57.Defeated General
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ルサ・クドラクから放たれたミサイルが四発、クロウ・クルワッハに向けて飛翔する。ヴィランはそれを必要最小限の動きで回避し、それでもなお旋回追尾してくるミサイルを頭部チェーンガンで撃ち落とした。
迎撃され、爆発したミサイルの炎に照らされ、クロウ・クルワッハの漆黒の装甲が僅かに橙色に輝く。
『まだまだッ!!』
通信機越しに、レクスンの雄叫びが木霊する。今度はレールガンからの砲撃がヴィランに対して向けられた。
だが、如何にレクスンが戦術家として優れていたとしても、ヴィランと比較すると実戦経験の差は一目瞭然だった。直線的な射線を描く電磁誘導弾を掻い潜り、上空から迫るミサイルを撃ち落とし、ヴィランはクロウ・クルワッハをルサ・クドラクに肉薄させる。
ヴィランの接近を感知し、ルサ・クドラクはその巨腕をクロウ・クルワッハへ向けた。
「はぁ……」
ヴィランの口から、短いため息が漏れる。稀代の戦術家だったレクスンが、その頭脳を駆使するでもなく、単なる火力によるゴリ押しでヴィランを抑え込もうとしていることに、心の底からうんざりとしているからだ。
やめれくれ。これ以上私を失望させないでくれ。
そういった本音を胸にしまい込みながら、ヴィランは操縦桿を傾けると、ルサ・クドラクのクローアームをブレードで弾き返した。
ルサ・クドラクもまた、機体に外装する形で慣性制御装置を搭載していたが、その技術を有効活用しているとは言い難かった。慣性制御は機動、防御、そして機体の制御にそれぞれステータスを割り振って使用するが、ヴィランの眼前に立つそれは、機体制御にそのステータスを全振りしている。スヴァローグ・ドライヴの出力の問題もあるだろうが、これはあまりにもお粗末だ。プロフェッサーの開発した機体のパーツを用いても、この程度の機体しか作ることができないのなら、もう何も躊躇する必要はない。
出力に任せてクロウ・クルワッハの身を捻り、その回転の運動エネルギーをランチャーに装着されたブレードに上乗せし、ルサ・クドラクのクローアームを破壊する。
『……ッ!』
レクスンの驚嘆した短い悲鳴が、ヴィランの鼓膜をかすかに震わせる。
「ダメですね。全然なっていませんよ、大佐」
クロウ・クルワッハを着地させると同時に機体を屈ませ、真横から迫るもう一振りのクローアームを回避する。
戦いとは、究極的には相手の二手、三手先を読み合うものだと、ヴィランは考えていた。しかし、これは「読む」どころの話ではない。レクスンの方はただ遮二無二に機体を動かしているだけで、読み合いというレベルにまで達していなかった。
ヴィランは残りのクローアームも無力化し、ルサ・クドラクの本体……無数の武装ユニットに埋もれたクドラクに向けてゆっくりと歩みを進める。
「その機体の致命的な欠点が何か、教えてあげましょうか」
ルサ・クドラクの懐に潜り込み、クロウ・クルワッハがその双眼を頭部に向ける。レクスンは反撃を命じるものの、クロウ・クルワッハのいるその場所は、火力の投射ができない死角となっていた。
そう、機体に大量に取り付けられたそれら兵器群は、各々が射角を塞ぎ、クドラク本体部正面の特定のポイントに火力を向けられないという致命的な欠点を有していた。
本来ならばクドラクの両腕にそれを補うための携行火器が握られるべきなのだろうが、残念ながら今は無手。クローアームも護衛機もなく、丸腰も同然だ。
そしてそれは、レクスンが押っ取り刀でこの機体を持ち出したことの証左でもあった。
「それは死角が大きすぎます!」
クロウ・クルワッハの腰からブレードが引き抜かれた。ルサ・クドラクは寸でのところでその刃を受け止めるが、今度はクロウ・クルワッハの双眼が、ルサ・クドラクの複眼と向き合う。
『何故だ……貴様は何のために戦っているというのだ!』
詰んだ状況で、少しでも足掻こうとしているのか、レクスンがヴィランに語りかける。
「そう言えば言っていませんでしたね。私はね、私が楽しいと思ったことをしているだけですよ」
素っ気ない態度で、ヴィランはその問いかけに答えた。無論、レクスンから返ってくるのは、怒号そのものと言える批難の言葉だ。
『馬鹿な……そんなことのために、兵士を集め、争いを起こし、私すらも利用したというのか……! あり得ぬ、あり得ぬぞ。生の戦争を娯楽として捉え、人の死すらも笑うのか!? それは狂気だ。あってはならない狂……ッ!』
「さようなら」
ヴィランはレクスンの怒りの叫びをあまりにも短い別れの言葉で遮ると、チェーンガンの銃爪を引き、ノイズとなって久しい男の声をかき消した。
ルサ・クドラクの胸部に次々と穴が穿たれ、かつての独裁者は呆気のない最後を迎えた。
『ヴィラン、こちらは済みました』
ルサ・クドラクの両腕を解き、アイがヴィランの下へ通信を入れてきた。彼の指示通り、「処理」を済ませたという報告だ。
「アイですか。こちらも、ちょうど終わったところですよ」
その言葉とともに、ヴィランは口元の両端を三日月のように釣り上げると、眼前に頭を垂れて居座るルサ・クドラクをクロウ・クルワッハの指先で小突く。主を失った機体は、あっさりとその場に倒れ込み、大仰な装備とともに崩落した。
「後は命令を待っている各地の兵士に、大佐名義で命令を送るだけです」
崩壊したルサ・クドラクを背に、ヴィランは機体を飛翔させた。
○
「……それは、本当なんですね?」
「間違いありません。確たる筋からの情報です」
ウー大佐の怪訝の表情を前に、アネット少佐は自身の言葉を確信の下に肯定する。
「まさか、ヴィランがレクスン一派を殺害し、逃亡を図るとは……」
「はい。さらに傷の部隊も抱き込んでいるところを見るに、予めこれを企図していた節があります」
「……そのようだな」
執務椅子に背を預け、ウー大佐は大きく息を吐く。
レクスンの死と時を同じくして、各地に潜伏した正統ドルネクロネの兵士たちがゲリラ戦を開始していた。いずれもレクスンの命令で動いているとのことだったが、ヴィランの差し金であろうことは、十中八九間違いなかった。
しかも、彼らはその命令はレクスン本人のものだと信じている。今の彼らに「指導者の死」を報せたところで、恐らくその大半は決定的敗北を認めないまま、戦闘行為を継続するだろう。そしてその結果、ドルネクロネでは長期的なゲリラ戦とその掃討が繰り返されることになり、短くとも今後五年は紛争の絶えない国になってしまうだろうと、彼は予測していた。
そういう意味では、同盟軍はヴィラン一人に大敗を喫したと言っても過言ではない。こういったヴィランの「食べ残し」が、世界中の紛争を加速させているのだ。
幸いなのは、ヴィランが正統ドルネクロネからも追われる身になっていることだろう。彼の乗る機体をゲリラ程度の装備で止められるか、怪しいところではあったが。
そして、ウー大佐はそれと同時に頭を悩ませているもう一つの問題にも踏み入らなければならなかった。
「……ときに少佐」
敬礼し、部屋を後にしようとするアネット少佐に対し、ウー大佐は口を開く。
「なんでしょうか?」
アネット少佐はその言葉に反応し、ウー大佐の方へその身を翻す。眼鏡のレンズに照明の光が反射し、その表情は伺うことは出来ない。
「先程の情報の出どころは一体どこからなんでしょうね」
しばしの沈黙ののち、アネット少佐はウー大佐に告げる。
「……確たる筋から、ですよ」
彼女はそう言って一礼し、執務室を後にした。
ウー大佐は再び椅子の背もたれに身体を預け、「やはり彼女か」と小さくつぶやいた。その表情は、まるで信頼における部下を失ったような、落胆した顔をしていた。
○ルサ・クドラク
レクスン・イン・スーが主導でトゥール市防衛の戦力として開発を進めていた拠点防衛用強襲機動骨格。
ルサウカの余剰パーツをクドラクに組み込んだ、というよりはルサウカの余剰パーツにクドラクを組み込んだと形容するのが正しいほど、大量の武器を搭載しているが、推進ユニットを装備していないため、ほぼ固定砲台としての運用が基本となる。
また、武装ユニットの火器投射に死角があり、機体前方に各種火器類を展開できないため、クドラク本体の火器や僚機によるアシストを必須としている。




