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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
クロウ・クルワッハ
69/84

69.father

 エクイテス・フロートの管制塔。ここで轟音を伴い凄まじい速度でフロートから離れていくフォーティファイドを見送る男がいた。

 ヴィランらからプロフェッサーと呼ばれていた技術者だ。

 否。そう呼ぶ人物は、少なくとも今はこの場にいない。なぜなら、彼の本名を知る人物が、目の前で彼に銃を向けているからだ。


「久しぶりだね、エイブラハム・ウィリアムズくん。あの時以来か……」

「はは……まさか本当に生きていたとは」


 プロフェッサーと相対するエイブラハムのその表情は、嬉しくもあり、それでいて残念そうな複雑なものだった。

 降下の際、管制塔に見知った顔を見つけ、彼は部隊と離れ単独でここに乗り込んできたのだ。

 一方のプロフェッサーは、落ち着いた様子で口を開く。


「ラフの……ヴィランくんのおかげだよ。自分の死を偽装するために、片足を置いていかなければならなかったのは痛かったがね」


 そう言って、彼はぽん、と義足となった足を叩く。軽い金属音が決して広いとは言えない管制室の中で反響した。

 プロフェッサーは自らの身体の一部を犠牲にしてまで「書類上の死」を手に入れ、それと同時に倫理や規範から逸脱してヴィラン(テロリスト)と行動をともにし、研究者としての外道に堕ちた。


「信じられない、といった顔をしているね」

「……最初に聞いたときは、まさかと思った。あなたは聡明で、兵器開発者に必要な倫理観を備えた人物だった」

「ああ、懐かしいなあ……」


 過去の思い出にふけり、プロフェッサーは頬を緩ませる。対するエイブラハムはそんな彼に銃を向けたまま、話を続けた。見知った顔の前であっても、軍人である彼は緊張は解かない。


「なのにあんたはヴィランと内通して、実の娘すらも犠牲にした……何故だッ! どうして……どうして俺たちを裏切った、ウェステンラ教授ッ!!」


 最早捨てて久しいその名を聞き、プロフェッサー……否、ウェステンラ教授はそれまでの穏やかな雰囲気を捨て、険しい表情を表に出す。

 彼こそ、エイブラハムの婚約者ホタル・ウェステンラの実父にして、シオンの養父。レイモンド・ウェステンラだ。


 遡ること五年前のことだ。

 レイモンドは兵器開発者として、実の娘(ホタル)の類まれな才覚の前に、嫉妬を覚えるようになっていた。

 第三世代強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の開発は、機体に慣性制御装置(エリミネーター)を如何に実装するかの戦いと言っても過言ではなかった。レイモンドは機体の外部に必要機器を外装する案を提出したが、ホタルはその上を行き機体のフレームにこれを内蔵する案を出していた。

 レイモンドは当初、ホタルの案では機体の大型化は免れないだろうと考えていたが、しかしホタルは彼の予想を上回り、技術そのものの小型・高効率化を盛り込んだ設計を済ませていた。その設計は極めて完成度が高く、まるで最初からそのようになることを運命づけられていたかのように美しかった。

 神童。そう呼ばれても良いほどの才能を自分の娘が備えていたことにレイモンドも最初は歓喜したが、やがて彼女が自らの一手二手先を進んでいることに、焦りを覚えていく。彼はホタルと比較され、その相対評価からプロジェクトにおける立場を徐々に失っていったのだ。

 だからこそ、そんな折にコンタクトを取ってきたヴィランの誘惑に乗ってしまった。

 ホタルの作り出した技術系譜を断つために、開発中の第三世代機の情報を横流しして、同盟軍の研究施設襲撃を手引きした。この時、レイモンドはホタルの開発案ではなく自分の案をヴィランに渡し、自分の研究を生き残らせる選択をした。

 そして、運命の日。彼はこれまで手に入れて来た全てを炎の中へとかなぐり捨てた。

 これまで手に入れた名声と人望、そして家族すらも……。


「……シオンを一人にしてしまったことはすまないと思っているよ。だが彼女は強い娘だ、きっと一人で生きていける」


 回想を終え、感慨にひたりながらシオンの身をおもんばかる。が、「本当にそう思っているのか」とエイブラハムは怒りの感情をレイモンドにぶつけた。


「シオンはな、あいつはあんたのせいで一人ぼっちになって、一人で生きていくために傭兵になったんだぞッ!」

「……そうか、それはすまないことをした。だがそれも必然というやつだろう」


 まるで他人事のように素っ気ない態度。自分が引き取った義娘だろう、とエイブラハムは銃を取る手に力を込める。

 自分もかつては復讐心に囚われ、愛する人(ホタル)の研究を利用してシオンに軽蔑されたこともあった。だが、この男はそれ以上だ。功名心から間接的にとはいえ自分の家族を手にかけ、見捨ててまで自分の研究の優位性を保とうとした。

 そこにあるのは徹底的なまでの自己愛。「誰かに自分を認めさせる」という目的のために、他者を慮る気持ちが明確に欠落しているのだ。


「あいつが今どこで戦っているかも知らないで……ッ!」

「何を言っている……まさか」

「そうだよ。シオンは今、ここにいる」


 そう、シオンは今フォーティファイドにいる。そこで、ヴィランのクロウ・クルワッハと激戦を繰り広げているのだ。


「は、はは、はははははッ! それはいい、最高じゃないかッ!!」


 だが、レイモンドから返ってきたのは、嬉しそうな高笑い。そこには、まるで悲観などする素振りは一切ない。


「何を言っている?」

「私の作り上げた最強の兵器が、最強の兵士を打ち倒すことを証明してくれるという訳か」


 レイモンドの言葉を理解できず、エイブラハムは彼に向けていた銃口を無意識のうちに下げていた。


「まあ、理解できないのも仕方がない。私がシオンを引き取ったのは、彼女が最強の兵士足り得る資質を備えていたからだよ」

「……ッ!」

「そう、遺伝形質や体質、その他全てが彼女が強襲機動骨格(アサルト・フレーム)を駆るパイロットとして最高の適正を示していたのだ……本来なら、彼女こそがクロウ・クルワッハに乗るに相応しかったが、まあいいだろう。この勝負の行く末を見届けるのも悪くはない」


 高笑いとともに、レイモンドはモニターに視線を移す。そこには、フォーティファイドの様子が映し出されており、クロウ・クルワッハと相対するフローライト・ダンピールの姿があった。

 艦のカメラをハッキングし、そこに状況を映し出しているのだ。


「あんたは……どこまでも腐ってッ!」

「ああそうさ。だからホタルも私のことを軽蔑していたよ」

「……!」


 自覚があるのが、余計にたちが悪い。もはや、かつて義父と慕っていた人物は死んだ。そう思いながら、エイブラハムは再び眼前の男に銃口を向け、銃爪を引こうと指に力を込める。

 だが、次の瞬間。二人の居た管制塔に破壊されたドローンが激突する。窓ガラスが割れ、ドローンのローターが高速で回転したまま部屋の中を蹂躙する。エイブラハムは咄嗟に身をかがめ、それを回避したものの、レイモンドはそれをまともに喰らい、またたく間に人の形を成さなくなった。


「なんてこった……」


 さっきまで会話を交えていた、見知った人物が唐突に、それでいてあっさりと命を落とす。それが戦場なのだと、エイブラハムは改めて実感させられる。

 なのに、レイモンドは戦場に出て来すぎた。これは、彼が受けるべき罰だったのかもしれない。そう言い聞かせながら、エイブラハムは傷を庇いつつその場を後にした。

 せめてもの救いは、彼が義父と慕った人物をその手に掛けることがなかったことだろう。

 通信機のインカムからは、フォーティファイドの乗組員を含めたエクイテス・フロートの全スタッフの救出に成功したという報告が聞こえていた。

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