51.Return
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夜明けとともに手術室のランプが消え、手術を担当した軍医が顔を出すと、それを待っていたかのようにシオンは彼に詰め寄る。
「ウィ……エイブラハム大尉の様態は?」
「当面は操縦桿は握れないが、命に別状はないよ」
その言葉を聞き、シオンはそっと胸を撫で下ろす。レンがシオンの肩を抱き、軍医に小さく頭を下げた。
エイブラハムが病室に移されると、早速どこからか彼の生存を嗅ぎつけたアネット少佐が現れる。
まだ傷口が塞がった訳ではないので、医師が立ち会うことを条件に事情聴取が行われた。
「で、君にあの機体を与えたのは一体何者?」
「それはまだ、言えないな」
アネット少佐の質問に、エイブラハムはとぼけた態度で笑ってみせる。だが、一方のアネット少佐の表情は険しい。
出所不明の機体を駆り、死んだはずの男が軍の指揮系統を離れて戦闘行為を行っているだけでも異常事態なのだ。だからこそ、戦場での不確定要素は少しでも排除しておきたい。彼女はそう考えてエイブラハムを問い詰めているのだ。
「今のあんたは、俺のクライアントじゃない。今俺の上にいる奴は、あんたのことも疑えって厳命してるんでな」
そう言って、エイブラハムは窓の外を見やる。生憎と外は豪雨。濡れた窓ガラスの向こうに写るエイブラハムの顔は、どこか寂しそうな笑みをたたえていた。
「……君が黙秘を続けるなら、適当な罪状をでっち上げてもいいのだが」
「どうぞご勝手に?」
結局、エイブラハムから殆ど情報を聞き出すことができないまま、アネット少佐は事情聴取を終えざるを得なかった。
今のエイブラハムを動かしているウー大佐にとって、アネット少佐こそ最大の容疑者なのだ。
「敵に利する情報を、そうやすやすと教えるわけにはいかないだろう」
そう言って、ほくそ笑んでいると、病室のドアを叩く音が聞こえた。
エイブラハムが「どうぞ」と答えると、見知った顔が一斉に病室になだれ込んできた。
「隊長〜!」
まず先に、レンがエイブラハムに抱きついた。レンの豊満な胸がエイブラハムの頬に当たるが、それよりも抱きついた腕の締め付けが、彼の表情を苦痛に歪める。
「レン、嬉しいのは理解るけど、そんな抱きついたらまた傷口が広がるでしょ」
次いで入ってきたシオンが、レンをエイブラハムから引き剥がす。エイブラハムは「助かったよ」とシオンに礼を言うが、シオンは黙って顔を背けた。
「やっぱ俺は嫌われてるらしいな」
エイブラハムは、そう言って傷口を抑えながら苦い笑みを浮かべた。
「そうでもないわよ。何せあなたが行方不明になってしばらく無気力状態が続いていたからね」
シオンの頭をぽんと叩き、シルヴィアが口を開く。その隣では、レイフォードとグレイが黙って首を縦に振っていた。
「そうか……心配させちまったか、すまなかった」
一方で、エイブラハムから背けたシオンの表情は、今にも泣き出しそうな様子だった。
シオンは少し席を外す旨を皆に伝えると、化粧室で一人号泣した。
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スカル・ショルダーの機体調査は、トウガたち元次世代試験部隊スタッフが行うことになっていた。
格納庫のハンガーに固定されたこの機体は、ジャンクパーツを寄せ集めたかのような外見でありながら、実際には第三世代機相当のテクノロジーの寄せ集めだった。否。この機体がタルボシュⅡと祖を同じくしているのは、その大本であるクォーツを整備してきた彼らにとって一目瞭然だ。
戦闘報告にあった大槍も、元々クォーツで試験する予定だった武装の一つであり、それがどうしてこのような形で実戦投入されたのかトウガは頭を悩ませる。
さらに機体の調査を進めると、外装の大半が二重構造であることに気付かされる。つまり、この継ぎ接ぎのような装甲の下にはこの機体の本来の姿が隠されているということになる。
「っていうか、これって……」
コンソールに表示されたデータを見やり、トウガは表情を歪めた。
クォーツを元に開発されたタルボシュⅡは、元々ハイ・ローミックス構想の「ロー」の部分を担う機体だった。しかし、「ハイ」を担う機体……つまりハイエンドモデルのロールアウトが遅れ、結果的に既存のタルボシュを「ロー」、タルボシュⅡを「ハイ」に位置付けて軍の再編が行われた。
ハイエンドモデルは要求性能が高く設定され、それが開発側の負担になっていたと聞く。おそらくカスチェイと同様に量産には適さない類の機体だったであろうことは、想像に難くない。
そして、この機体の出処がその失われたハイエンドモデルだとするならば……。
「どうかな、軍曹。この機体の解析は」
機体の足元から聞こえてきた声に反応し、トウガはスカル・ショルダーのコクピットから身を乗り出す。アネット少佐の姿を確認すると、トウガは敬礼とともに「まだなんとも」と返した。
「そうか。出来れば機体性能や出処など、最大漏らさず報告してもらえると助かる」
「やってみますけど、プロテクトが強固なので中身を全部暴くにはまだ時間がかかりますよ?」
それに、トウガたちは損傷した機体の修理にも時間を割かねばならない。スカル・ショルダーにいつまでも付きっきりという訳にはいかない。
そのように説明を行いつつ、トウガはアイビス小隊の機体の方に顔を向けた。
「理解った。では、そちらのペースで仕事を進めて構わないが、解析で判明したことは最優先で私の方へ回してくれ」
「……了解です」
格納庫を後にするアネット少佐の後ろ姿に薄ら寒いものを感じながら、トウガは機体の解析作業を再開した。
「こんな状況で内ゲバは勘弁してくれよ」
明らかにこの戦いの裏でなにかが動いている。そう確信しながら、ドウガはキーボードを叩く。
一人だけの狭い空間にカタカタという音が寂しく響いた。
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「……副長、フールは?」
「死んだよ」
ヒトキリ・サイゾーの言葉に、副長が淡々と答える。サイゾーも、副長の返答に冷たく「そうか」と言うだけ。信頼や友情ではなく、利害関係で成り立つ傷の部隊において、仲間意識、家族より強い絆などというものは存在しない。
だが、フールは戦場で一喜一憂し、メンバーの死を誰よりも悲しんだ。アイスマンが死んだ時も、隊長が死んだ時もそうだ。ひょっとしたら、彼の存在が、この部隊に欠けていた「感情」というファクターを補っていたのかもしれない。だが、その「感情」によって自らの死を早めたというのは、皮肉に他ならない。恐らくは他のメンバーも、彼のことを部隊のノイズとして認識していたことだろう。
「それより、もだ。僕たちはいったいどこに向かうんだい?」
感傷に浸ることもせず、ボムがこれからの指標を求めてきた。
正統ドルネクロネ軍は地下坑道から各地に散り散りに撤退している。彼らはそのまま地方に潜伏し、ゲリラ活動を行いつつ反同盟を伝播させる目論見だ。
だが、傷の部隊は正統ドルネクロネではなく、ヴィランに雇われた傭兵だ。あくまで今は、ヴィランの指示に従うのみ。
「うーん、そうですね」
ヴィランが腕を組み、考え込む素振りを見せる。
そして、数秒の瞑想ののち、目を見開きこう答えた。
「このまま敵基地、襲っちゃいましょう」
ヴィランのその言葉に、その場にいた全員が驚きの表情を見せる。
「同盟軍は、我々が蜘蛛の子を散らすように逃げたと思いこんでいますし、地下坑道の封鎖にも時間がかかるでしょ?」
副長らの不服そうな態度を他所に、ヴィランは高説を続ける。
「ならば、このタイミングで敵に仕掛けておくのも悪くはないと思うのですよ。幸い、こちらは手駒を一人欠いた程度。まだ戦闘の継続は可能でしょう?」
手駒、という単語に、ボムは思わず禿頭に血管を浮かび上がらせるが、副長はそれを制した。
「よせ、お前も飲み込まれるつもりか」
「すみません」
ボムが一歩下がるのを見計らい、ヴィランは作戦の決行を高らかに宣言した。
「それでは皆さん、第二ラウンドの開始です」
その表情は、やはり笑顔に包まれていた。




