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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
クロウ・クルワッハ
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71. Purpose

 グレイがサイゾーを撃破したことで、フロートに展開する傷の部隊(スカー・フェイスズ)も、残すは中央ビルに潜伏する狙撃型一機のみとなった。

 ワイバーンのブリッジでは、ワカナ艦長が刻一刻と変化する戦闘状況を見守りつつ、上陸した部隊に指示を飛ばしていた。

 そんな最中、副長が神妙な面持ちでワカナ艦長の傍らに歩み寄って来た。


「艦長、敵の目的ですが、もしかしたら……」

「理解したというのか、ヴィランの思考を」

「いえ、あくまで可能性の話ですが……」


 そのような前置きはあったが、ワカナ艦長は副長の推測に耳を傾ける。ヴィランがこれから引き起こすであろう「何か」を未然に防ぐためにも今は僅かな情報が欲しかった。


「ヴィランは恐らく、核兵器をフォーティファイドに搭載しているのではないかと」


 核兵器。その言葉に、ワカナ艦長は戦慄を覚える。隕石災害よりも以前に廃絶されて久しい人類の負の遺産を、ヴィランは何処からか手に入れたというのか。

 しかし、それと同時にワカナ艦長はなぜ()()()()()()()()()()核兵器を載せたのか、という疑問を脳裏に巡らせる。


「だが、それでなぜ艦を上昇させる。フロートを破壊するならその場で起爆させればいいはずだが……まさか」


 ワカナ艦長が心当たりを思い出し、副長は首を縦に振る。


「はい。敵の目的は高高度核爆発。電子パルス攻撃による電子機器の破壊です」

「何ということだ……」


 大気圏上層で発生した核爆発は電子パルスを伴う。それが地上に降り注いだ場合、シールド処置が施されていない電子機器と、それによって構築されている通信網はまたたく間に機能を失ってしまう。

 そして、もしそれが事実であれば、政治、経済、流通の停滞が発生し、それによって巻き起こる混乱と略奪が既存の社会構造を脅かすことだろう。当然ながら、ヴィランもそれに嬉々として介入してくるに違いない。

 そんなことはさせてなるものか、とワカナ艦長は艦を上昇させるべく全艦に命令を下そうとする。だが、その直後にオペレーターの一人からグレイ機が狙撃されたという報告を受けた。


「敵の狙撃手か……やむを得んが、艦を後退させろ。グレイ機も、周囲の安全を確認し次第回収せよ」


 ワカナ艦長は上昇ではなく艦の後退を指示する。上昇中にエンジンブロックを狙い撃ちされる危険性を憂慮すれば当然の選択ではあった。まずはその狙いが及ばない距離まで移動し、改めて艦を上昇させるしかない。

 だが、それで過剰パフォーマンス状態のフォーティファイドに追いつけるかどうか。

 せめてフォーティファイドに向かったシオンが敵の目的に気付いてくれればよいのだが、と彼女に希望を託すしかなかった。


 狙撃仕様のタルボシュⅡによって損傷を受けたライフルの再調整を終え、アイはサイゾーのカスチェイを撃破した機体の四肢を奪った。

 その射撃精度は極めて高く、撃ち損じはない。だが、直後に敵機が狙撃を感知して周囲に危険信号を発したらしく、地に伏した機体に近寄る敵の存在は感知できなかった。


「なるほど、訓練が行き渡っている」


 一芸に長けただけの無頼の集まりであった傷の部隊(スカー・フェイスズ)ではこうはならないだろうと関心させられる。

 恐らく、あのタルボシュⅡは先程の狙撃でアイの居場所を特定し、仲間に知らせていることだろう。

 負けてもただでは転ばない。少しでも仲間に有利な状況を作り上げ、敵に損失を与えた上で負ける。それが本当のプロなのだと実感しながら、アイはその敵に止めを刺すことをやめ、別の狙撃地点に機体を移動させた。

 またいつ洋上の狙撃手がこちらを狙ってくるか理解らない。ならば一つの標的に執着するよりも、少しでも敵の戦力を削った方がいいだろう。

 アイは自身の最優先事項を設定し、ヴィランが戻る前にこれを成し遂げると誓いを立てた。だが、その直後にアイのカスチェイの鼻先を、一発の弾丸が掠める。


「……ッ!」


 敵がこちらを捕捉するのが思っていたより早い。

 洋上で長銃を構える敵の姿を認め、アイは物陰に機体を伏せさせると、残弾の確認を行う。

 残弾四。

 無駄撃ちが過ぎたことを悔いながらも、敵もまた同じ条件であることを祈りながら、弾丸を薬室に装填した。

 敵の姿は見えない。また波に揺られて姿をくらましたかと考えたが、次の瞬間、アイのカスチェイが身を潜めていた建物の屋上が崩れ去る。

 機体が流砂に嵌ったかのように建物の中へと沈み込む。アイはカスチェイのブースターを全開にしてそれから逃れる。だが、これで自分の居場所は完全に把握されてしまった。

 周囲を警戒しつつ逃げに徹するよう行動を開始したアイだったが、彼女の眼前に、ライフルの銃口を向けるタルボシュⅡの姿があった。


 高度を上げつつあるフォーティファイドの後部格納庫で、シオンのフローライト・ダンピールとヴィランのクロウ・クルワッハは一進一退の攻防を繰り広げていた。

 遮蔽物の多いフォーティファイド艦内では、必然的に接近戦を主体とした戦術を組み立てる必要がある。

 フローライト・ダンピールは背部にカウンターブレイドをマウントしているものの、閉鎖空間では刃が遮蔽物にぶつかり隙を作りかねず、シオンは左肩にマウントしたナイフで接近戦を演じる選択をした。

 だが、ヴィランは長物のランチャーと、それに取り付けられた肉厚の刃を巧みに操ってシオンを追い立てる。壁や床にその長い武器をぶつけることなく確実にフローライト・ダンピールに攻撃を繰り出すその正確さもそうだが、特にシオンを苛立たせるのは、その攻撃のリーチ差だろう。

 長槍にも匹敵するそれをナイフでいなすだけでも手一杯だが、拡張プログラム(エクステンション)を攻撃に使うには、敵に接触する必要があった。慣性制御フィールドを遠隔で展開することが現状の技術レベルでは難しいからこそ、必殺の一撃はこのような形を取らざるを得ないのだ。

 とはいえ、当たれば勝負を左右する要因であることは間違いなく、ヴィランもフローライトの手の動きを警戒していた。

 相手を近づかせないための長物。その攻略は、想像以上に難しい。


「こっちに拡張プログラム(エクステンション)を使わせない魂胆が丸見えね……」


 戦いを楽しみながらも、あくまで「自分の勝ち」にこだわるヴィランの姿勢に、シオンは心底辟易する。

 だが、同時にシオンはフォーティファイドに積載された積荷の存在が気になっていた。

 前部甲板に繋留されていたシャトル。おそらくは衛星帯に打ち上げるための調査用なのだろう。

 数多の岩塊が未だ軌道上に漂っている中で、それらの落下を未然に防ぐべく、各国合同による調査部隊が定期的に宇宙に送り出されていた。

 地上に落下したら甚大な被害が発生するであろう小惑星を確認し、必要であれば安定した軌道に移動させる。

 だが、三十余年かけてなお、この調査は終わりを見せていない。岩塊の数の多さもさることながら、そこに含有されているであろうスヴァローグ・クリスタルが、将来的に巨万の富を生むであろうという各国の思惑が絡んでいたからだ。

 シオンがフォーティファイドに赴いた際、ヴィランはこれを守るように振る舞っていた。だが、ヴィランがこれに乗って宇宙へ上がるはずがない。何か意図があるはずだと、シオンはクロウ・クルワッハの一挙手一投足を見逃さないよう、意識を集中させた。

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