60.Spy
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戦場に乱入したヴィランのクロウ・クルワッハの姿を認め、シオンたちは一斉に漆黒の機体に向けて銃を向けた。
『やれやれ、物騒なものを下ろして下さいよ。僕はただ、ここを通って南に行きたいだけなんですけど、ね?』
とぼけた様子でオープンチャンネルで通信を送るヴィラン。だが、彼の要求を飲む人間は、この中に一人としていない。
「残念だけど、お前はここを無事に通過することはないのよ!」
その言葉とともに、シオンがクロウ・クルワッハに飛びかかる。背後には、先程の敵が展開したドローンを数機引き連れていた。
シオンはこれをヴィランにぶつけるが、実際のところ時間稼ぎになるとは思ってもいなかった。
彼女の予想通り、クロウ・クルワッハの攻撃がまたたく間にドローンを葬り去る。だが、それでいい。
一瞬だけそちらに注意を向けてくれれば、後は作戦通りだ。
「レンッ! レイフォードッ!」
シオンの叫びとともに、二人による攻撃が始まる。だが、ヴィランはそれを避けることはせず、時間差攻撃を慣性制御フィールドで受け流す。
『せっかちさんですねぇ』
『ほざいてろ!』
レイフォードがヴィランに反論しつつ、コクピットに備え付けたスイッチを押し叩く。
ジャンクションやその周囲の山々にカモフラージュしていた無人砲台から、一斉にロケット弾やミサイルが放たれ、クロウ・クルワッハに牙を剥いた。待ち伏せのために予め用意していたトラップ群だ。
その猛攻は、ハイウェイの破壊も辞さないほどのものだが、同盟軍はそれも考慮した上で今回の作戦を認可していた。
『やはり、せっかちさんだ』
頭部のチェーンガンで迫りくる弾丸を迎撃すると同時に、ヴィランはランチャーを構える。
ドン、という轟音とともに、砲弾が緩やかな曲線を描き、レイフォードが身を潜めている場所で土煙を上げた。
『レイフォード、無事?』
それを見て、すぐにシルヴィアがレイフォードの安否を確認するべく通信を飛ばす。
『無事、ですけど機体の左腕がやられました』
『無理はしないで、砲台の火力支援に専念して』
シルヴィアの指示に「了解」と応えつつ、レイフォードは後方に下がりながら無人砲台の操作に専念した。
レンも、すぐに狙撃地点を見破られると理解すると、すぐに別の狙撃地点へ向かう。そして、その間隙を見破られないよう、シオンとシルヴィアはヴィランに猛攻を仕掛ける。
ミサイルの雨を右へ左へと回避しつつ、ヴィランは両者の刃を受け止め、押し返す。その様子は、まるで予めどこに弾が飛んできて、どこに刃が迫るかを知っているかのようだ。
「お前は一体、何の目的があってこんなことを続けているんだ!」
シオンが叫ぶ。だが、その言葉にヴィランは呆れたようなため息を返した。
『やれやれ、あなたがたもそれを聞きますか。少しは自分で考えるくらいのことは、して欲しいものです、ね!』
激しい打ち合いの中でフローライトの腹に蹴りを入れ、ヴィランが叫ぶ。
「考えて理解らないから聞いているんでしょ!」
シオンが反論とともに再びナイフでクロウ・クルワッハに斬りかかる。
ヴィランはその袈裟斬りを回避すると、ナイフを手にした左腕を掴んだ。
『まあ、特別に教えましょう。私の目的は……』
ヴィランの囁きが、通信機のスピーカーを通じてシオンの鼓膜を震わせる。
ヴィランが全てを話し終えると、フローライトはその場で力が抜けたようにその場に立ち尽くした。
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ジャンクションから少し離れた崖の上。そこから双眼鏡を片手にアイビス小隊とヴィランの戦闘を観戦する者の姿があった。
情報部少佐アネット・ライブラリ。だが彼女の後ろにはもう一人、ウー大佐の姿。
「大昔の刑事ドラマでは、こうやって犯人を崖の上にまで追い詰めて事の真相を語りだすそうだ」
ウー大佐が冗談混じりに語りだし、アネット少佐の方に歩みを進める。
「まさか、君がヴィラン側の内通者だったとは、ね。アネット少佐」
「何で……理解ったんですか?」
ウー大佐の方に振り返り、アネット少佐は短くそう訪ねた。
「簡単な推理……というほどではない。君のヴィランに対する推測は、いささか詳細に過ぎた」
その言葉に、アネット少佐は「やはり」と乾いた笑みを浮かべる。
「現場の報告に嘘を混ぜたとしても、ヴィランの人となりを無意識のうちに語ってしまったのが、君の失敗だよ」
「ごもっともです」
そう言って、アネット少佐は頭を下げる。その姿勢は堂々としたものであり、自身の罪を自覚しているように見えた。
「ただ、一つ解せないことがある」
「何でしょうか」
「君はこれまでヴィランに利する工作を行ってきたが、ここ数日の間はむしろヴィランを追い込むような立ち振舞いをしていた。それはどうしてかな?」
ウー大佐の疑問に、アネット少佐は再び顔を上げ、眼鏡の位置を直しつつ答えた。
「それは……彼が私の目的に反していたから、といえばいいんでしょうね」
「つまり?」
「私の目的はヴィランの行動をコントロールし、奴が乱立した紛争を経済活動として組み換えることにありました」
「なるほど、つまり同盟軍に利するつもりで敢えて敵に内通していた、と」
アネット少佐はウー大佐の言葉に頷く。
嘗てより、戦争を経済活動の一端として捉える者は少なくない。民間軍事会社や軍需産業などはその最たる例だ。ヴィランの作り出した紛争には、それに対する需要がたしかに存在しており、これをコントロール出来れば同盟に多大な利益をもたらすと、アネット少佐は読んでいたのだ。
とは言え、いずれにしても彼女のしたことは重罪だ。故意にとはいえ敵に利する行為を行った、その事実は消しようがない。
ウー大佐の胸中とは別に、アネット少佐は話を続ける。
「でも、ヴィランは違う。あれはただ戦闘を望む破壊者です」
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『私の目的は、ただ戦争を愉しみたい。それだけですよ』
ヴィランの言葉に、シオンは思わず振りかざした刃を下ろす。
立ち尽くしたフローライトの姿を見て、レイフォードも砲台の遠隔操作を止め、その場に静寂が生まれた。
「はぁ……」
そんなことだろうとは思っていた。ヴィランがこれまで起こしてきた支離滅裂な行動は、彼の趣向を示すには十分に過ぎた。だが、シオンはそれに驚愕した訳ではない。
『おや、あなたも私に怒りをぶつけますか?』
ヴィランがシオンを茶化す。だが、シオンの心に、怒りという感情は込み上げてこなかった。
ただ、これまで不倶戴天の敵だと思っていた存在が、どうしようもなく小さく見えて仕方がなかったのだ。
だからこそ、刃を下ろし、改めて自らの敵を見定めた。
哀れみ。それが今のシオンがヴィランに対して向けた感情だった。
「お前を、倒したところでこの戦争が終わるわけじゃない」
『そうです。すでにここでの戦いは私のコントロールを離れている』
「けど、ここでお前を止めなければ、また何処かで火の手があがる」
『その通りですね』
ヴィランのその言葉に、操縦桿を握る手が微かに震えた。
次の瞬間、シオンはフローライトに握られたナイフを、クロウ・クルワッハの喉元へと突き付けた。その速度は、明らかにこれまで最高速度を誇っていた。
「だったら、ここでお前を止める。ヴィラン・イーヴル・ラフ!」
『いいですね、その闘志!』
ヴィランもまた、ブレードの切っ先をフローライトに向けた。
戦闘再開。
だが、ヴィランとクロウ・クルワッハには明らかに不明瞭な点が多い。眼前の敵と鍔迫り合いを演じながら迫り来る砲火を確実に回避、あるいは撃ち落としているのが、その証左だ。
それに、慣性制御フィールドの使い分けも的確すぎる。機動と防御に使い分けるにしても、フィールド出力をそれぞれの系統に割り振る必要がある。だが、シオンはクロウ・クルワッハが防御と機動双方で出力をフルに発揮しているように感じていた。
何かがある。
そう確信しながら、シオンは刃を振るう。
哀れみを向けた相手だからと、それで目の前の敵を侮るようなことはしなかった。




