53.Fluorite
○
「さて、あの髑髏はヴィランに任せるとして、こちらも敵の掃討にかかるとしようか……」
サイゾーは、先程まで自分の相対すべき敵と定めていた機体……スカル・ショルダーをヴィランに取られ、次の獲物を定めるべく、敵を物色し始める。だが、眼前に現れる機体はいずれも雑兵ばかり。手応えのなさを嘆きながらも、サイゾーは迫り来る敵を屠っていく。
彼の戦う理由の大半は、「敵を斬る」というただ一点に集約されている。彼は東洋のサムライに強い憧れを抱いていた。だが、同時に当人にアジア系の血は流れておらず、そのことに強いコンプレックスを抱いていた。彼は、サムライとは生粋の日本人こそが名乗るべきものだという認識を抱いていたからだ。
そんな彼がサムライと名乗れるのは、相手に顔を……人種を悟られることのない強襲機動骨格のコクピットに座った時だけ。だが、彼は知らない。本当の侍とは、ただ相手を斬るだけでは名乗れない、ということを。
「フン、同じ近接戦闘仕様の機体……か?」
戦火の中、サイゾーは腰からブレードを下げたタルボシュⅡの影を見つける。対するタルボシュⅡも、サイゾー機の存在を認めるとブレードを抜き、サイゾーにその切っ先を向けた。
望むところだ、とサイゾーは早速はその機体に向けて突撃し、刀を振るう。
「まずは一合、味見をさせてもらおうか」
気質が近いせいか、ヴィランの性格が伝染していることを心の中で自嘲しながらも、サイゾーは敵のブレードに刃を重ねようとする。
だが、タルボシュⅡはその一太刀を回避すると、その勢いを味方に付けてサイゾーのカスチェイに回し蹴りを食らわせた。
「この……動きはッ!」
『やはり、刀で打ち合いたい欲求を捨てられないらしいな、サイゾー……いや、ウェイン!』
機体を立て直すべく操縦桿を操るサイゾーに向けて、通信機の向こうから敵パイロットの声が聞こえてくる。自分の本名と弱点を知る男。その敵が一体誰なのか、サイゾーは瞬時に理解する。
「貴様か、グレイ・トランシルヴァァアッ!!」
その叫びと連動するかのように、カスチェイのブースターが、吠えた。
○
スカル・ショルダーのタックルが、クロウ・クルワッハの装甲をわずかに掠めた。
機体の重さと挙動の固さは、やはり如何ともし難い問題だ。
何とかして、装甲の排除コマンドを実行しなければ、と思うが、ヴィランは戦闘中にそれをさせてくれるほど、生易しい人間ではない。ブレードとランチャーを振り回し、以前のようにシオンの行動の幅を狭めてきている。その一撃は速くありながら、同時に浅い。
遊んでいるつもりなのか。そう思いながら、シオンは防御に徹し、隙を見つけるとガトリングで反撃する。
ヴィランはその攻撃を避けるように一旦距離を取る。だが、そこに基地の守備隊が現れ、クロウ・クルワッハに向けて銃を向ける。
『今いい所なんですから、邪魔しないでもらいたいですねぇ!』
叫び声とともに、ヴィランが守備隊に襲いかかる。その背後を突くように、シオンはヴィランに攻撃を仕掛けた。
『慣れない機体でも、連携くらいはできるとでも?』
しかし、シオンの行動はヴィランに読まれていた。自身に降りかかる火の粉は全て見えているとでも言いたげに、半身を捻って背後からの銃撃を避けつつ、眼前のタルボシュに向けてブレードを振り上げた。
刀身が装甲に食い込み抜けなくなるが、ヴィランは気に留める様子も見せず、タルボシュの胸部にブレードの突き刺したまま、その背後で砲撃体制を採っていたタルボシュ・キャノンに突撃を仕掛ける。タルボシュ・キャノンは仲間を撃つわけにもいかず、その突撃を全力で受け止める。タルボシュとタルボシュ・キャノンはもつれあい、そのまま倒れ込む。
だが、それを仕掛けたクロウ・クルワッハは激突の直前に上空に舞い上がり、両者に向けてランチャーを構えていた。
やらせるからとシオンはもう一機のタルボシュとともに上空に弾幕を展開するが、いずれも慣性制御フィールドで阻まれ、その狙いを妨げるには至らない。
クロウ・クルワッハのランチャーから砲弾が放たれ、タルボシュ・キャノンの右肩を貫く。
『チッ……ズレましたか』
ヴィランが舌打ちしながら高度を下げ、ランチャーを連射する。だが、いずれも標的に致命傷を与えられずにいた。
それをランチャーの不調と見ると、シオンは機体を飛翔させ、クロウ・クルワッハに組み付き、ランチャーを握る右腕を抑えた。
「捕まえた!」
『離しなさい!』
シオンは力任せに高度を落とし、クロウ・クルワッハを地面に叩き落とそうとする。だが、ヴィランは背部ブースターを展開し、スカル・ショルダーの推進力に拮抗する。
そのパワーは互角。だが、重量を加算しているぶんだけ、ややスカル・ショルダー側が有利だ。
やがて押し負けたクロウ・クルワッハは地上に足を着け、踏ん張り合いが始まる。
タルボシュ部隊はその隙に撤退したらしく、いつの間にか姿を消していた。
『自分以外にお熱になるのは許さない、と。嫉妬深い人ですね!』
「お前をこのまま野放しにしたら、どんなことをしでかすか理解らない……だから、ここで釘付けにする!」
『やれるものなら、やってみなさい。満足に動かせない機体で、何ができると言うのですか?』
シオンの言葉に、ヴィランは冷静な声で返す。悔しいが今のスカル・ショルダーを、シオンは満足に運用できているとは言い難い。だが、それは今のスカル・ショルダーに限った話だ。
「だったら見せてやるわ。この機体の本気ってヤツを」
その言葉とともに、シオンは機体のコンソールを操作し、増加装甲のパージを実行する。ディスプレイに「YES/NO」の表示が出ると、シオンはためらうことなくディスプレイの「YES」アイコンに拳を振り下ろした。
○
数週間前。
ウー大佐に連れられ、エイブラハムは格納庫に誘われた。そこには、一機の強襲機動骨格がハンガーに収められている。肩や頭に幌が被せられ、全体像を拝むことは出来ないが、赤く彩られた装甲が、この機体が試験機であることを示していた。
「大佐、この機体が?」
「ああ。資料にあった、開発途上の第三世代機だよ。名前はまだないけどね」
ウー大佐が、エイブラハムの隣に立ってそう答える。
「第三世代のハイスペックモデルか。開発が難航しているとは聞いていたものの、情報部が接収していたとは驚きですよ」
エイブラハムの回答に、ウー大佐は「ご名答」と拍手を送る。人気のない格納庫に、乾いた音が木霊した。
「君の仕事は一応極秘任務扱いだ。それ相応の機体は必要だろう。機体の出自を隠すための偽装装甲も用意させている」
そう言って、大佐は名無しの機体を見上げた。これに乗ってドルネクロネに向かうと思い、エイブラハムは無意識のうちに拳を硬く握りしめていた。
「完成まで一週間。それまでに君はリハビリに励んでほしい」
「理解りました。でも一ついいですか。こいつの名前についてなんですが……」
エイブラハムの言葉に、ウー大佐は「承ろう」と静かに頷いた。
○
パージが実行され、髑髏を思わせる左肩が、棺桶型の背部コンテナが、機体各所に継ぎ接ぎのように施された追加装甲が一気に剥がれ飛び、その中から赤い装甲の強襲機動骨格が姿を表す。
重量級の機体から一転し、細身の引き締まったフォルムを持ち、頭部から後方に伸びる二本のアンテナは、どこか兎を彷彿とさせる。
装甲が全て排除されると、コクピットのディスプレイに機体名と思しき表示が現れる。
『Fluorite』
蛍石。その機体は、シオンの義姉の名前を確かに受け継いでいた。
ホタル・ウェステンラから受け継いだ物の体現であり、クォーツの同種であることを示す名としては、これ以上ない物だとシオンは思った。
「そうか、それがお前の名前なんだな……行こう、フローライトッ!」
シオンが叫び、スロットルを押し込む。フローライトはそれに応えるように、その推進力を増した。
○フローライト
ホタル・ウェステンラの基礎理論を基に開発された第三世代型強襲機動骨格。後頭部に二本一対のアンテナを有し、そのデザインはどこか兎を思わせる。
タルボシュⅡとの連携運用を前提に開発されたハイスペックモデルであり、ハイ・ローミックスのハイを担う。タルボシュⅡと装備規格は同一であるが、慣性制御装置の積極的採用により、その性能には雲泥の差が存在する。
開発が難航していた物を情報部が接収し、偽装用の装甲を取り付けた上でエイブラハムに与えられ、ドルネクロネに投入されていた。その存在は秘匿されていたため、同盟軍のデータベースには登録されておらず、「スカル・ショルダー」のコードネームで呼ばれていた。
偽装装甲は性能を抑え込むためのリミッターとしても機能しており、慣性制御装置のリソースをすべて機体制御に回すよう配置されていた。




