

 黒い服を着たふたりの男の人が、人の波をすり抜けるようにして僕の前に立った。

 


 ふたりは同じ恰好をしていた。黒いスーツ、黒いネクタイだった。

 まるでお葬式にでも行くような姿だ。

 そしてこのふたりは連れのように思えた。会話はなく並んで立っているだけだったけれど、そんな気がした。

 僕はそんなことを思いながら彼らのことをじっと見ていた。

 やがて次の駅に着いた。

 僕の両隣の人たちが降りていった。

 その後には誰も座らなかった。車内は変わらず混んでいたのに。

 電車は再び走り出した。

 僕と目の前のふたりだけ、他の人から離されているかのようだった。

 僕は不安になった。

 


「君はどこへゆくの?」

 ふたり組の左側にいた、綺麗な顔の人が言った。

 僕は答えられなかった。

「急に落ち着きがなくなったね」

 僕が彼らを見ていたように、彼らもまた僕のことを見ていたのかもしれなかった。

 その人の瞳が黒く淀み、重く波打った気がした。僕は思わず目を逸らした。

 どこに行くのか分からないの? …ね、もしかして君」

「やめなさいよ」

 もうひとり、背が高くて長いドレッドヘアの人が言った。

「だってこの子…」

「私たちが迎えに行く人と違うんだ」

「でも、この子、まるで死人のような表情をしてる」

 顔を覗き込まれて思い出した。

 僕は朝に家を出ていつものように駅に行って、いつもは待っているだけの、通過する特急の前に飛び込んだんだ。

 気が付くとこの車両に乗っていた。

 僕は死んだんだ。

「ね、そうなんでしょ?」

 僕の顔を見るその人は、笑った。

「私たちが何者かわかる? …死神だよ」

 笑ったまま言う。けれどどこか怖い。

「でも君を迎えに来たんじゃない。いずれ別の死神が迎えに来るだろう。それまではこの世界にいるしかないんだ、どこにでも、好きなところに行って、時を過ごせばいい」

 ふたりは電車を降りていった。

 僕は座席に座ったまま、ドアが閉まる音を聞いていた。



 僕は大きな町の駅で降りると、街中をのんびりとうろついた。

 気持ちが落ち着き、呼吸が大きくなった気さえした。

 こんな気分は久しぶりだった。もうずっと忘れていた心地よさだった。

 やがて夜が来た。

 僕は家に帰った。

 死神は訪れなかった。

 次の日もその次の日も来なかった。

 そのうち、自分が特急に飛び込んだことが、本当にあったことなのかどうかわからなくなった。

 今日も死神は来なかった。



おわり



「あの子、死んでなかったよね? なんであんなこと言ったの」「でも死んだような顔してたじゃん、ちょっとからかってやろうと思って」「でも自分では死んだものと思っていたみたいだ」「悪い夢でも見たんじゃね?」「またお前は適当なことを…」

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