82. In the cage
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銃を突きつけられた包帯男は、抵抗する素振りを見せることなく両手を上げ、ゆっくりとシオンの方へ向き直った。
「やけに素直じゃない?」
その様相の不気味さに眉をひそめながらも、シオンは警戒を解かずに包帯男の身なりを確かめる。
身体付きは恰幅のよい中年男性といったところだが、顔のほとんどを包帯で隠し、片腕は義手という様相は異質というしかない。そのような姿でこんな所に乗り込むというのも酔狂な話だが、さらにトレンチコートまで羽織った姿は、まるでヒーロー漫画に登場する悪役そのもののように印象付けられた。
追い詰められているにも関わらず、包帯男は余裕の表情を崩さない。
そして、それが包帯男の背後……隔壁扉に取り付けられた爆弾と、そこに接続されたタイマーの存在によるものだと確信すると、シオンはすぐにその場から後ずさり、身体を伏せた。爆弾が破裂し、通路いっぱいに閃光と煙が広がるが、実際の爆発は極めて小規模。しかし、隔壁扉のロックを焼き切るという目的は確実に果たしていた。
「いいぞ、想定通りの威力だ。九十二点」
そう言い捨て、包帯男は煙の中に消えた。
その手際の良さは、爆発物の扱いに精通したプロのそれだ。
単純な手に引っかかったことに、シオンは苦虫を噛み潰したかのような顔をするが、すぐに思考を落ち着かせ、視界の回復を待って包帯男の後を追った。
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女傭兵を振り払い、施設最奥部の扉と対峙したボムは先程と同じ「解錠作業」に取り掛かる。先程の隔壁扉では敵が迫っていたこともあって咄嗟に閃光弾と煙幕を組み込んでいたが、今度はそういった時間稼ぎの必要はない。慣れた手順で爆発物を扉に設置すると、即座に施錠部分を破壊。白い壁と天井に覆われた部屋の中に踏み入った。
明らかに異質な部屋の中で、ボムの視線はその部屋の中心、ベッドの上に座る男にのみ向けられている。
「ヴィラン、助けに来ました! 僕です、ボム・クラフターですよ!」
嬉々として叫ぶボムだが、ヴィランは明らかにかつての覇気を失っている。すぐに助け出そうとヴィランに駆け寄るものの、その間に存在する目に見えぬ壁……強化ガラスによって阻まれる。
こんな物、すぐに吹き飛ばしてやろうと思いながらボムは懐に手を伸ばそうとするが、次の瞬間に自らの頭に硬い物が押し付けられる感触を覚えた。
「そこまでだ」
傷の残る顔の義手の男が、ボムの背後に立つ。
そこに少し遅れて、先程の女傭兵が部屋に押し入ってきた。
「これは一体、どういう状況なの……」
だが、その表情は困惑の色を示している。恐らくは、ここに誰がいるかを知らないまま施設の防衛を担っていたのだろうとボムは悟った。
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部屋に踏み入ってきたシオンの姿を認め、エイブラハムは思わず驚きの感情を表出しそうになる。だが、ここで敵に弱みを見せるわけにはいかないとそれを抑え込み、「何でここに来た」と告げる。
「敵が施設に入り込んだから、追撃してきただけだよ。それより、何でここにヴィランがいるの」
シオンも冷静に銃を包帯男……ボム・クラフターの方へ向けながら、部屋の奥に居座る仇敵に視線を移す。
「ここでこいつを軟禁していたんだ。殺さなかったのは、こいつから引き出せる情報がまだあると踏んだからだよ」
「なるほど、その首輪があれって訳ね」
エイブラハムの言葉に耳を傾け、ヴィランの身体に繋がるケーブルに目を向ける。
シオンの察しのよさに、エイブラハムは彼女が確実に成長していることを認めると、その言葉に首を縦に振り、肯定した。
「失った肺機能を機械で代替させた。そのための電源も基地から供給されている」
人道に反すると言われるかもしれないが、この男のしてきたことは、それを天秤にかけてもまだ釣り合わないほどだろうとエイブラハムは考えていた。
たとえそれが、私情から来る憤怒だったとしても、だ。
だが、そんな彼の言葉に思わぬ反応を見せた人物がいる。エイブラハムに銃を突きつけられたボムだ。
「おい、お前……さっきなんて言った?」
「失った心肺機能を機械で代替させている」
「そう、その電源は!」
「基地の施設から供給されているが……まさか、お前!」
それを察した隙に乗じ、ボムはその場から逃げるように立ち去る。
「待て!」
「いや、追う必要はない」
シオンを制止するエイブラハムに、彼女は「でも」と食い下がる。
「奴は自分のしでかしたことを止めに行ったんだよ……それにヴィランももう永くはない」
「それって、どういう」
ヴィランのほうをちらと見やり、エイブラハムはため息を吐いた後、再び口を開く。
「奴を治療した際、悪性の腫瘍が見つかった。医者の話では、持ってあと二ヶ月だそうだ」
エイブラハムの言葉に、シオンはどう返せばいいか理解らなかった。
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ボムは、自身の行動の浅はかさを呪った。敵の混乱を誘う目的で、基地の電源施設を破壊するよう無人機の幾つかに予め命令を組み込んでいてしまっていたからだ。
しかし、ヴィランの命はその破壊しようとしている電源施設によって永らえている。
たとえ電源施設を破壊しても、ヴィランが死んでしまっては意味がない。何のためにここまでやってきたのだという後悔の念が、ボムの心を塗りつぶして支配する。
だが、建物から出るとそこには基地の保安要員が待ち構えていた。ボムを取り囲み、取り押さえにかかる屈強な兵士たち。だが、ボムはこんなところで足止めを食らうわけにはいかないとばかりにトレンチコートの下の爆弾と手元の起爆スイッチをちらつかせ、その動きを牽制する。
「近寄るな! 僕に近寄るんじゃあないッ!!」
そう叫びながら、自分の乗ってきた機体のコクピットへと急ぐ。そこから電源施設に向かった無人機をコントロールしなければならないからだ。
外付けのコントロールシステムを立ち上げ、無人機への命令を変更しにかかる。
だが、そこでボムは気が付いた。すでに自分が操作しようとしていた無人機の反応が消失しているのだ。
まさか、電源施設をもう破壊してしまったのか。
一瞬だけそう考えるが、基地の電源は未だに健在。それどころか、ディスプレイに表示されていたはずの無人機の反応が一つ、またひとつ消失していく。
どうして。
そう思った瞬間、ボムの機体に衝撃が走る。
手足がもがれ、動くこともままならないボムの機体の背後には、銃を突きつける狙撃仕様のタルボシュⅡの姿。
そうか、負けたのかとボムは諦めの表情で起爆スイッチに手をかけた。
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小さな破裂音が敵機から響くと同時に、コクピットブロックが膨れ上がり、その圧力によって装甲が押し上げられた。
敵は自爆したか、とレンは静かに銃を下ろす。無人機も全滅させ、状況が終了したことで、彼女は安堵の表情を浮かべる。
警戒を解き、視線を白亜の建物に向けると、ちょうどシオンとエイブラハムが建物から出てくるところを捉えた。
「なるほど、そういうことかな」
レンは状況を悟ると、すぐにコクピットから降りる。
そこに何が封じられているかをとやかく言うつもりはない。だが、半年間連絡の一つも寄越さなかったかつての上官に、ゲンコツの一つは食らわせてやろうとレンは笑みを浮かべた。




