52.Boarding
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シオンがエイブラハムの病室に戻ろうとした途端、建物全体が強烈な振動に見舞われる。それに遅れる形で基地の警報が鳴り響き、シオンは状況確認のために窓の外へ視線を向けた。
基地のあちらこちらで火の手が上がっている。ここに強襲を仕掛けてきた敵がいるのだ。
敵もこちらも、大きな戦いの後である程度戦力を整える準備期間が必要のはずなのに、この手の速さは異常だった。
予め二の矢を潜めていたのか、それとも後先考えない特攻か。どちらにしても僅かな暇しか与えない間髪の無さに、シオンは舌打ちをしながらエイブラハムたちの下へ走った。
「隊長、敵襲です!」
「それはこっちも確認済みよ」
病室に入ってきたシオンの報告に、シルヴィアはエイブラハムに肩を貸しながら窓の外に視線を向けて応える。防弾ガラスを一枚隔てた先には、損傷したクドラクやヘルムを統べ、基地を襲撃するカスチェイと、クロウ・クルワッハの姿が見て取れた。つまり、この状況はヴィランによってもたらされたということだ。
地下から次々と這い出してくる損傷機の姿は、どこか地獄からまろび出た亡霊を彷彿とさせた。
「ヴィラン……」
「焦る気持ちは理解るけど、さ」
クロウ・クルワッハの姿を認め、シオンは焦燥感に駆られる。その様子を見て、レンはシオンに声をかける。
だが、この場でですぐに戦闘を行えるのはレンとグレイのみ。乗る機体のないシルヴィアとシオンは、今は足手まといでしかない。
「ともかく、グレイ中尉とレンは出撃の用意を」
「了解」
シルヴィアの指示に、すぐに二人は病棟を後にして格納庫へ向かう。
シオンも加勢したいところだが、ダンピールⅡは再起不能の状態だ。せめて、使える機体があれば。そう思いながら、シオンはあの機体のことを思い出し、病室から走り出した。
「シオン、どこへ行くの!?」
「私も二人の加勢に行きます!」
「加勢って、乗る機体はないでしょ!」
シルヴィアの叫び声は、すでにシオンには届いていない。何を考えているのか、とシルヴィアは頭を抱えるが、エイブラハムはシオンの意図を理解し、シルヴィアを宥めた。
「あいつのことだ。きっと俺の機体を持ち出すつもりなんだろ」
「それは……いいの?」
「いいさ。あいつなら乗りこなせるよ」
そう言って、エイブラハムは額から脂汗を垂らしながらも、松葉杖に手を伸ばした。
○
応急修理を終えたレンのタルボシュⅡ・スナイプとグレイのタルボシュⅡを送り出してすぐ、シオンが肩で息をしながら格納庫に入ってきた。
「トウガ軍曹、その機体使える?」
「シオンさん、なんですか急に」
「使えるかって、聞いているの!」
怒鳴り声に耳を塞ぎつつ、トウガはシオンの質問に肯定の意を示した。
「確かに損傷は直しましたし、コクピットシートも交換しました。でも、電装系のチェックがまだなので動かせるかどうかは……」
それを聞いて、シオンはスカル・ショルダーのコクピットに収まる。
機体を起動させ、電装系に問題がないことを手早く確認する。機体をハンガーの拘束から解き放つと、そのまま格納庫から飛び立たせた。
「バカ……ぢ、か、らッ!」
シャッターと天井の一部を突き破って跳躍したスカル・ショルダーを、なんとか制御して地上へ下ろす。アスファルト舗装がめくれあがり、その機体重量を否応なく見せつけられた。
極端な重量バランスの機体を、高出力のブースターで無理矢理機動させている。それがスカル・ショルダーという機体だ。
エイブラハムはこんな機体を御して、その上であの巨大兵器の半身を奪ったのかと、シオンは彼の操縦技術に感服する。
だが、今この機体に乗り戦場に立っているのは、エイブラハムではなくシオンだ。これを制御して、乗りこなさなければ、醜態を晒すことになりかねない。
腕部コンテナのガトリングを展開し、シオンは迫り来るドローンを攻撃する。
ドローンの数を減らしつつ火器管制のクセを把握し、機体をいかに操るかを頭の中で模索する。
スカル・ショルダーが御し難いのは、恐らく全身に継ぎ接ぎのように取り付けられた装甲が、機体の重心バランスを著しく狂わせているからだ。慣性制御装置も、バランス制御にリソースを回しているせいでほとんど機能していないに等しい。
邪魔な装甲さえ排除すれば、少しはまともに動かせる。そう思いながらシオンはコンソールから装甲をパージするためのコマンドを検索する。
だが、それを妨げるように、眼前に近接戦闘仕様のカスチェイが迫る。以前交戦した、ヒトキリ・サイゾーの機体だ。
『報告にあった所属不明機か!』
「傷の部隊……こんな時に!」
シオンはウェポンセレクターを確認し、扱えそうな武器をピックアップする。幸い、背部コンテナには多数の武器が積み込まれており、選ぶ武器には困らない。だが、そこから相手に有用な武器を瞬時に選び取るには、やはり相応の判断力が必要になる。
シオンは使い慣れたマシンガンを手に取り、眼前のカスチェイに向ける。だが、機体が重いせいか、それとも相手が速いからか、狙いを上手く定められないでいた。
『ふん、この程度でヴィランに手傷を負わせたなど、概ねマグレ当たりでも得たのだろう。このサイゾーが大仰な髑髏とともに葬ってくれる』
サイゾーのカスチェイがブレードを構え、スカル・ショルダーに突撃を仕掛ける。刃が装甲に当たる直前、シオンはブレードの鍔を押さえ込み、その一振りを受け止めた。
『やるな』
その一言とともに、サイゾーのカスチェイが脚を振るい、脛のブレードがスカル・ショルダーの左腕のバックラーを叩き割った。
シオンはとっさにバックラーをパージし、カスチェイから一度距離を取る。
だが、距離を取った先には、さらに別の敵の姿。
「……クロウ・クルワッハッ!」
忘れもしない。漆黒の強襲機動骨格の姿がそこにあった。
『サイゾー君も人が悪いですね。僕に黙って本命を掠め取ろうとするなんて』
『すみませんね。こちらも珍しい敵には目がないもので』
ヴィランが目をつけた相手に手を出すのは無粋だと感じたのか、サイゾーはあえて鞘を収めてシオンのスカル・ショルダーを明け渡し、後ずさる。
シオンはサイゾーを追うのを諦め、ヴィランの方へ銃を向けた。
『なるほど、パイロットは別人ですか……挙動の差が顕著だ』
だが、シオンが銃を向けた先にヴィランの姿はなく、いつの間にかスカル・ショルダーの背後に詰め寄っていた。
やはり、この男にはパイロットが違うことはお見通しだったか。
「だから、どうだっていうの?」
ヴィランの言葉に、シオンはそう言って返すと、機体を振り向かせて再びクロウ・クルワッハに銃を向けた。一方のヴィランは、スカル・ショルダーにシオンが乗っていることに驚いた様子を見せる。
『なんと、お嬢さんが乗っているとは。操縦の癖から何となくそんな気がしていましたが、流石にその機体はあなたには荷が重いでしょうに』
機体が思うように動かせないことすらもお見通しか、とシオンは眼前の機体に乗る男の態度に舌を打つ。
だが、いくら機体を十全に乗りこなせていないからと言って、この男の前から逃げ出すという選択肢は、今のシオンには存在しない。
シオンはスロットルを押し込み、スカル・ショルダーを突貫させた。