78.After that...
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それから、半年の時が過ぎた。
ドルネクロネ政府は正統ドルネクロネとの間に休戦協定を締結。国土を南北に分け、その間に停戦ラインを設定することに両者は合意した。
紛争を扇動していたヴィランとレクスンがいなくなり、正統ドルネクロネが軍を動かすノウハウに欠けた烏合の衆になったことも、この休戦が実現した要因の一つといえるだろう。何より、そのような状況でヴィランがやろうとしていたこと……隕石災害の再現を知れば、それの片棒を担いでいたに等しい正統ドルネクロネも交渉のテーブルに着かざるを得なかった。
だが、「感情による暴走」と「知性による締め付け」という相反する要素を内包する両者の間に生まれるジレンマは、やがて新しい火種を作るであろうことは間違いない。
この国が真に一つになるのは、まだ先の話である。
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すでに人の暮らさなくなって久しい廃墟の集落。
人の寄り付かない場所はならず者にとって恰好の隠れ家となり、また荒事を引き起こすための武器を隠すのにも丁度よい場所になっていた。
特にここは山の中腹に位置し、主要な交通網から孤立していることもあり、そういった輩の寄合所のような雰囲気を醸し出していた。
特に規模が大きいというわけではない建物の群れの中に、強襲機動骨格用の輸送トレーラーが紛れ込んでおり、住民のいなくなって久しい家屋も簡素な修復を受けて兵士の寝床として扱われている。建物の屋上や茂みの中には、対空砲や対強襲機動骨格ミサイルなどが配され、全方位からの攻撃に備えていた。
「でも、そうやって大勢で集まると簡単にバレちゃうんだよねぇ。秘密基地っていうのは、さ」
レンはタルボシュⅡ・スナイプのコクピットに座り、いつものようにターゲットスコープの中心に標的を捉えると、息を整え銃爪を引き絞った。
一発の弾丸が放物線を描き、反対側の山に吸い込まれるように消えていく。
弾丸は武装勢力が武器庫として使用している農場跡に弾着。建物は瞬く間に炎に包まれ、集落のランドマークとなっていたサイロが倒壊し、火の手は集落全体に広がった。
「よしっ、今だよシオン!」
『了解』
レンが合図を送ると、シオンのダンピールが集落に進行。武器庫の火災による混乱に乗じて武装勢力にその牙を剥いた。
集落外周を哨戒していたヘルム三機をまたたく間に撃破。さらに一番近くにいた輸送トレーラーに肉薄すると、左肩からナイフを抜き放ち、荷台に寝そべっていたヘルムの胸部にナイフを突き立てた。無人のコクピットに穴が穿たれ、シートは人が座することの敵わない形へと変容する。シートの裏に備え付けられた電装システムもまた、その刃によって機能を失う。
「やるじゃん。援護の方はいるかな?」
『大丈夫、必要ないよ』
その言葉とともに、シオンは自身を取り囲む敵の包囲網を突き崩す。マシンガンで敵を牽制し、その隙を突く形で包囲を食い破ると、あとは彼女の独壇場だ。機動力によって相手を翻弄し、防御の薄くなった所を一気に突く。一機、二機、三機。次々とヘルムがシオンの手によって解体されていく。
「そう、でも無理は禁物だよ。今シルヴィア隊長はいないんだから」
『理解ってるって』
そう、シルヴィアはもうこの部隊にはいない。彼女はあの後、レイフォードとともに……。
それ以前に、レンとシオンはもうエクイテスの所属ですらない。繋がりを断ち切った、といえばそうではないが、会社から独立してフリーランスの傭兵として活動している。
今回の任務も、辺境の小国で勃発した紛争にかこつけて集まった野盗の排除を目的としたものだ。
だが、最新鋭機であるタルボシュⅡを二機融通してもらったとはいえ、それによって生じる機体の維持費は相当なものになっており、二人の生活費は常に火の車だ。だからこそ、軍や企業という「組織」の庇護のありがたさを実感させられていた。
レンはシオンの活躍をスコープ越しに観戦し、今後の食い扶持をどう融通するかを考える。だが、シオンの背後に迫る敵の存在を認めると、すぐに銃爪に指をかけた。
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集落に展開する武装勢力をあらかた無力化し終え、そこにシオンたちの依頼主が姿を現す。本来、この集落を管轄していた行政……その大本となるこの国の政府から派遣された部隊だ。
ティルトローター機が三機先行し、火の海になりかけた集落に消火剤を散布する。白い粉が周辺の酸素を奪い、炎がまたたく間に衰えていく。
「やってくるのは事が済んでから。やっぱりお役人っていうのは、面倒ごとを傭兵に押し付けるのがお約束なのかな」
シオンが愚痴をこぼしながら、ティルトローターに視線を送る。
ヘルメットを被ったスーツ姿の役人がカーゴハッチから顔を出し、未だ白煙が立ち込める集落跡を見下している。
周囲の酸素濃度が正常値に戻ったのを確認すると、シオンはダンピールの手にしたナイフを鞘に収め、機体のコクピットを開放した。
開放されたハッチから木々と火薬、そして金属が燃える臭いが漂い、シオンの鼻孔を刺激する。立ち上がると、まだ熱を伴った空気が肌にまとわりついた。
あれから半年。ヴィランは今や囚われの身であり、外部に干渉することは難しい。だが、それでも彼が残した影響は世界中に残され、「残り火」となってくすぶり続けていた。
ドルネクロネとエクイテスでの出来事の後を考えていたのか、それとも敗走を見越してのことなのかは理解らないが、あの男によって手が加えられたであろう痕跡が各地の紛争や武装蜂起で数多見つかったのだ。
同盟軍はそれを一つ一つ潰して回るようになり、その過程でシオンとレンはエクイテスから独立し、独自にヴィランの足跡をたどるようになって今に至る。
今回シオンとレンが制圧した武装勢力もまた、そんなヴィランの残り火の一つだった。
「いやはや、まさか突入から数分であのならず者たちを撃退してくれるとは、流石ですね」
シオンがダンピールから降りると、政府の役人が言い寄ってくる。
「そちらが無人の集落を放置しているから、ああいった輩が集まってくるんです」
「いえいえ、我々もこういった土地の再開発を進めたいと前々から思っていたのです。とはいえ、こちらもそれに向けるリソースは限られておりまして、はい」
この国は、ドルネクロネほどではないにしても各地で火種を抱えている。特に多いのが周辺諸国の紛争で撤退してきた敗残兵が離合集散し、手つかずの土地に住み着く、といったものだ。
腰の低い役人の態度に辟易しながらも、シオンは彼の言い訳に耳を傾ける。その言葉の一つひとつが、報酬の交渉を優位に進めるための材料となり得るからだ。
失言の一つでも浴びせられれば、そこに漬け込んで報酬の増額を要求できる。この半年の間にシオンたちが学んだ、処世術だった。
「リソースが限られている割には、私たちが戦闘を終えるとすぐに部隊を向けるのは、何ででしょうね」
「あれは事後処理のための部隊であって、戦力と呼べるのはその護衛部隊くらいでして、はい」
へこへことした態度に反して中々尻尾を掴ませてくれない役人の様子を観察し、報酬交渉に手間取るであろうという実感を得ながら、シオンはため息まじりに天を仰いだ。