81.Bom coming of the dead
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施設防衛任務の初日は、大したトラブルもないまま終った。
徹底的に基地の所在を秘匿し、その最重要施設に何を収めているのかも末端の兵士が知らないほどの厳重な情報統制の中で、「ここにヴィランが収監されている」という情報が外部へ漏れることは絶対にない。
しかし、二日目の早朝。太陽が東の地平線から登った瞬間に、それは起きた。
基地の東側から高速で飛翔するミサイルらしき物体を、基地のレーダーがキャッチする。迎撃システムが作動し、すぐにそれは破壊されたが、同時に破壊されたミサイルから膨大な量の煙が発生し、その周辺の視界を奪う。
煙の中には金属片も混入されており、そのポイントを中心として迎撃システムに死角が生じた。
敵はそこを突き、さらに煙幕入りのミサイルを乱発してくる。迎撃システムのレーダーにノイズが走り、遂にその機能が完全にダウン。
シオンたちは突然の襲撃に急いで機体に乗り込み出撃するが、その時点ですでに基地の敷地内は大量の金属片入りの煙で覆われ、視界の確保すら困難になっていた。
『くそっ、こんなんじゃどこから敵が来るのかもわかったもんじゃねえ!』
傭兵の一人が、そう言って煙の中に足を踏み入れようとするが、シオンはそれを制止し、格納庫から出ないように指示を出す。だが、その傭兵はシオンの声に聞く耳を持たず、格納庫から勇み足で飛び出していく。
だが、その数十秒後、通信機の向こう側から先程出ていった傭兵の悲鳴が木霊し、しばらくして爆発音が基地内に響き渡った。
「敵がどこから来るかわからないなら、不用意に動くと向こうの思うつぼよ!」
『じゃあどうしろってんだ?』
別の傭兵に訝しまれながらも、シオンは「考えがある」と言って用意していた武器コンテナに視線を移した。
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次々と破裂し、チャフ入りの煙幕を展開する愛しい我が子の散り様をドローンで記録しつつ、ボムは次なる手を打った。
自動操縦によって作動する無人強襲機動骨格部隊。その数およそ二十。
無人機の大半は装甲やフレームが少なからず欠落しており、中には満足に戦闘すら行えないほどのダメージを負っている機体も存在する。だが、ボムとしてはそれで構わないと考えていた。
自動操縦の無人機は単純な動作しか行えないが、とはいえ自爆を前提とした特攻兵器として運用するには極めて有用だ。それを敵基地にばら撒き、混乱を誘発。そして、自らもその中に紛れる形で基地の中心……目標となる白亜の建物を目指す。
しかし、こちらの侵攻に呼応するように基地の格納庫からタルボシュが出撃し、基地に降下していく無人機部隊を迎撃し始めた。
無人機のうち幾つかは着地前に被弾するものの、それでも前へ進むようプログラミングされた無人機は、しつこく防衛部隊のタルボシュに組み付き、自分に与えられた役割を実行した。
『この……離れろッ!』
タルボシュのパイロットはなんとかこれを振りほどこうともがくものの、使い捨て前提でフルパワーを発揮した無人機の腕を振りほどくことなど、そう簡単にできるものではない。
タルボシュの腕関節が完全に極められ、身動きもできない。こうなっては、もう逃げる術はないだろう。無人機はプログラムに従い、胸部にくくりつけられた爆弾を起爆させ、組み伏せた敵もろともに自爆した。
タルボシュを巻き込んで自爆した無人機の爆発を見て、ボムはテンションを上げる。
「ははは、いいね。七十八点!」
だが、そんな矢先に煙幕で覆われた敵基地に異変が生じる。基地の各所でボムが預かり知らぬ爆発が生じ、煙幕が払われ始めたのだ。
空中で榴弾を炸裂させ、視界を確保できるようにしているのだと、ボムはすぐに理解する。だが、そんなものは想定の範囲内だ。
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「一歩遅かった……!」
基地に侵入した敵機が自爆し、友軍機がその餌食になったのを確認し、シオンは奥歯を噛み締める。グレネードランチャーで煙幕を払い進んで来たはいいが、そこには爆発の衝撃と熱で変わり果てたタルボシュの残骸が転がっていた。
だが、彼の犠牲で理解ったこともある。この敵部隊はいずれも自爆を前提とした無人機。そして、それを操る「本命」がその中に紛れ込んでいるはずだとシオンは察した。
シオンは煙幕を榴弾で霧散させ、基地内に展開した無人機の機体の挙動を判別する。
「レン、多分敵の本命はこの無人機どもの中に紛れ込んでいるはず。敵機の行動を判別しつつ、有人機を探して!」
『オーケー、任せておいて』
レンはそう言ってタルボシュⅡ・スナイプのシールド裏に懸架していたドローンを飛ばす。
無人機はプログラムで定められた行動を繰り返すだけであり、有人機がそれを真似ようとしても必ずどこかに搭乗者の癖が出る。それを見極められれば、この事態はすぐに収束させられるはずだ。
シオンは接近してくる無人機の胸部を一撃で撃ち抜き無力化しながら、レンは建物の上からドローンとのデータリンクを併用し、それを探す。
「何処にいるの……」
建物の影から無人機が飛び出し、ダンピールに牙をむく。シオンはそれを躱し、背後から胸部を撃ち抜いた。だが、これは違う。
襲いかかる敵機を蹴散らし、シオンはいつの間にか基地の中心部……あの白亜の建物の前に立っていた。
そして、建物の前にまたしても敵の姿。だが、その動きは明らかに他の無人機と異なっており、シオンには目もくれずに建物へ向かおうとしていた。
「こいつか……ッ!」
他の無人機が動く物に反応し、組み付いて自爆しようとしてくるのに対して、この機体はまるでそこを目指すようにその白い建物に走っていく。
シオンは敵機の脚をマシンガンで撃ち抜き、その動きを止める。幸い、相手の動きは緩慢だ。狙撃するのは、そう苦ではない。
膝関節を破壊された敵機は文字通り足を止める。だが、地に伏せた機体からパイロットが飛び降り、そのまま建物の中へと侵入していく。モニターには包帯で顔を隠した男が、門前に立つ警備兵を無力化しながら建物へ入っていく姿が映されている。
しまった。
そう思った途端、シオンもまた敵を追うべくダンピールを建物のそばに付けようとする。だが、その瞬間に無人機がダンピールに迫る。左腕を犠牲にしながらも、これを無力化すると、シオンは急いでコクピットから飛び出した。
腰のホルダーから拳銃を抜き、安全装置を外して施設内へ入る。
敵の潜んでいるであろう箇所に目星をつけ、銃口と視線を向けるが、そこには誰もいない。あるのは警備兵の死体だけ。
僅かな間で、敵はいったいどこまで進んだというのか。
幸いにして施設内の構造は簡素。急造もいいところだ。それ故に、最奥までの道のりはほぼ一直線と言ってもよかった。
隠したいモノに対して、それを収める箱の作りが荒いのが気になるが、だからこそ途中の道のりを厳重に秘匿することでバランスを取っていたのかもしれない。
最深部までの通路に設置されている監視カメラが丁寧に破壊され、迎撃システムも無力化されている。
「丁寧かつ手早い仕事ね」
敵の腕を素直に評価しつつ、シオンは先を急ぐ。行く先には、この基地を襲撃した包帯男の姿。
何重にもセキュリティがかけられているであろう扉の前で、立ち往生している様子だった。
「そこまでよ」
シオンはそう言って、包帯男の背中に銃を向けた。