74.Knife Sheath
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第十三メガフロートに向かう道中、シオンはワイバーンの格納庫でキャットウォークの手摺に身を預けながら、ハンガーに収められた機体を見上げていた。
タルボシュ・ターボ、クォーツ・ターボ、そしてダンピール。左肩にナイフを下げた機体が三機並び、整備スタッフらの手によって作戦行動に備えた調整作業が行われていた。
「何で私とエイブラハムの機体が、肩にナイフを下げているかわかる?」
淹れたばかりのカフェオレを差し出しながら、シルヴィアはシオンに問うた。シオンは紙コップを手に取りながら思案し、やがて口を開く。
「接近戦で優位に立ち回るためですよね。武器を増やせばその分だけ手数を増やせますし」
シオンの返答に、しかしシルヴィアは首を横に振る。
「それもあるけど、これはどちらかというと意思表示ね。刃を鞘に収めるっていう」
「どういう意味ですか?」
シオンは首をかしげるが、それに対してシルヴィアは機体を見上げながら言葉を紡ぐ。
「私とエイブラハムが昔同じ部隊で戦っていたのは知っているでしょ?」
「ええ、ドルネクロネまで一緒だったって」
「その時の隊長が言っていたのよ。刃物はもっとも単純な戦いと暴力の記号。だからそれを収めることは、戦いを収めたっていう意思表示になる、って」
「なるほど、だから小刀の鞘……」
ただの憧れで装備していた一武装に、そのような意図が込められていようとは。
シオンは自分にその意思を継げるのかという不安を胸に、再び自分の機体……ダンピールに視線を移しながら、茶色く濁った液体を口の中に流し込んだ。
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時間にしてほんの一瞬、シオンは数カ月前の出来事を回想していた。脳裏に過ったその記憶に、いったいなんの意味があるのかは理解らない。
だが、それを考えるより先にヴィランの刃が迫る。
今は戦いの真っ只中。無駄な思考に脳内のリソースを割いている余裕は、ない。
フローライト・ダンピールの頭を狙った一突きを、シオンは頭を逸らすことでなんとか回避。そして、突き出されたブレードが振るわれるであろうことを予見し、さらにフローライト・ダンピールの膝を屈ませる。
直後、兎耳を思わせるアンテナの切っ先が、僅かに削られた。
「この……ッ!」
お返し、とばかりにシオンはフローライト・ダンピールの脚を振るう。だが、ヴィランはそれをブレードで受け止め、押し戻す。
振るった足を引っ込め、シオンは改めて目の前の敵が如何に手強いかを認知する。
姿勢制御を行いつつ、シオンは爆発で大きく形を変えた格納庫のハッチから再び艦外に躍り出た。クロウ・クルワッハも、それに続く。
『ハッハッハッ、一回戦はお嬢さんに勝ちをお譲りしましょう。でもね、まだ二回戦目が残っているんですよッ!』
ヴィランの声が、シオンの耳に響く。
そして、フォーティファイドの右舷ハッチに視線を移した時、シオンはその言葉の意味を理解した。
フォーティファイドは艦首が三叉に分かれており、その左右がペイロードとして活用されている。つまり、シオンがシャトルを破壊した左舷格納庫に加えて右舷にも格納庫があるのだ。そして、そこにシャトルがもう一隻待機していた。
これもまた、左舷側のシャトルと同じく格納庫から飛び立とうとしている。目的は、やはり先程と同じと見るべきだろう。
単純に目的を達成するのならば、個別に撃破される可能性の高い時間差発射ではなく、同時発射にすればいいものを、とシオンは一瞬考えたが、そういった思考ロジックがヴィランには通用しないことを思い出し、冷静さを取り戻す。
これは、あの男が演出した「ショー」なのだ。そして、それを自分が愉しむために、わざわざゲームのような仕掛けを施している。だが、付き合わされる側としては、迷惑この上ない。何せ先程と同じ攻防を再び繰り返さなければならないからだ。だが、同時にシャトルを打ち上げられ片方を撃ち漏らすよりは、幾分かマシだった。
『では始めましょう、世界の命運を賭けた第二回戦を』
その言葉とともに、クロウ・クルワッハがフローライト・ダンピールに肉薄する。
「本当に、嫌な奴ねあなたは!」
シオンはヴィランの刃を受け止めつつ吐き捨てる。
だが、カウンターブレイドの刃は度重なる打ち合いですでに限界寸前。そう何度もクロウ・クルワッハの攻撃を受け止めることはできないだろう。だが、それはヴィランの側も同じなはずだ。
現に、あの男の踏み込みは、これまでと違って浅くなっている。
シオンはクロウ・クルワッハを振り切ってシャトルのある右舷格納庫へと機体を移動させる。ヴィランもそれを追ってフローライト・ダンピールの背後に付く。
クロウ・クルワッハのチェーンガンによる攻撃が、シオンの背後に迫る。シオンは機体をあえて減速させ、クロウ・クルワッハの背後を取ることでそれを躱し、追われる側から追う側に転じた。
マシンガンを斉射し、マグチェンジ。予備のマガジンを使い果たし、残弾が心許ない。加えて、放った弾丸も尽くが慣性制御フィールドに阻まれ、相手に致命傷を与えられずにいる。
これだ。慣性制御装置を持った機体同士が戦うと、お互いに決定打を欠いた泥仕合の様相を呈し、武器が尽きていく。
慣性制御は防御や機動にこそ高い効果を発揮するが、攻撃には応用しにくい。これは、フローライト・ダンピールとクロウ・クルワッハの武装が、既存武器の範疇を逸脱していないからこそ起きる現象だった。
このまま戦い続ければ、いずれお互いの武器が尽きるだろう。だが、それではこの戦闘はヴィランの勝利に終わってしまう。シャトルが大気圏を離脱すれば、どのような結果になろうとあの男の目的は達成されるからだ。
そんなことは、させてはならない。だが、どうすれば……。
残る手はやはり拡張プログラム。しかし、電力消費と攻撃リーチが問題だ。
いかに熱を運動エネルギーへ即座に転換できるからと言っても、相手を手掴みにしなければ効果が得られない。
こうして考えている間にも、ヴィランはシオンに向けて刃を振るい続けてくる。
カウンターブレイドの刀身に、ひびが入る。もう限界が近い。
いや待て、初めて拡張プログラムを使った時、シオンは何をした?
それを思い出した時、シオンの頭に妙案が浮かんだ。
これならばやれる。そう思い、シオンは機体の足を止め、拡張プログラムを起動させた。
各部装甲が展開され、機体の印象を変貌させていく。フェイス部分が、まるで牙を剥いたように凶暴な面構えに変貌すると、シオンはカウンターブレイドを両手に持ち、クロウ・クルワッハへ肉薄した。
拡張プログラムの展開可能時間は三分。それを超えれば、ブースターに電力を回せなくなり、海へ真っ逆さまだ。だからこそ、それまでに勝負を決める必要がある。
『やっと本気になってくれましたね、嬉しい限りですよ!』
ヴィランの嬉々とした声が通信機から聞こえてくるが、そんなものは戦場ではノイズに等しい。
これで諸々の因縁に決着をつけてやる。そう思いながら、シオンは刃を振るった。




