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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
クロウ・クルワッハ
70/84

70.Confrontation

「レイフォード、レイフォードしっかりしなさい!」


 意識を失い、衛生兵に応急処置を受けたレイフォードに、シルヴィアは必死の想いで声をかけ続けた。

 安全を確保したフロートの区画内に、医療設備があったのは不幸中の幸いだった。一行はすぐにレイフォードをそこへ担ぎ込み、処置を行った。使われている医療機器の質の良さもあってレイフォードは何とか一命を取り留め、シルヴィアは自分の務める会社の保障の手厚さに感謝した。

 しかし、血を失いすぎたせいか、意識はいまだ戻らない。作戦もまだ継続中なだけに、シルヴィアもまた機体に戻る必要があった。作戦の進展具合によっては、この施設周辺の警護も必要になるからだ。


「生きて戻ったら、伝えたいことがあるんでしょ? なら、その約束を果たしてみせなさい。契約は、貫き通してこそ本物の傭兵なのよ」


 レイフォードにそう言い聞かせ、彼女はその場を後にした。

 まだ、反対側の区画には敵部隊が残っている。これを排除しない限り、フロートを奪還したとは言い切れない。レイフォードの安全を確実なものにするために、シルヴィアは再びコクピットのシートに背中を預け、タルボシュⅡ・ターボを起動させた。


 アイビス小隊が戦っている区画の反対側で、グレイはヒトキリ・サイゾーの乗るカスチェイと相対していた。

 同時に出現した他の敵は部下に任せているが、この一騎打ちはもはやお互いの因縁に決着をつけるための言わば「けじめ」に近い。グレイとサイゾー……当時はウェインと名乗っていた男は、かつて海兵隊で共に戦った仲だった。だが、些細な行き違いからウェインは当時の上官を殺害し、その罪をグレイになすりつけ、軍を脱走したのだ。

 グレイの無罪は証拠が揃っていたこともあり、すぐに証明こそされたが、それ以降彼は斜に構えた態度と乾いた笑みを見せるようになっていた。その事件は、彼にとって余程ショックの大きい出来事だった、ということだ。


「お前との腐れ縁も、これで終わりにしたいところだな、ウェイン」

『またその名で俺を呼ぶ……馬鹿にするのか、グレイ』


 馬鹿にする以前の問題だ、とグレイはサイゾーの言葉にため息で返す。それを自分に対する侮辱と感じ、サイゾーは刀を構えた。


『お前は侍の心得というものを何も理解ってないッ!』


 刀を振り下ろし、サイゾーは叫ぶ。だが、グレイはその一撃を回避すると、素早くサイゾーのカスチェイに蹴りを返した。


「理解っていないのはお前の方だ。侍ってのは、ただ剣の扱いが上手ければいいってもんじゃない」

『知るものか!』

「お前のそれは無頼だ。侍じゃねえ」


 鍔迫り合いの中で二人は言い争いを繰り返す。

 仕えるべき者もなく、ただ己の利益のみを基準に行動するだけの傭兵は、逆立ちしても侍にはなれない。グレイはそれを知っている。

 忠。それがサイゾーのいう「武士道」に決定的に欠けているものだった。


『お前は、もう、黙っていろォッ!!』


 サイゾーの叫びとともに、白刃がグレイに迫る。あくまで敵を斬ることに拘るため、サイゾーの機体には火器は一切搭載されていない。だが、刃への負担を最小限に、効率的に相手に打ち込む技術は、グレイにとって厄介なものだった。

 それは刃の軌道を制限もしたが、カスタマイズされた機体の反応速度と、研鑽された操縦技術が神速とでも形容するべき速度の連撃を可能としていた。サイゾーはこれを慣性制御装置(エリミネーター)による姿勢制御に頼ることなく、独力で実現しているのだ。

 前回の会敵では、グレイはこの技を知らなかったが故に被弾を許した。だからこそ、今回の作戦では挑発という搦め手を用いたのだが、それを仕掛けてもなおその技術は霞む様子を見せない。この技は最早サイゾーのその身に染み付き、眼前の戦闘狂を構成するために欠かせない要素(ファクター)となっていた。


「ここまでの研鑽を、よく続けられたものだよ。だが……」


 悔しいが、グレイはその剣技を前にして、サイゾーが積み重ねて来たであろう努力を認めざるを得なかった。だが、だからこそ侍への解釈違いを口にする彼が許せない。

 そう、グレイもまた、日本文化をこよなく愛する、日本マニアだった。それも、戦国時代の武将たちに思いを馳せる歴史マニアだ。武士の、侍の成り立ちについてはサイゾーよりも深く知り尽くしている。

 連撃を慣性制御でいなし、ダメージを最小限に抑えつつ、一歩、また一歩とグレイのタルボシュⅡが後ずさる。


『どうしたどうした、大口を叩いておいてへっぴり腰か』


 強気の姿勢とともに、サイゾーはさらに斬撃の速度を上げる。まだ上があるのか、とグレイは驚嘆する。だが、グレイもただ黙ってこの攻撃を耐えているわけではなかった。

 サイゾーの連撃も、決して無限に繰り出せるものではない。操縦技術で関節の負担を最小限に抑えているとはいえ、負担そのものが無くなるわけではない。斬撃時の衝撃は機体の駆動系に少なからず影響を与え、その狙いに僅かな誤差を生み出す。

 さらに、先述の通りカスチェイはその身に慣性制御装置(エリミネーター)を持たない。その精密な連撃は()()()()で成り立つ部分が大きく、この技を長期間使い続けるには多大な集中力を必要としていた。

 そして、駆動系の負担と集中力の低下という二つのファクターが重なった時、グレイにとって千載一遇のチャンスが生まれる。

 サイゾーが剣を振るう速度が、わずかに落ちた。時間にしてコンマ数秒程度の誤差だが、グレイはそれを好機と捉え、刀をマニピュレータごと掴んで止める。さらに手首をひねり強引に刀を取り上げると、それを拾おうとするカスチェイの左腕を、手にしたブレードで斬り落とした。


『……ッ!』

「確かにお前は強くなった。だが、自分の技術を過信したな」


 足払い。サイゾーのカスチェイが姿勢を崩し、その場に倒れ込む。


「お前の侍かぶれの人生も、ここで終わる」


 滑走路に放られた刀をサイゾーの手が届かないところまで蹴り飛ばす。


「俺が味わった苦しみを、今ここで味わえ」


 タルボシュⅡが、ブレードを構えた。


「まだだ、まだ俺は戦えるッ!」


 サイゾーは横転した機体を再び立ち上げるべく姿勢制御に集中した。だが、グレイのタルボシュⅡに両足を切断され、サイゾーは動くこともままならなくなった。

 サイゾーは装甲の下から投げナイフを取り出す。なるべく使いたくはなかったが、こうなってしまっては仕方がないと必要最小限のモーションで投擲する。だが、その刃はタルボシュⅡの慣性制御フィールドという見えない壁によって、あらぬ方向へ弾き飛ばされた。

 嫌な汗が、サイゾーの頬を伝う。

 カスチェイの頭部センサーにブレードが付きたれられ、モニターから光が失われる。闇の中で生き残ったモニターが、機体の損傷状況を刻一刻と知らせてくる。

 両足、破損。

 左腕、損傷。

 頭部、破損。

 機体の各部は動かなくなって久しい。だが、まだ右腕がかろうじて残っている。ならばとおおよその当たりを付け、サイゾーは腰部ブースターを点火。グレイのタルボシュⅡに向けて()()()()()()

 最早そこには、「斬る」ことに強くこだわっていた男はいない。矜持を捨て、生き残ることだけを考えるこの男は、すでに彼の考えている「理想の侍」から遠い存在と成り果てていた。

 そして、サイゾーがそれを自覚した瞬間だった。カスチェイの胸部を、タルボシュⅡのブレードが貫いたのは。


 勝った。グレイはようやく、古巣での禍根をかき消すことができた。

 これでようやく、自分は心から笑うことができるだろう。そう思って気を緩めた矢先、一発の弾丸がタルボシュⅡの胸部を貫いた。

 何が起きた。

 それを理解する間もなく、さらなる追撃がグレイを襲い、両足を失った機体が地に伏す。

 その様子を目撃した部下二人がグレイに駆け寄ろうと機体を加速させるが、グレイは咄嗟に「来るな」と叫んだ。

 レンが抑え込んでいた敵狙撃手が、再び行動を開始したのだ。恐らくはグレイのタルボシュⅡを「餌」にして味方を誘い込もうという魂胆だろう。

 その思惑に乗せられてはいけない。

 敵狙撃手の情報を味方に伝える。それが今の自分がやるべきことだと、グレイはすぐに理解した。

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