66.Place of decisive battle
○
「くくっ……現れましたか」
ヴィランは笑みを浮かべながら、朱色に染まりかけた空を見上げた。クロウ・クルワッハのセンサーは、上空に敵艦の姿があると報せていた。
「私はこれからフォーティファイドの方に向かいます。アイ、敵艦の相手はお願いしますよ」
「了解しました」
アイはヴィランのクロウ・クルワッハを見送ると、カスチェイに乗り込みスナイパーライフルを構えた。
義眼にリンクしたセンサーがフロートの上空を単独で飛行するキーヴル級を捉え、「迂闊すぎるわね」と心の中で敵をあざ笑いながらトリガーを引いた。
フロートの中でも一際高い中央ビルの屋上に陣取る彼女にとって、ここから施設全体、さらには周辺海域を見渡すことなど造作もない。
そこに接近するものがあれば、すぐに排除できる。だが、それ故に彼女は気付かなかった。自らが注目する視線の先以外から、もう一つ接近してくる影がいることに。
トリガーを引いた瞬間、衝撃で銃身が僅かにぶれる。放たれた弾丸も、キーヴル級に命中することなく遥か上空へと消えていった。
何事か、と機体の状況を確認すると、右肩に僅かな損傷が確認された。その時のダメージによる振動が、アイの狙いを逸らしたのだ。
遠距離攻撃、特に狙撃のように精度が求められるそれは、僅かな振動によるズレによって結果が左右されてしまう。狙撃とはそれほどまでに繊細なものであり、名うての狙撃手が「職人」に例えられる所以でもあった。
そして、周囲に敵のいないこの状況で、アイの機体が損傷を受けたということは、自らも狙われたということにほかならなかった。
○
「命中。これで向こうはワイバーンを狙えないはず」
サウザンド・アイのカスチェイに銃を向けながら、レンは次弾の装填を開始する。
彼女の乗るタルボシュⅡ・スナイプは、脚部にホバーユニットを装着し、海上からの狙撃という難しい任務に就いていた。
目的は、他の部隊が安全にフロートへ降りられるようにするためのお膳立て。それには、傷の部隊にいる腕利きのスナイパーを排除する必要があった。
だからこそ、レンは皆に先んじて海上狙撃を行うべく艦を降りたのだ。
しかし、安定した足場のない海の上で、高初速・長射程のライフルを撃つことはできても、敵に当てるとなれば至難の業だ。姿勢制御を間違えれば、海の上で転んでしまいかねない。
だからこそ、タルボシュⅡ・スナイプに備えられた慣性制御装置が役に立つ。
ライフルの反動を相殺し、擬似的に足場を固められるからこそ、このような無茶を通すことができたのだ。
「さて、敵はこっちに気付いてくれたかな?」
緊張で乾いた唇に舌を這わせ、レンは再度スコープを覗き込む。
途端、敵の攻撃がタルボシュⅡ・スナイプの頬を掠めた。
レンはすぐに慣性制御を解除し、波に揺られることでフロート側からの狙撃に対応する。姿を晒していても、自然が作り上げる不規則な波と風は、レンの味方をしてくれていた。
「いい狙いをしてる……でも、こっちにばかり目を向けていいのかな?」
タルボシュⅡ・スナイプのセンサーは、フロート上空に位置したワイバーンから友軍機が放出されているのをキャッチしていた。
敵スナイパーも、その存在を認識しているはずだ。ならば、レンのやるべきことは一つ。敵の注意をこちらに引き付け、友軍のフロート到達を支援する。
そのために、レンははるか遠方の敵機に銃を向けるのだ。
再度敵の狙撃を阻止し、ついにしびれを切らした敵スナイパーは中央ビルから退去して姿を隠した。だが、それでいい。
その間隙を突き、仲間たちはフロートへ降り立ったからだ。
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『よっしゃ、タッチダウン!』
レイフォードのやかましい声が、シオンの鼓膜を刺激する。彼に遅れること数秒後、シオンとシルヴィアも勝手知ったる我が家に降り立った。
歓迎の砲撃が無いところを見るに、恐らく敵はフロートの迎撃戦力の尽くを破壊しつくしているのだろう。それが、敵スナイパーに迎撃を一任させる要因となったことは、想像に難くなかった。だからこそ、シオンたちはこうやってフロートに降下できた訳だが。
「直前で作戦に手を加えたのは、どうやら正解だったようね」
シルヴィアの提案で、レンを先行させたのは正解だった。交戦経験のある部隊が立ちはだかるとわかっていたからこそ、敵のスナイパーを警戒するのは当然の判断だろう。
敵スナイパーを引きつける役目に自分が選ばれなかったことにレイフォードは不服そうな表情をしていたが、慣性制御で海上でも安定した狙撃ができるのは、レンのタルボシュⅡ・スナイプに他ならない。というよりも、慣性制御装置を使う適正に乏しいレイフォードに、この任は肩が重すぎる、というのが周囲の見解だ。
「ヴィランの姿は……ない?」
周囲を索敵しつつ、シオンは姿を眩ませたスナイパー仕様のカスチェイとクロウ・クルワッハの姿を探す。
だが、それを見つけ出すよりも早く、敵部隊が格納庫から現れる。
傷の部隊のカスチェイ三機に、クドラクが六機。それらが一斉にドローンを展開し、シオンたちに差し向けた。
シオンはフローライト・ダンピールを飛翔させ、それを迎撃しようと銃を向ける。が、それよりも早くシルヴィアとレイフォードが迫るドローンを撃ち落としていった。
『お前の機体はヴィランに対抗できる数少ない切り札だ。ここで消耗させるわけにはいかねぇよ』
『早く決着付けに行きなさい』
シルヴィアがそう言うと、フォーティファイドの方を指差し、シオンに行くよう仕向けた。
「理解りました。そっちも油断はしないで」
『ハッ、誰にモノを言っているんだか』
憎まれ口を叩きながらも、レイフォードはシオンに早く行くようハンドサインを送る。シオンもそれに応え、フォーティファイドに舵を切った。
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「さて……」
シオンの露払いとして周辺のドローンをあらかた排除し終えると、今度はカスチェイ二機がシルヴィアとレイフォードの前に立ちふさがる。片方はシンプルな指揮官機、もう片方はボムと名乗っていた男の機体だ。
この二機が一筋縄ではいかない相手であることは、二人とも重々承知している。
特にボム機の重装備はこの状況では厄介だ。大量の爆発物をこれでもかと満載したこの機体をもしも爆発させたら、このフロートそのものが海に沈んでしまうだろう。
そうはさせるか。意気込みながら、レイフォードは操縦桿を強く握りなおす。
『そこのお前。その機体はアイスマンの物だ、大人しく返せば、命だけは助けてやってもいいぞ』
「はん、今は俺の機体だ。文句あるなら俺を殺して奪い取ってみるんだな」
ボムの言葉に、レイフォードは挑発を以って返す。そして、それに乗るかのように、ボムは乗機の肩にかついだロケットランチャーをレイフォードに向ける。
「それでいいんだ、よッ!」
放たれた砲弾を撃ち落とし、レイフォードは後ろへ下がる。視線を移すと、シルヴィアはもう一機のカスチェイと交戦中。丁度、お互いがそれぞれの敵とタイマンに持ち込む形となった。
攻撃を避けつつ、レイフォードはライフルの照準を敵カスチェイに定め、銃爪を引いた。