65.Recapture Strategy
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「なんだと、本社が!?」
「はい、約三十分前に……所属不明の武装勢力に制圧された、とのことです」
「なんということだ……くそっ!」
エクイテス・フロート襲撃の報せを受け、ヴァネッサは驚愕した。そして、すぐに戦場視察のスケジュールを全てキャンセルするよう、同行していた秘書に告げる。
ヴァネッサは自社部隊をドルネクロネに投入し過ぎたかと自身の判断ミスを悔やむが、同時刻には同盟軍のフォーティファイドが停泊しており、万全の警備体制が整えられていたはずだ。そう簡単に施設を制圧されるほど、軟な状態にあったとは思えない。
敵の戦力は、それを上回るほどのものであったか、それとも……。
ともあれ、ヴァネッサは事態を打開するために、頼るべき筋を頼るべく行動を開始する。
「社長権限でアイビス小隊に非常招集を送れ。大至急だ」
そのヴァネッサの命令に、秘書の男は黙って応えた。
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フローライトの改修も佳境に入った頃、シオンたちアイビス小隊の面々はヴァネッサからの呼び出しで基地のブリーフィングルームに集合し、そこでエクイテス・フロート襲撃の報せを聞かされた。そして、それを聞かされたからには、言い渡されることは一つだ。
「君たちには火急的速やかにフロートを占拠した敵勢力を排除して欲しい」
ヴァネッサは心妙な面持ちでアイビス小隊の面々に語りかける。フロートにはフォーティファイドも寄港しており、このままでは前線への物資供給が滞る可能性もある。そうなっては軍の作戦行動にも支障をきたすことになる。
つまり、事態はエクイテス社だけの問題ではない、ということだ。
「一つ、質問が」
「何だ、言ってみろ」
レンが手を上げ、ヴァネッサはそれに応える。
「敵の戦力についての詳細なデータはあるんでしょうか?」
「いや、フロートからの通信の最中に回線が閉鎖され、残念ながら敵の情報はほとんど入っていない。理解っているのは、潜水艇一隻と強襲機動骨格三機による、極少数による奇襲攻撃だということだけだ」
ヴァネッサの回答に、レンは「ありがとうございます」と言って席に座る。
レンの質問で、アイビス小隊の四人は敵の正体がヴィランである可能性を胸に抱く。絶海の要塞とも呼べるエクイテス・フロートに少数で乗り込むなど、あの異常者とその一行以外、実行に移す人間がいるとは思えないからだ。
「それで、フロート奪還作戦の詳細だが、ワイバーンの協力を受けて現地へ急行。空挺降下でフロートに進入し、敵を排除する」
限られた時間で考案された、シンプルな作戦だと一同は関心する。
「降下する戦力は俺らだけで?」
今度はレイフォードが尋ねる。だが、ヴァネッサは首を横に振り、もう一小隊の協力を取り付けていると語った。
「志願した同盟軍部隊が同行してくれるそうだ。ワイバーン所属のトランシルヴァ隊、それに施設制圧のための陸戦ユニットが三チーム投入される」
そう聞いて、レイフォードは口笛を吹き、「頼もしいことで」と返した。
皮肉のように聞こえたかもしれないが、ヴィラン相手にこの程度の戦力で足りるのか、レイフォードも不安で仕方がないのだ。
とは言え、施設内での戦闘も想定した場合、陸戦ユニットの存在は頼もしい。フロート内に敵兵が展開していた場合、強襲機動骨格に乗ったままでは施設ごと破壊してしまいかねないからだ。そこには自社の損失はなるべく避けたいというヴァネッサの意図が含まれていた。
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「やれやれ、機体のテストを行う暇もなく実戦投入とは。忙しいったらありゃしない」
愚痴をこぼしながらも、トウガはつい先刻完成したばかりのフローライト・ダンピールをワイバーンに積み込むべく作業を進める。せめて現場に到着するまでの間に最終調整が終わればいいのだが、とトウガは心の中で思うが、それだけの時間を与えてくれないまでに、事態は予断を許さない状況だった。
エクイテス・フロートの奪還作戦。同盟軍としては、フロートとともに敵に制圧されたフォーティファイドの奪還が急務だ。最悪の場合、艦に積まれた物資が丸ごと敵の手に渡るという事態を避けるべく、艦の撃沈も視野に入れなければならないかもしれない。
そして、そこに立ちふさがるのはヴィランの乗るクロウ・クルワッハ。ならば、対抗手段としてフローライトをぶつけるのは当然の道理ではある。
「よう、トウガ軍曹。調子はどうだ?」
「エイブラハム大尉、いつこっちに戻ってきたんですか?」
「つい今しがただ。ヴィランのアジトは残念ながらもぬけの殻だったよ」
「でしょうね。今敵はエクイテス本社に陣取ってるそうです」
トウガのさりげない一言に、エイブラハムは驚きの表情を見せる。そう、すでに奴はこの国から姿を消していたということだ。派手に暴れまわった後にアジトを引き払い、こつ然と姿を消したのも、こういうことだったのかとエイブラハムは納得した。
「それで、大尉の方はこの後どうするんですか?」
「俺もこのままワイバーンに同行させてもらう。ヴィランがそっちにいるなら、俺が出向かなきゃいかんだろう」
「そりゃそうですけど、乗る機体はないですよ?」
因縁を理由にエイブラハムは同行を決意するが、トウガはそう言って彼が戦闘に参加できないであろうことを告げる。
ワイバーンに搭載可能な強襲機動骨格は最大で八機まで。既にアイビス小隊四機とトランシルヴァ隊三機、そして陸戦ユニットの揚陸艇で規定積載量は埋まってしまっている。
ここで無理やりもう一機ねじ込もうものなら、部隊運用にも支障が出かねない。
「わかった、それじゃあ陸戦隊の方に便乗させてもらうわ」
「いいんですか?」
トウガの問いにエイブラハムは「いいんだよ」と返し、搬入作業中の機体に目を向ける。
「ああ、フローライト。だいぶいじらせてもらいましたけど、こっちもいいんですよね?」
「もう元の持ち主には話を付けてある。こいつはもう正式にエクイテス預かりだよ」
「なら、いいんですけど」
兎を思わせる耳と機械の翼を持つ紅の機体。この機体に用いられている技術が火種となって今回の戦いは始まったのだと、エイブラハムは感慨にふける。
結果として慣性制御装置の技術はヴィランの手に渡り、今回の戦乱でルサウカとクロウ・クルワッハに搭載され、立て続けに投入された。では、その次はどうなるか。
その先を考えるだけで、エイブラハムは背筋を凍らせるような気分になる。
次に待っているのは、恐らくは第三国への技術の拡散だ。ネットワークが世界を覆って百年以上が経つ今日、一度世に出てしまった情報は、簡単に消すことは出来ない。消したそばからまた別の場所から同じ情報が現れ、消して回る。またそのいたちごっこが繰り返されるのだ。
そして、技術の拡散によって行き着くのは、それが普及した新しい戦場の形成。恐らくヴィランはそれを狙っているのだろうと、エイブラハムは結論づけた。
「……この技術は、もしかしたら世に出すことなく眠らせておくべきだったのかもしれないな」
ふと、エイブラハムはそんなことを口走る。いわゆる兵器開発者のジレンマという奴だ。自ら望んで作り出したにも関わらず、いざそれが実戦で使われると、強大過ぎる力を生み出してしまったのではないかと思い悩んでしまう。歴史の中には、それが原因で自ら命を絶った技術者も数多く存在する。
やはりホタルも、そんなジレンマを抱えながら慣性制御装置の開発に勤しんでいたのだろうか。そして、その父であるウェステンラ教授も。
そう考えながらエイブラハムはゆっくりと息を吐き、アンニュイな表情とともに格納庫を後にした。