72.Close battle
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フローライト・ダンピールとクロウ・クルワッハは、激闘の末に格納庫の隔壁を突き破り、フォーティファイドの外に出た。同時に、艦の内外の気圧差によって固定されていない小型の資材が次から次へと外に吸い出される。小さな破片が装甲にぶつかり不協和音を奏でるが、両者はそれを気に留める様子もなく、上下左右に機体を動かし、空中戦を繰り広げる。
ブースターを吹かして三度打ち合った後、両者は一旦距離を取った。
一呼吸置いた後、ヴィランは大空に黒い翼を羽撃かせ、再びフローライト・ダンピールに向けて肉薄する。ランチャーのブレードが振り下ろされるが、シオンはそれをナイフでいなし、砲身を鷲掴みにした。
シオンは拡張プログラムを起動させると、肉厚のブレードを砲身に配した長砲は部品単位に分解され、大空に散った。
『やはりその力は危険極まりない。それで簡単に勝敗が決してしまっては、戦いを楽しめないでしょう』
口ではそう言っているが、ヴィランはこれをどう防いで反撃するかを思案し、それを楽しんでいるとシオンは即座に理解した。
現にその口ぶりは、武器を一つ奪われたにも関わらず余裕の色を一切失っていない。
「嫌な奴……ッ!」
『フフッ、褒め言葉ですねぇ』
短い会話の後、ヴィランはグリップ周辺しか残っていないランチャーの残滓を捨て去り、再度シオンから距離を取る。シオンの方も、機体のエネルギーに余裕がなくなってきたことを理解して一度フォーティファイドの後部甲板に足をつけて機体のコンデンサに電力を蓄積する。
拡張プログラムは強力な反面、やはり熱を運動エネルギーに変換する際の消費電力の大きさは無視できない。極力乱発は避けたいところだと思いながら、シオンはクロウ・クルワッハに銃を向ける。
曳光弾の火線が次々と銃口からクロウ・クルワッハに伸びていく。だが、ヴィランはそれを避けながらシオンに迫り、クロウ・クルワッハの右手に握られたブレードを振るった。
シオンはそれを回避すると、すぐに左手のブレードの一撃をナイフで受け流す。今度は左右のブレードが同時にフローライト・ダンピールを襲うが、シオンは機体をジャンプさせてこれを回避。しかし、ヴィランは機体をバク転させ、クロウ・クルワッハの脚そのものをフローライト・ダンピールにぶつけて来た。シオンは即座に後方へ機体を舞い上がらせ、頭部チェーンガンと胸部機銃でヴィランの動きを封じた。
「なんて出鱈目な……ッ!」
再び甲板に着地し、シオンはモニター越しにクロウ・クルワッハをにらみつける。必要最低限のブースターの噴射で空中に浮かぶその機体の姿は、明らかに異質だ。
『なるほど、これをしのぎますか』
ヴィランが舌を巻く。シオンはカウンターブレイドを抜剣し、クロウ・クルワッハに肉薄するとその二刀を振りかざした。
フォーティファイドの格納庫でシオンは長物を使うことを躊躇っていた。だが、それも外に出てしまえば問題ない。
障害物を気にする必要は、もうない。
剣と剣とがぶつかり合い、火花が散った。
ヴィランとシオンはお互いに振りかざした刃を避け、いなし、防御し、まるで永遠に続くかのような剣舞を繰り広げる。
その最中、フォーティファイドの左舷格納庫ハッチが開放され、シャトルが発進準備に入った。
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狙撃仕様のカスチェイを建物の瓦礫に沈め、レンは敵機の銃を破壊した。結果的にグレイを囮にしてしまったことに罪悪感を感じながらも、これで仲間が狙撃にさらされる危険性はなくなったと安堵した。
「機体から降りて、投降しなさい」
だが、レンの言葉に反して、目の前の敵は沈黙したまま動かない。先程の衝撃でコクピットが潰れたか、とも思ったが、外部に目立った損傷はない。
不審に思い、レンは機体を一歩前に出した。だがその刹那。カスチェイが使い物にならなくなったライフルを投げ捨て、ナイフを手に斬り掛かってきた。
「死んだふり……ッ!」
油断を誘ったか、と思いながらレンはすぐに機体を後退させる。長物は極至近距離の接近戦では邪魔になるとすぐにその場に置き、肩に搭載された大型シールドを展開。防御を固めてその猛攻に備えた。
「もうやめなって、そっちには戦闘能力は無いでしょ!」
がむしゃらな斬撃をシールドで防ぎつつ、レンはあくまで相手に投降を促す。タルボシュⅡ・スナイプのシールドは慣性制御装置の恩恵もあって強襲機動骨格用のナイフ程度の攻撃ならば容易に凌ぐだけの防御力を誇っているが、この攻撃もいつまで耐え続けられるかは理解らない。同じ場所に攻撃を受ければダメージは蓄積するし、慣性制御で攻撃を逸らし続ければ熱も貯まる。いつまでもこのままというわけにはいかない。
『この……失敗しては……ヴィランに見捨……ら……る!』
ノイズのかかった跡切れ跡切れの音声が、通信機から聞こえてくる。相手は恐らく眼前の敵機だろうと、レンはすぐに理解する。
声の主は女性。
そして、同時にその声色はどこか焦っているように感じた。否。実際に焦りを抱いているのだ。
『私はあの方……愛し……る。けど、もう……失敗を挽回する……ンスはない。このままでは殺される……私は……の方に!』
激しいが、明らかに訓練を怠っているかのような動きが、跡切れ跡切れの声とともに放たれる。だが、レンの鼓膜を震わせるその言葉の中身が不快だった。
ノイズ混じりの独り言がではない。「愛」を知らないこの女の思考に、だ。
「愛している相手に失敗を知られれば殺される? 巫山戯るな、そんなものは愛でもなんでもない。ただの恐怖だ。服従だッ!」
シールドによる防御を捨て、レンは左肩からナイフを抜き放ち、構えた。それは、彼女の怒りから来る行動だった。
刃と刃がぶつかり合う。だが、慣性制御装置を有するタルボシュⅡの方が、近接格闘戦における攻撃速度で勝っている。
最早説明する必要はないが、この場で刃を交えている二人は本来後方からの攻撃を得意とする狙撃手だ。それが面と向かって刃を向け合う状況など、そうそうあるものではない。
それ故に、ここでは純然たる機体性能と、接近戦を想定した訓練量が自然と勝敗を分けるといっても過言ではなかった。
「絶対的な強者の前に恐怖して、それを愛だと言い聞かせて強者に付き従うしかできないあんたは……ッ!」
レンは次第にカスチェイの攻撃を押し返すようになり、ついに相手のナイフを大きく弾く。カスチェイはそれを意に介さず、もう一度ナイフを突き出す。だが――。
「恋愛シミュレーションに恋の一つくらい教わってみろッ!」
その叫びとともに、レンはカスチェイが突き出した腕を掴むと、その勢いを利用して全長十メートルにも及ぶ巨体を投げ飛ばした。
カスチェイは一瞬だけ重力の軛から開放されたと思いきや、またたく間にメガフロートの床面に口づけをする。
そしてレンはすかさずタルボシュⅡ・スナイプの拳をカスチェイの胸……コクピットに叩きつけた。
その一撃は、決してカスチェイの胸を抉るだけの威力は持たない。だが、装甲を通じて衝撃をコクピットに伝播させるには十分だった。
狙撃手と狙撃手の戦いは、およそそのポジションには見合わぬインファイトの末に幕を下ろした。




