50.Complete defeat
○
スカル・ショルダーには、エイブラハムが乗っていた。その事実に、シオンは思わず泣き崩れそうになる。だが、今は戦闘中。それでは敵に付け入る隙を見せるだけだと、自制する。
『よ、く、も……!』
ヴィランはその怒りの矛先を、クロウ・クルワッハにナイフを突き立てたスカル・ショルダーに向け、その胸部に蹴りを加える。スカル・ショルダーの継ぎ接ぎのような装甲が剥がれ落ち、その下の、ブレードによって深々と穿たれた傷が顕になる。
だが、相応のダメージを負っているのは、クロウ・クルワッハも同じだ。背部から煙が立ち上り、ヴィランもそこを追撃されまいとスカル・ショルダーを引き剥がすと、機体を上空へ退避させる。
シオンはこれを追撃しようとダンピールⅡを飛翔させようとするが、ブースターがうまく合力せず、コントロールを失いビルに激突してしまう。
その一瞬の隙を逃すまいと、ヴィランは執拗にダンピールⅡへ砲撃を仕掛け、その追撃能力を奪っていく。
身動きが取れない中、シオンは身を屈め、その砲撃を耐える以外の選択肢を選べない。
頼みのスカル・ショルダーも、既に虫の息だ。もはやここまでか、と思われた瞬間、シルヴィアとレイフォード、そしてレンが救援に駆けつける。
『シオン、無事?』
「隊長! スカル・ショルダーが……ウィル兄が……!」
『話は後だ。あの糞野郎をさっさと地面に引きずり落とすぞ』
レイフォードが動転した様子のシオンをなだめると、三人はフォーメーションを組んでクロウ・クルワッハへと立ち向かっていく。
シルヴィアのタルボシュⅡ・ターボが跳躍とともにショットガンをクロウ・クルワッハへ向け、銃爪を引く。だが、ヴィランは放たれた散弾をひらりと避け、その隙を狙ったタルボシュⅡ・ターボの斬撃を文字通り一蹴し、地面に蹴落とした。
『脇が甘いよラスボスさん』
ヴィランがシルヴィアへの対応に気を取られている隙を突き、レンがクロウ・クルワッハを狙撃する。
しかし、クロウ・クルワッハはその一撃を察知し、左腕を狙撃方向にかざすと、放たれた弾丸を慣性制御フィールドで弾き無力化した。
『嘘!?』
驚愕の言葉を口走るのとほぼ同時に、ヴィランの砲撃がタルボシュⅡ・スナイプに着弾する。右肩の装甲が砕け散り、レンは敵から距離を取る。
『逃がしませんよ』
そう言って、ヴィランはレンに追撃を仕掛けると、一瞬でその距離を縮め、タルボシュⅡ・スナイプの懐に入り込む。レンは接近戦で邪魔になるスナイパーライフルを胸部アタッチメントからパージし、ブレードを振りかぶるクロウ・クルワッハに投げつける。ヴィランはスナイパーライフルを輪切りにし、その勢いでタルボシュⅡ・スナイプの首をはねた。
高価な観測機器を失い、その狙撃能力の大半を喪失したレンに、これ以上の戦闘継続は困難だと判断し、レイフォードがヴィランを牽制し、ハンドサインで戦線離脱を促す。
『俺が相手だ、バケモノめ』
『いいですね、実はカスチェイとも戦ってみたいと思っていたんですよ』
ライフルを捨て、鞘から鉈を抜き放つと、レイフォードがクロウ・クルワッハに接近戦を仕掛ける。ヴィランも、そんなレイフォードの姿勢に応えてランチャーを地面に突き刺し、ブレードで応戦する。
数度の打ち合いの後、やがて出力差からレイフォードが圧倒され始め、徐々に追い詰められていく。
『ふーむ、まさかこの程度とは。もう少し張り合いがあってもいいと思ったんですけど、ね』
自分の機体の性能に鼻をかけているのか。ヴィランはやや退屈そうな態度でレイフォードのカスチェイを蹴り倒し、二本のブレードで地面に縫い付けた。
『あなたたちには失望しました。傷の部隊を一度退け、ルサウカも撃破したというのに、私に手傷を負わせたのはそこのドクロ君だけじゃないですか。せっかくの第三世代機も泣いていますよ?』
そう言って、ヴィランは失望の念をアイビス小隊に向けた。否、その言葉は失望というよりも、「飽きた」とニュアンスを含んでいる。
そう、ヴィランはクロウ・クルワッハという新しいおもちゃを手に入れて、自分を何度も追い詰めてきた相手を圧倒してしまい、最早敵がいないという状況に、自分が頂点に立ってしまったことに飽きてしまったのだ。
『では幕引きですね。さようなら』
気だるそうな声色とともに、ヴィランはレイフォードのカスチェイの胸部を抉ろうとする。
『レイフォードはやらせないッ!』
その叫び声とともに、シルヴィアが両者の間に割って入ると、クロウ・クルワッハに向けてショットガンを接射する。一瞬、クロウ・クルワッハは姿勢を崩すものの、その一撃は装甲を破壊したのみで致命傷には至らなかった。
なんて出力の慣性制御フィールドだ。強襲機動骨格レベルではない。むしろヴィランがルサウカと呼ぶ例の巨大兵器に比肩するほどではないか。シルヴィアはそう思いながらコクピットの中で下唇を舐めた。
一方、ヴィランはシルヴィアの行動に逆上し、タルボシュⅡ・ターボの頭を掴み取ると、ビルの外壁に押し付け、膂力に任せてその上下半身を引き裂いた。
その場にいた全員が、その様子を見て背筋を凍らせた。
『は、は、は……邪魔なんですよ、あなた』
シルヴィア機を破壊し、ヴィランは笑みを浮かべるが、その声にはやや疲れの色が見て取れた。
さらに、そこにアイビス小隊の救援にかけつけたトランシルヴァ隊が現れ、クロウ・クルワッハへ牽制攻撃を開始する。
ヴィランは彼らもクロウ・クルワッハの餌食にしようとランチャーを取り、トランシルヴァ隊からの攻撃を回避する。だが、冷却系にダメージを受けた状態でアイビス小隊との戦闘を演じたのが無茶であったらしい。背部から立ち上る白煙が、徐々にその大きさを増しているのが見て取れた。そして、ヴィランも機体に起きている異常を誰よりも早く察知していた。
『どうやら限界という訳ですか……食べ残しがあるのは残念ですが、パーティはここでお開きですね』
自身の不調と不利を悟り、ヴィランは機体を飛翔させ、上空へと退避する。トランシルヴァ隊の放つ火線が上へ伸びるものの、それがクロウ・クルワッハに届くことはない。
『ではまたお会いしましょう。その時は、私をもう少し愉しませてくれるよう期待していますよ』
笑い声とともに、クロウ・クルワッハは北の空へと消えていった。
完敗。それ以外の表現が見つからないほどに、ヴィランという男は手強かった。
○
満身創痍のアイビス小隊は、そのまま回収部隊によってワイバーンへ運び込まれた。いずれの機体もダメージが激しく、すぐに動かせるのはレンのタルボシュⅡ・スナイプくらいだ。
タルボシュⅡ・ターボのコクピットから負傷したシルヴィアが引っ張り出され、担架に乗せられていく。彼女に目立った外傷がないのは、慣性制御装置がうまく働いたからにほかならない。
だが、スカル・ショルダーはそうはいかない。ダメージを受けながら何度も立ち上がってみせたものの、その損傷はコクピットまで達している。
保安要員がスカル・ショルダーの機体を取り囲み銃を構える中で、コクピットの開放作業が進む。トウガが機体に接続した端末からコクピットの開放信号を送ると、圧縮空気の抜ける音とともにスカル・ショルダーの胸部ハッチが開放される。
トウガはその中を覗き込むと、血みどろのコクピットの中に見知った男の姿を認めた。
「よう、元気だったか」
「大尉、ご無事だったんですか」
「これを無事っていうのかは知らんがな」
肘から下が無くなった左腕を差し出しながら、エイブラハムは笑う。とは言え、トウガはそれが義手であることを知っていた。むしろ心配するべきは、コクピット外壁の破片が突き刺さった彼の脇腹だ。
「とにかくここから出ましょう。シオンさんも心配してますよ」
「ハッ、あいつには正体見破られてたか」
口から血を流しながらも、エイブラハムは笑う。トウガはエイブラハムに応急処置を施すと、スカル・ショルダーのコクピットから彼を引っ張り出した。