67.Promise
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「今回の作戦、だいぶ危なっかしいもんになりますね」
降下作戦の少し前。レンが艦を降りる様子を待機室のモニターで見届けながらレイフォードはふとそんなことを口走る。
漠然とした不安。それが彼の胸の中に根付いていた。
待ち構えるはヴィラン・イーヴル・ラフと傷の部隊。自分たちにとって、もはや因縁浅からぬ敵が、自分たちの庭を好き放題に荒らしているのだ。
「不安なのね……それは仕方がないと思うわ」
シルヴィアは、レイフォードの胸中を察し声をかける。作戦を煮詰め、出来る限りの準備をしたものの、戦闘で生き残れるかは結局は自身の力量と運に頼る所が大きい。
「あの、作戦前にこんなコト言うのはどうかと思うんですけど……」
「どうしたの?」
レイフォードはシルヴィアに顔を突き合わせ、改まった態度で口を開く。
「この戦いで生きて帰ってきたら、話したいことが――」
「やめなさい。それは不幸を運ぶジンクスよ」
レイフォードの唇に人差し指を当て、シルヴィアはその言葉を遮った。だが、レイフォードはその手を退けて言葉を紡ぐ。
「いいえ、そんなジンクスは吹き飛ばしてやります。だから、隊長もそれを聞くまで、絶対死なないでくださいよ」
レイフォードのその言葉に、シルヴィアは一瞬呆気にとられたような表情を見せるが、直後にいつもの笑みを浮かべて「理解ったわ」と短く答えた。
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レイフォードはライフルの銃口をボムのカスチェイに向け、銃爪を引く。
右腕の関節部を狙ったその一撃は、あっさりと空を切る。だが、レイフォードはそれを気にすることなく、ボムの機体から距離を取りつつ再度弾丸を放つ。
同じ場所を狙うが、それゆえに放った弾丸の軌道はボムにあっさりと見抜かれる。三度、四度と同じ攻撃を繰り出すものの、いずれも遮られるか、避けられてしまう。
だが、それもレイフォードにとって計算のうちだ。
マグチェンジの後、五度目の射撃。再度同じ所に向けて銃弾が放たれた。
『君も懲りないね!』
「しつこいのが俺の性分でな」
ボムはそう言って左腕のバックラーでそれを防ぐ。しつこく同じ所を狙うレイフォードに飽き飽きしている様子だ。
が、次の瞬間、ボムのカスチェイの頭が左半分吹き飛んだ。
『何と?!』
恐らく敵は何が起きたのか、必死に思考を巡らせていることだろうが、手品のタネそのものは単純明快だ。連続して同じ所を狙い、その直後の攻撃で狙いを変えただけ。
本命以外ではあえて再攻撃までに時間をかけ、敵にこちらの攻撃間隔を誤認させた上でこれを実行したのだ。
自らの射撃能力の高さについては、アイビス小隊でもトップクラスだとレイフォードは自負しており、それは他のメンバーも認めているところだ。
「どうだい、爆弾魔さん。俺の技術は」
『巫山戯るなよ……青二才ッ!』
落ち着いた物腰の仮面が剥がれ落ち、激昂した声が通信機から聞こえてくる。
「そうだ、こっちを追ってこい!」
敵の攻撃を回避しつつ、レイフォードはその場からボムのカスチェイを引き剥がす。
サブモニタに視線を移すと、降下した陸戦ユニットが次々と施設内へ突入している。強化外骨格を装着しているため、防弾ジャケットをはじめとする重装備を身にまといながらも、その足取りはスポーツ選手並に軽やかだ。
だが、強襲機動骨格の攻撃力の前には、それすら風前の灯でしかない。だからこそ、レイフォードたちは傷の部隊を引き付け、彼らの施設到達を支援する必要があった。
敵を挑発し、こちらに釘付けにする。それが功を奏しているのは、目の前の敵の様子を見れば、一目瞭然だ。
「頼んだぞ……!」
そう呟くと、レイフォードはボムの攻撃を回避しつつ肉薄。息つく暇もなく銃口を敵の胸に突き付けた。
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レイフォードと別れ、シルヴィアは指揮官仕様のカスチェイと相対する。だが、状況は一対一というわけにはいかず、周辺に残存するドローンがシルヴィアのタルボシュⅡ・ターボに向けて攻撃を開始する。恐らく胸部兵装ステーションに取り付けられた通信モジュールで、ドローンを指揮しているのだろう。ドローンの数はおよそ十五機。それをたった一人で操りながら戦うなど、常識的に考えてありえない。
否。ここまで常識の埒外の戦闘をこなしてきたシルヴィアにとって、もはや目の前の敵がどのように立ち振る舞おうと驚くことはなかった。
むしろ「驚くこと」自体に疲れている、と言った方がいいだろうか。「それがどうしてそうなったのか」と考えるのは後にして、目の前の事象に対応することこそが、戦場で生き残れる秘訣なのだ。
「まずは、ドローンを片付ける」
胸部機銃を自動迎撃モードに設定し、ショットガンとマシンガンを構えて迫りくるドローンを撃ち落とす。
その隙を突く形でカスチェイが背後から迫り、鉈が振るわれた。だが、シルヴィアはそれをショットガンの銃剣で抑え込む。
すぐにカスチェイの方へと振り返り、シルヴィアはマシンガンをその胸部に突きつけた。
だが、銃爪を引く瞬間、その背後にドローンが迫る。火力をすべて前面に向けてしまったがゆえに、シルヴィアはその対応に一瞬遅れる。
『さようならだ』
敵機のパイロットが、小さくそうつぶやいたような気がした。
瞬間、弾丸が装甲を抉る音が聞こえた。
だが、シルヴィアの機体は一切の損傷が無い。代わりに、背後で機銃を向けていたドローンが撃墜されている。
『馬鹿な……!』
敵パイロットが動揺する。これをチャンスと見たシルヴィアは持てる火力を叩き込み、カスチェイを蜂の巣にした。
至近距離でカスチェイが崩れ落ちる姿を見届け、先程のドローンを撃墜したであろう主の姿を探す。
あの一撃は、恐らくはレイフォードの手によるものだろう。
長大な滑走路の周囲を確認すると、その一角に爆発で装甲がひしゃげ、ライフルを杖に辛うじて立っている状態となったカスチェイの姿を認めた。
「……レイフォードッ!!」
シルヴィアが感情のままに叫んだ。
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ボムのカスチェイに銃を突き付けたその時、レイフォードの背筋に嫌な感覚を覚えた。ボム機の後方で、シルヴィアに迫るドローンの存在を認識してしまったからだ。この一発を放てば、眼前の敵は排除できる。しかし、それではシルヴィアの援護に間に合わない。ならば、レイフォードの取るべき行動は一つ。
ボムのカスチェイをタックルで押し退け、ドローンを狙撃。
『敵を倒す好機を逃すなんて、甘い奴だ』
「俺も、そう思うよ」
その行動に、ボムはまるで理解できないといった様子でロケットランチャーをレイフォードに向けた。この状況では、機体を反転させて砲弾を迎撃するまで間に合わない。
レイフォードは覚悟を決め、その一撃を受け止めた。
爆風と炎熱が機体を焦がし、装甲や右腕が吹き飛ぶ。センサーが焼き付きを起こし、モニターにノイズが走る。そして、衝撃がレイフォードのカスチェイを吹き飛ばし、格納庫区画へと追いやった。
レイフォードは何とか意識を繋ぎ止め、機体をチェックしようと右腕を伸ばそうとする。だが、その時違和感を覚えた。右腕が、無い。
肘から下が欠落し、そこから血とリンパ液が溢れ出る。左目も視力を失っているようだ。
かろうじて生きているモニターが、敵の接近を知らせる。左腕で何とか機体を立たせるが、もはや彼の乗る機体に戦闘を継続できるだけの能力はない。
ここまでだな。
諦めの感情が、レイフォードを支配する。
ロケットランチャーの砲口が再びレイフォードに向けられたその時、横からその攻撃を遮るタルボシュⅡ・ターボの姿を見た。
「ああ、隊長。無事でしたか」
レイフォードは、愛する人を守れたことを誇りに思いながら、瞼を閉じた。