79. Happy family
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「なるほど、それじゃあ、そっちでのヴィランの足跡はそこで途絶えているのね……ええ、わざわざありがとうね、シオン」
シルヴィア・スティーヴンスは、久しぶりに連絡を寄越したシオンの報告を聞き、手元の端末に先程の報告内容を書き加えた。
これまで手に入れた情報を一つひとつ紐付けし、少しでも詳細な全体像を浮かび上がらせていく。やっていることはプロのそれと比較すれば探偵のマネごとに等しく、パズルのピースも決して大きさが均等という訳ではない。遠く険しい道のりだが、いずれヴィランを模倣する者が現れたとき、それに対抗できる手段を少しでも用意しておく必要がある。それに、今の彼女の状況では、こういった情報整理も一種の暇つぶしとして有効だった。
『じゃあ、これで。身体の方は大事にしてくださいね』
「もちろん、理解っているわ」
かつての部下……シオンとの通話を終え、シルヴィアは自身の腹に手を添えた。そこには今、新しい命が宿っている。それを守り、育てることこそが、今のシルヴィアの戦いなのだ。
「隊長、ただいま戻りましたよ」
「おかえりなさい。でもいい加減、隊長はよしてよね、レイフォード」
「ああ、すみませ……ごめん、シルヴィア」
シルヴィアはそう言って、買い物袋を両手いっぱいに抱えて家に戻ってきたレイフォードをいじる。
シルヴィアも個人的にヴィランのプロファイリングを行っているため、未だに傭兵時代の癖が抜けきっていないレイフォードのことを咎めるつもりは無いが、このやり取りもいつの間にか彼女の日常の一つとなっていた。
そう、シルヴィアはエクイテス・フロートでの一件が終わった後、レイフォードに求婚され、すったもんだの大騒ぎの末に入籍し、エクイテスを退社した。東洋でいうところの「寿退社」という奴だ。
会社を離れたのはレイフォードがパイロットとしての適正を失ったという理由もあるが、これから生まれてくる子供に血なまぐさい戦場の臭いを嗅がせて悪い影響を与えたくなかった、というのが正直なところだ。
それに、ドルネクロネ以降大規模な紛争が縮小傾向にあったことも、二人が傭兵を辞める切っ掛けとなった。
「シオンとレンからですか?」
「ええ、彼女たちなりに、そこそこ頑張っているみたいよ。まあ、相変わらず金欠で悩んでいるらしいけど、ね」
買い物袋をテーブルに起き、レイフォードは皮肉げに「それは頼もしいことで」と返すと、袋の中身を取り分けにかかった。
義手の挙動は不安なところはあるが、家事は良いリハビリになるとレイフォードは率先して何でもやってくれていた。
おぼつかないところはシルヴィアにフォローされているものの、いずれはエイブラハムのように器用に義手を扱ってやる、とは本人の弁だ。シルヴィアも、その日が来るのを楽しみにしていた。
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「それで、隊長はなんて?」
シルヴィアとの通信を終えたシオンに、レンが懐かしき隊長殿の様子はどうだったかと問うてくる。
シオンはそんな彼女に「今日も無事に平和を謳歌してるよ」と返し、端末を愛用のジャケットにしまい込んだ。
「あー、いいよね。僕もさっさとこんな傭兵稼業とはオサラバしてゲームざんまいの日々とか送りたいよ」
そう言って、レンはトレーラーの荷台に乗せられた愛機を見て不満を漏らす。やや歪んだ相方の「理想の生活像」に不安を抱きながらも、シオンは「そうだね」と短く答えた。
パートナーを得て家庭を持ち、子供を育てる。本来人間とはそうやって社会を作っていく生き物なのだろうに、どうして血と硝煙がつきまとうのか。
「本当に、そう思うけど、私たちはまだやらないといけないことが山ほどあるから、ね」
「理解ってますって……まずは」
「うーん、今後の蓄えかー」
ボロボロの倉庫の天上を見上げ、レンとシオンは大きくため息を吐く。
今の懐事情では、機体を預けるガレージの確保にも苦労する一方だ。先日制圧した集落跡の武装勢力をはじめ、ああいった輩がかような場所をねぐらとして使う傾向が強いのは、そういった事情が少なからず含まれているからかもしれない。
「だったら、機体の消耗率を下げるように戦ってくださいよ」
そう言って、トウガが二人の会話に割って入る。彼もまた、軍を離れ二人の専属メカニックとして同行していた。
「特にシオンさん、左腕の被弾率自覚してます?」
「え、そこ指摘する?」
たしかに、これまでの戦闘でシオンは機体の左腕を破壊される確率が高い。多くの戦闘でまず最初に使い物にならなくなっている、と言っても過言ではない。
現にこの前の戦闘でも、左腕を散々穴だらけにして帰ってきたほどであり、それを修理するためにトウガは徹夜で油と汗にまみれていた。
「あー、それ僕も気になってた。無意識のうちに他の部位を左腕でかばってる感じだよね」
「ちょっと、レンまで」
困惑するシオンをいじるように、トウガとレンは笑い声を上げる。シオンはそんな二人の態度に、頬を膨らませて不満を顕にした。
民間軍事会社という共同体に属していた頃は、そういった損失はある程度補填が効いていたが、フリーランスという立場ではそうもいかない。自分のミスの補填は、自分で行う。それが彼女たちが目の当たりにさせられた現実であり、課せられた掟だ。
「まあ、そんなことより次の仕事の依頼。さっそく来ていましたよ」
トウガは、そう言って手にした端末を二人に差し出すと、本来持ち出すべき話に話題を切り替えた。
内容は、端的に言ってしまえば軍施設の防衛任務。正規軍による防衛部隊の再編成が行われるため、その間手薄になるであろう施設の防衛をシオンたちに委託してきた、ということだ。
依頼主は環太平洋同盟軍。レンにとっては、久々の古巣からの依頼となる。
防衛対象の軍施設は、後方の小規模な基地とだけ記されており、それに反して報酬は高額。加えて情報機密レベルも高く設定されており、任務開始時と終了後の移動は完全に行動の自由が制限され、防衛対象がどこにあるのかも開示されない徹底っぷりだ。
「トウガくん、またきな臭いシゴトを取ってきて……」
レンが呆れた様子でトウガを睨む。
元来、傭兵というものは国に対する忠誠心を持たないが故に正規軍の代わりに危険度の強い任務に従事させられる。そして、その代わりに依頼主と契約を取り交わし、リスクに見合った報酬を依頼主に要求することで「商売」として成立してきた。逆に言ってしまえば、高額な報酬と守秘義務は、それ相応の危険が付きまとう任務であることを暗に示しているのだ。
今回の依頼も、後方基地の防衛にしては桁が一つ間違っているとしか思えない報酬が提示されており、そのリスクの大きさを物語っている。報酬金額の打ち間違いも考慮したが、同盟軍がそのようなミスを犯すとは思えない。偽の依頼でシオンたちをおびき出す罠の可能性も上がったが、まだ傭兵として名の売れていないに等しい彼女たちを排除する必然性が薄いため、これも除外される。
そこには同盟軍にとって何かしらの事情があるはずだ、とシオンとレンは眉をひそめて依頼内容を何度も読み返す。
とはいえ、この依頼を蹴るだけの金銭的な余裕が今のシオンたちに無いことも、また一つの事実である。依頼内容に怪しい点が無いことを確認し終えると、シオンとレンはお互いの表情を確かめあい、この依頼を受ける意思を示した。
トウガも、二人の意思表示を受け、早速機体の修理と調整に取り掛かった。




