64.Occupation
○
フローライトの調査を終え、何の成果も上げられなかったスタッフ一同は、虚無感と徒労を引きずったまま格納庫を後にした。彼らも同盟軍の中で指折りの技術スタッフであることに間違いはないのだろう。だが、いささか相手が悪すぎた。
シオンは彼らの背中を眺め、自慢の義姉の施した仕掛けを破られなかったことを誇らしく思いながらも、同時に徒労に塗れた彼らの背中に、少しばかり申し訳なさも感じていた。
「……お疲れ様」
寂しい背中の男たちに、シオンはふと労いの言葉を送っていた。果たして、その言葉が何人の耳に届いていたのか、それは当人たちしか理解らない。
「よぉーし、機体の改修を始めるぞ」
そして、装甲を取り外されフレームのみの状態になったフローライトに、早速トウガたち整備スタッフが手を加え始めた。
戦闘のダメージを修復するためではあるが、そこに損傷したままのダンピールから取り外したパーツが添えられている。これがただの修復作業でないことは、誰の目にも明らかだ。
フローライトのダンピール化。シオンはトウガからフローライトの改修プランについて予め聞かされており、シオン自身もそれを了承していた。
拡張プログラムの正体を早急に突き止めたのも、それを活用することも加味して改修プランを変更しようとしてのことだ。
正直なところ、シオンは拡張プログラム抜きのフローライトは、性能こそ一級品だが武装は標準的な装備のみで決め手に欠ける部分があると感じていた。これもダンピールに慣れてしまった弊害だろうか。できることならオリジナルの状態で運用してあげたかったと、シオンは自分の戦闘スタイルの変化を悩ましく思った。
フローライトの頬に、ダンピールの頭部チェーンガンが組み込まれ、その様相を変化させていく。
「さしずめ、フローライト・ダンピールってところかしらね?」
改修作業を眺めていたシオンの隣に、いつの間にかシルヴィアの姿があった。
「はい。登録コードも、そうなるとか言ってました」
長い黒髪をいじりながら、シオンはシルヴィアにそう言って返す。
「なんか、安直ね」
「名前なんて、変に捻らない方がいいと思いますけど?」
シオンの言葉に、シルヴィアは思わず笑みをこぼす。
だが、両者の特徴を備えた機体がクロウ・クルワッハへの切り札になりうるのは、間違いない。ヴィランも次はフローライトを警戒し、対抗策を打ってくる可能性が高い。ならば、それを上回れるよう努力するのが、あの男と敵対する者としての努めと言える。
「とにかく、次の戦いでヴィランを仕留めたいところです」
「そうね……この戦争は、異常すぎるもの」
戦争という非日常において、そこに身を置くことを生業とする傭兵が「異常」と括るほどに、この戦場はヴィランによって歪められているのだと、シルヴィアは説いた。
敵愾心と感情論に支配された民衆が、国外から現れた独裁者と武装勢力に扇動された末の戦争。ドルネクロネ首都を電撃的な奇襲で陥落寸前にまで追い込んだと思いきや、ヴィランは軍を率いる立場にいたはずのレクスンを殺害し、逃亡。両者を相手取って身勝手に戦いを始めた。
傍から見れば何をしたいのか理解しがたい行動だが、この戦乱を「愉しむ」ことこそが、ヴィランの目的だったのだ。
言うなれば、ドルネクロネはヴィランにとって広大なアミューズメントパークと同じということになる。
そのためにあの男は幾度となく人を殺し、技術を奪い、街を炎で染め上げてきた。
そして、それが同時に膨大な数の人間に、決して少なくない影響を与えている。
「できることなら、ヴィランが次の行動に出る前に決着を付けたいところね」
「はい」
シルヴィアの言葉に、シオンはゆっくりと頷いた。
○
鬱蒼と生い茂る木々の中に、巧妙にカモフラージュされた簡易コンテナが数基その姿を潜めていた。ヴィランがアジトとしていたそこは、同盟軍部隊が押し入った時点で既にもぬけの殻だった。
重要性の高いデータもすべて物理的に破棄され、併設された居住ユニットには米の一粒すらも残っておらず、そこに何の戦略的価値は見いだせない。
「一足遅かった、といったところか」
コンテナの中に踏み入ったエイブラハムは、そう言って研究施設じみた部屋の中を一瞥した。
見事に破壊された端末類を見て、ここでクロウ・クルワッハのオペレーションが行われていたのは間違いないと確信する。
恐らく、ヴィランはこのような簡易拠点を幾つもドルネクロネ国内に用意しているのだろう。
いったい、いつから?
そのようなことを考えても無駄だと理解っているが、頭を使わずにはいられない。
アネット少佐から得たヴィランの情報により、「あの人」がヴィランに手を貸していることはエイブラハムの耳に届いていた。
かつて敬愛していた技術者の落ちぶれた姿を目に浮かべ、エイブラハムは苦悩する。できることなら、これ以上悪事を重ねる前に身柄を確保したいとも考えていた。
「大尉。一つだけ無事な端末があります」
屋内の調査をしていた兵士の一人が、そういって端末を立ち上げようとする。
「馬鹿野郎!」
エイブラハムが叫ぶ。だが、時は既に遅い。端末に電源が入ったのと同時に、仕掛けられたブービートラップがその場を瞬く間に炎の朱に染め上げた。
○
「ヴィラン、同盟の部隊がトラップに引っかかったようです」
アイの報告を耳にして、ヴィランは頬を釣り上げた。
彼らを乗せた潜水艇は今、密林から遠く離れた海中を航行していた。幾重にもブラフを重ねた彼らが今どこにいるのかを、同盟軍も正統ドルネクロネも把握はしていない。恐らくはドルネクロネ国内を血眼になって探し続けていることだろう。
だが、だからといってこのまま高みの見物を決め込むほど、ヴィランは単純な人間でもない。現状にもう一手を加え、さらに自分の思うままの戦場を作り上げようとしていた。
だが、そのために必要なものは、今のドルネクロネにはない。そこから少し離れた洋上に、「それ」はあるのだ。
そして、それを手に入れるためにヴィランたちはこうして海の中を移動していた。
「見えてきたよ」
潜望鏡を覗くボムが言う。眼前には、剣を模したシルエットを有するメガフロート……民間軍事会社エクイテスの本社施設であるエクイテス・フロート。そして、そこに停泊している航空艦、フォーティファイドの姿があった。
同盟軍と契約を結んでいるエクイテスは、軍がドルネクロネへ向かうための橋頭堡として社の施設を一部間借りさせているのだ。
「では、傷の部隊の皆さん、お願いします」
その言葉を待っていたかのように、潜水艇は浮上を開始。エクイテス・フロートへ肉薄すると、開放されたカーゴから三機のカスチェイが飛び立った。
所属不明の戦闘集団の乱入に、フロート側はすぐに迎撃体制を整え、機銃とミサイルが火を吹いた。
ボムが弾除けとばかりにドローンを展開し、フロートの中央甲板へ上陸する。サイゾーもそれに続き、すぐにドローンのコントロールを副長へ預けると、すぐに甲板に現れたタルボシュの小隊へと突っ込んでいった。
『これより施設制圧を開始する』
三機のカスチェイのスヴァローグ・ドライヴが獣の如く吼える。剣が奮われ、ロケットランチャーが火を吹き、ドローンが支配領域を広げていく。
襲撃者はものの一時間足らずで、エクイテスの戦力の尽くを食い破っていった。
その様相は、もはや蹂躙と形容するべきものだった。




