75.Shoot the arrow
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拡張プログラムによって、機体に溜まった熱が運動エネルギーへと転換され、フローライト・ダンピールの振るう刃が加速する。その速度は、強襲機動骨格の関節構造から生じる運動性能を遥かに越えていた。
カウンターブレイドの刃がクロウ・クルワッハの右肩装甲に食い込み、ここに来てようやく敵に目に見える損傷を与えられた、とシオンは手応えを感じる。が、同時にカウンターブレイドの刃が物理的な限界を迎え、砕け散った。
『ハハハ、ハハハハハハッ! いいじゃないですか、これッ! これとやりたかったんですよッ!』
だが、それを見せられてもなお、ヴィランは笑みを絶やさない。むしろ、その声色は、戦いに充実感を感じているかのように艷やかだ。それが不安を隠すための強がりではないことは、シオンもすぐに理解した。
この男は戦いを愉しむ異常者だ。弱者の蹂躙も、強者への挑戦も、追い詰められた時の焦燥感も、この男にとっては悦楽を生み出すための要素以外の何ものでもない。
だが、その悦びの前に乱入する者の姿があった。
戦闘機が五機、編隊を組んでフォーティファイドを追撃して来たのだ。
それは、ヴィランの目的を知ったワカナ艦長が空軍と交渉して緊急出撃させた迎撃部隊だった。
それを見るや否や、クロウ・クルワッハは背部からドローンを射出してシオンを足止めし、機体をそちらに向けた。
『今、いいところなんですから、邪魔ァ、しないでくださいよッ!』
叫び声とともにフォーティファイドへ向かうミサイルをチェーンガンで撃ち落としながら、ヴィランは戦闘機の編隊へ肉薄。そしてクロウ・クルワッハの肩部ユニットが展開すると、そこから編隊に向けて光が放たれた。
何だ、と思った次の瞬間、五機の戦闘機はエンジンを吹かしたまま、その場に足止めされたではないか。
見えない壁にぶつかったような、異様な光景。それが、慣性制御フィールドにより生み出されたものであることは、明白だった。
やがて、「見えない壁」に阻まれた五機の戦闘機はそこに発生した熱を受け止めきれず、エンジンを停止させ、墜落していった。
「何をしたの?」
思わず、シオンが問う。
『慣性制御フィールドを射出してみました。本来なら二方向にフィールドを発生させて直線上の対象を押しつぶすのですが、貴女が右肩をお釈迦にしてくれたお陰でこのような形になってしまいましたよ、フフフ……』
そのような武器を持っていながら、自分には一切向けて来なかったのか、とシオンは操縦桿を握る手に力を込める。
ヴィランとしても、手加減していた訳ではないのだろう。恐らくはフローライトの拡張プログラムと同じく使いどころが難しい装備だったのだ。強力故にデメリットが生じるのはどこも同じ、という訳だ。
そして、その情報はフローライト・ダンピールの通信機を経由して後続の編隊にも伝えられた。
クロウ・クルワッハの機体前方を避けるように、三機の戦闘機が左右、そして下方から機銃を向ける。ヴィランは放たれた弾丸を慣性制御フィールドでいなしながら、三機のうちの一機の主翼をすれ違いざまにブレードで両断。残る二機も負けじと再度左右からアタックを仕掛けるべく機体を旋回させる。シオンもつきまとうドローンを撃墜しその戦列に加わるが、クロウ・クルワッハは両肩に格納していたハンドガンを抜き放ち、戦闘機に向けて銃爪を引いた。
エンジンから煙を吐いた戦闘機から、パイロットが緊急脱出する。
パラシュート一つで大空に投げ出された生身の人間に、漆黒の強襲機動骨格の手が伸びる。シオンはその先の展開を阻止するようにクロウ・クルワッハの前に出ると、その手をブレードで受け止めた。
『そのままシャトルを撃ち落としていれば勝てたものを、甘いですね』
「甘くて結構。それにそんなことをしてもすぐに追いつくつもりだったんでしょ」
『おや、バレていましたか』
短い会話の後、両者は再び距離を置きながら上昇。銃を、刃を交えながら、距離を離したフォーティファイドに向かっていった。
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「戦闘機部隊、全機が撃墜されました」
オペレーターの報告に、ワカナ艦長は額に手を当てる。限られた時間の中でかき集めた航空戦力を、たった一機の強襲機動骨格に撃破させられた。人型機動兵器による空中戦能力がこれ程のものになろうとは、彼女も想定できなかった様子だ。
「くそっ、このままでは間に合わないか……」
「いや、艦長。今はシオンを信じましょう」
キャプテンシートの後ろから、エイブラハムが顔を出す。帰還した際にまるで地獄を見てきたかのような顔つきをしていたが、今はそのような素振りは見せていない。むしろ、混沌とした現状でへこんでいる余裕がない、といった方が正しいかもしれない。
シートの背もたれを掴むエイブラハムの左手が、僅かに震えた。
「ああ、今はそれしかないだろう。だが、まだなにか我々に打てる手はあるはずだ」
エイブラハムの言葉に頷きながら、ワカナ艦長は頭を働かせた。フォーティファイドは今、ワイバーンの主砲の有効射程に差し掛かるか否かの空域を飛行している。これを確実に命中させられるかどうか、ほとんど賭けに近い。加えて、フォーティファイドを沈めたところで肝心のシャトルを逃してしまっては意味がない。
詰みか、と考えたその時、エイブラハムが口を開いた。
「ならば、レンを呼び出しましょう」
「レンフィールド元少尉を、か?」
確かにレンは優秀なスナイパーだ。だが、今の|彼女の機体《タルボシュⅡ・スナイプ》には銃がない。観測手でもさせると言うのだろうかと思ったが、エイブラハムの口ぶりはそれを否定している。
「うってつけの装備が、ワイバーンの格納庫に埋もれていたのを思い出したんですよ」
そう言って、エイブラハムは頬を釣り上げながらインカムでレンを呼び出した。
それが決め手になるのかとワカナ艦長が問うと、エイブラハムからは自信満々の返答が返ってきた。
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激しい攻防を繰り返し、三度フォーティファイドの後部甲板へ降り立つフローライト・ダンピールとクロウ・クルワッハ。フローライト・ダンピールは左腕と右肩に、クロウ・クルワッハは左肩と頭部に目に見える損傷を受けていた。
使える武装も、残りわずかしかない。
「ハァー、もうこのパーティもお開きになってしまうんですか……でも」
機体の状況を確認し、ヴィランは名残惜しそうな声を上げる。
そして、シャトルの発射ももう残り一分を切った。この勝負は、自分の勝利で終わる。彼はそう確信していた。
シャトルが打ち上がったあとは、しばらくは目の前の紅いウサギに付き合い、その後安全圏まで退避する手はずになっていた。
もう何度目になるか理解らない刃と刃のぶつかり合う音を聞き、それが轟音によってかき消されるのを耳にすると、ヴィランは満面の笑みを浮かべた。
「私の勝ち、ですねッ!」
フォーティファイドの格納庫からシャトルが飛び立つ。が、次の瞬間に大空へ躍り出たシャトルはエンジンノズルとは異なる部分から火を吹き、やがてその火が炎となってシャトル全体を包み込んだ。
一体何が起きたのか。ヴィランがそれに気を取られた隙を突く形で紅いウサギが攻勢に転じ、クロウ・クルワッハの右腕を斬り捨てた。




