54.Unleashed
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フローライトのブースターが吠え、これまで追加装甲の重量によって抑え込まれていた推進力が開放される。本来ならばパイロットの身体に伸し掛かるはずの強烈な加速Gは、機能を完全に発揮した慣性制御装置によって熱エネルギーに置換されて機外へ放出されており、シオンはその負担を認識することはない。
シオンは、クロウ・クルワッハのマニピュレータを振りほどくと、すかさずその頭に拳を叩きつける。応急修理によって体裁を保っていた双眼の仮面の右半分があっさりと崩れ落ちた。
「まず一発!」
ダメージが顕になると、ヴィランはフローライトから距離を取る。ランチャーの件といい、明らかに今のクロウ・クルワッハは本調子でない。恐らくは、前回の戦闘の損傷をほとんど修復できていないのではないか。
それでなお、機体を動かそうとしたのは、機体の耐久実験のつもりなのか。
『フフフ、なるほど。それがその機体の本質という訳ですか』
ランチャーを手に取り、ヴィランはフローライトにその砲口を向ける。相手が丸腰なら、距離を取ってしまえば勝てるという道理が働いたのだろう。
一方のシオンは、クロウ・クルワッハの砲撃を避けつつ、フローライトからパージしたコンテナの影に機体を滑り込ませた。
『そんなモノが盾になるとでも?』
ヴィランは笑いながら砲撃を続行するが、程なくしてフローライトがコンテナごと宙に舞い上がる。ヴィランは笑い声を通信機から垂れ流しながら、コンテナに次々と弾痕を刻んでいく。
やがて、その影に隠れていたフローライトが、その姿を表す。その両腕には、マシンガンとショットガンが握られていた。コンテナの影に隠れて攻撃をしのぎつつ、使えそうな武器をピックアップして装備したのだ。
シオンはマシンガンでクロウ・クルワッハの動きを制限しつつ接近し、スラッグ・ショットをたたき込むべくショットガンを突きつける。
しかし、ショットガンの銃爪が引かれる直前、ヴィランは左腕で銃口を逸し、その一撃を避ける。
ヴィランはフローライトから再度距離を取ると、ランチャーの弾倉を再装填しながら周囲を見渡した。
正統ドルネクロネ側の部隊が、次々と制圧されていく。やはりろくに再編成も補給もしていない部隊ではこの程度か、とヴィランは独りごちる。
「余所見をしてッ!」
ヴィランの懐へ、シオンが跳ぶ。先程のお返しとばかりに向けられたランチャーを蹴り飛ばし、持ち得る火力を一斉に開放する。ヴィランは推力をカットして弾丸の嵐を回避し、右腰に下げていたブレードをフローライトに向けて投擲した。
シオンはヴィランの放ったブレードを撃ち落とし、追撃を図る。フローライトと激しい攻防を繰り返しつつ滑走路に着地し、地上を移動するクロウ・クルワッハだったが、そこに、周辺の敵を掃討し終えた基地守備隊が詰め寄ってくる。
『いい感じにギャラリーが集まってきた所で悪いのですが……ここでパーティはお開きにさせてもらいます』
「自分から仕掛けておいて何を!」
シオンの怒りの声に、ヴィランは「やれやれ」と小さくつぶやきながら撤退信号を出すと、基地の対空レーダーを破壊しながら上空へと離脱していった。
シオンと基地守備隊は、手にした火器でヴィランを撃ち落とそうとするが、クロウ・クルワッハは尋常ならざる速度で弾幕を掻い潜り、その場から姿を消した。
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首都に続き、近郊の軍事基地が強襲を受けたという事実は、前線の兵士たちに思った以上の疲弊をもたらしていた。
それが一回限り有効な手段とはいえ、敵がいつ、如何なるカードを切ってくるか理解らないという不安は、兵士たちの緊張の糸を張り詰めさせるには十分だった。
「おかえり」
残敵の掃討を終え、格納庫に機体を戻したシオンの前に、エイブラハムが炭酸飲料を差し出しながら現れる。
「……色々、説明してもらうから」
シオンはそう言って、まだ冷たいアルミ缶を受け取るとその中身を一気に喉に流し込んだ。炭酸の刺激が口の中を、喉を駆け巡り、生きているという実感を彼女に与える。
炭酸飲料を飲み終え、深いため息をつくと、改めてエイブラハムに顔を向けた。
「あの機体……フローライトって何なの?」
「あー、うん。まずそこから、だよな。理解った、説明するよ」
だが、そんな矢先にグレイのタルボシュⅡが、右腕を肩口から斬り落とされた状態で帰還してきた。
機体をハンガーに収め、コクピットからグレイが苦虫を噛み潰すような表情で降りてくる。
「大丈夫か?」
エイブラハムとシオンが駆け寄るが、グレイは何ともないとだけ告げて待機室に歩んでいった。本人は何も話そうとしないものの、何かがあったことだけは、その背中が物語っている。
エイブラハムも、彼の身に何があったのかをあえて聞くことはしなかった。
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その後、エイブラハムはシオンやシルヴィアたちをブリーフィングルームに集めていた。その目的はひとつ。自身のこれまでの経緯を説明するためだ。
「それで、これまで君はどこで、何をしていたんだい?」
まず最初にシルヴィアが口を開く。
「第十三メガフロートで海に落ちた俺は、その後情報部に救助された」
「情報部って、アネット少佐の所?」
シオンの言葉に、エイブラハムは首を横に振る。
「違う。名前は伏せさせてもらうが、もっと上に位置する人だ」
アネット少佐の上に位置する人物。それだけで、だいぶ候補は絞られるが、では何故、その人物がエイブラハムにフローライトを与えたのか、という疑問が残る。
「その人が言うには、ヴィランの関わった事件にスパイの影がちらついているってことらしくてな」
「その調査のために、あの機体で色々調べ回っていた、ということですか?」
エイブラハムの言うべき言葉をレンが口にする。エイブラハムは彼女の言葉を肯定するように静かに頷き、こう続けた。
「それもあるが、あちこちで暴れまわれって指示を受けてな。あちこちで騒ぎを起こして、こっちの報告と現場の報告の齟齬からスパイをあぶり出す腹積もりなんだろう」
「それ、すぐに見つかるものなの?」
シオンの投げかけた疑問に、エイブラハムは「さてどうだか」とさじを投げた。そこはその道のプロに任せるしかないということだろう。
ここに来て明かされた内なる敵の存在に納得しながら、シオンはあの機体について問いただす。
「……じゃあ、あの機体は何?」
「軍で開発中だった試験機の一つ。元々はタルボシュⅡとの連携運用を想定したハイスペックモデルだよ」
「蛍石って名前も?」
「ああ、俺がつけた。クォーツに連なるものとして、そして開発者の名前を冠するものとして、な」
エイブラハムのその一言を聞き、シオンは「そう」と短く応え、そっと椅子に座ると、考え込むように口元に手を当てた。
「おいおい、いくらなんでも素っ気なさ過ぎじゃないか?」
エイブラハムはシオンのその態度に納得がいかない様子だったが、少なくともシオンは彼の意図を汲んでいた。
そうか、やっぱり。この人はまだ、あの頃の熱意を、義姉への想いをその胸に宿しているんだ。
シオンはそう思いながら、手で隠した口元の下で笑みを浮かべていた。
その場にいた面々はその様子をあえて見ないフリをしていたが、ただ一人レンだけは笑いを抑えるのに必死な様相だった。




