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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
強襲
49/84

49.Crom Cruach

 ヴィランの機体が振るったブレードが、シオンの眼前に迫る。藪をつついて蛇を出してしまったか、とシオンは自分の行いを後悔したが、凶刃がダンピールⅡの装甲を舐める直前、スカル・ショルダーのランスチャージがそれを阻んだ。


『またしても……この!』


 ヴィランは槍の穂先を脇腹で抑え込み、逆制動をかけてスカル・ショルダーから槍を取り上げようとする。だが、スカル・ショルダーは大槍を捨て、背部に懸架された棺桶型コンテナからサブマシンガンを二挺取り出すと、弾幕を展開しつつヴィラン機に接近する。

 ヴィランは機体を左右に切り返しながら弾幕をくぐり抜けつつ距離を取り、ランチャーでスカル・ショルダーを狙い撃つ。ランチャーから放たれた弾丸がスカル・ショルダーの左腕のサブマシンガンを破壊する。しかし、当のスカル・ショルダーはそれを気に留めることなくブースターの推進力に身を任せ、一気にヴィランの機体との距離を詰め、その頭を鷲掴みにする。そして、左腕に格納されていたガトリングガンを露出させる。


『この攻撃は……?!』

「あの攻撃は……ッ!」


 シオンとヴィランが声を重ねる。ヴィランはこの攻撃を食らうわけにはいかないと、ブースターで上空へと舞い上がろうとする。しかし、スカル・ショルダーは決してその手を離そうとはせず、むしろ自らのブースターで強引に軌道修正を図る。異なるベクトルの推力は、二体の鉄の巨人を大空へと持ち上げ、この二者をあらぬ方向へといざなった。

 次の瞬間、スカル・ショルダーの回転砲塔が火を吹いた。


 スカル・ショルダーが戦場に現れる少し前。

 病院のベッドの上で、「彼」は目覚めた。薬で朦朧とする意識の中で、ベッドの横に立つ男の姿を認める。


「……はじめまして、かな? 私は環太平洋同盟軍情報部大佐、カスパー・ウーだ」


 聞いたことのある名前の男を前にして、「彼」は身体を起こし敬礼をしようと右腕を掲げる。だが、全身の痛みからそれも叶わない。

 ウー大佐は「無理をしない方がいい」と「彼」をなだめた。


「まずは状況説明からさせてもらおうかな。あの戦闘の後、情報部が漂流していた君の身柄を保護し、軍病院に収容した。一週間は意識不明のままだったが、今やっと目を覚ました、という訳だよ」


 ウー大佐の言葉に「彼」は静かに頷き、肯定の意思を示す。


「それで、ここからが本題だ。実は我々の身内に敵の内通者がいるようでね、それを君に見つけ出してもらいたい」


 どういうことだ、といった表情をウー大佐に向けると、大佐は続けて説明する。


「なに、スパイの真似事をしてもらうつもりはないよ」


 ここからは長い話になるらしく、ウー大佐は椅子に腰を掛け、話を進めた。


「実は、軍の戦闘資料のいくつかが意図的に改ざんされている形跡が見つかった。いずれもヴィラン・イーヴル・ラフ絡みの報告レポートだ」


 ヴィラン・イーヴル・ラフの名を耳にして、「彼」は一層険しい表情でウー大佐を見つめていた。


「君には私たちが提供する機体で、ヴィランの関与していると思われる戦場で暴れまわってもらいたい。いや何、すぐにとは言わないよ」


 そう言って、ウー大佐は資料の束を「彼」に差し出した。


「機体の資料と、我々から君に提供できる情報だ」


 痛みで表情を歪めながら、「彼」はその資料に目を通す。


「私はね、情報というものに個人的な感情は不要だ、と考えているんだ」


 顎髭を整えながら、大佐が口を開く。


「情報とはその事象がどのように発生したか、どのような結果をもたらしたかを示せばそれでいい。その積み重ねによって、人は過去を知り、これから何がどのように起こるのかをある程度予測できる。だが、故意に情報を歪めるのは駄目だ。それは道標を闇に覆い隠すことに他ならない」


 ウー大佐が、「彼」の左手に触れる。やんわりと冷たい金属の質感が、大佐の掌に伝わってくる。


「頼まれて、くれるか?」


 「彼」と顔を合わせた初老の男の瞳には、明らかな信念が宿っていた。


 敵に組み付いてからのガトリングによる極至近距離からの攻撃。この戦闘パターンは、間違いなく彼の……エイブラハム・ユダ・ウィリアムズの多用する物だ。

 その瞬間、シオンの中でくすぶっていた淡い期待は、確かな確信へと変わる。


「ウィル兄だ! 間違いない、あの機体に乗っているのは……ッ!」


 ガトリングが火を吹くと、スカル・ショルダーとヴィランの機体がもつれあい、地上に落下していく。シオンは落下予測地点に先回りし、両者の勝負の行方を見守った。

 二機の強襲機動骨格(アサルト・フレーム)が、アスファルトで舗装された道路に落下し、小さなクレーターを形作る。

 粉塵で視界が遮られる中で、片方が立ち上がった。

 どっちだ。

 シオンはダンピールⅡのセンサーを集中させ、機体を判別する。白い装甲に、髑髏のようなマーキングが施された左肩が見えた。スカル・ショルダーだ。


「ウィル兄……」


 その後ろ姿を認め、シオンは安堵の表情を浮かべる。だが、その直後、粉塵の中から放たれた刃が、スカル・ショルダーの左胸を貫いた。


「……ッ!!」

『やれやれ、卸したての装甲がボロボロになってしまいましたよ』


 その言葉とともに、ヴィランは機体を立ち上がらせると、スカル・ショルダーに突き刺したブレードを引き抜く。

 スカル・ショルダーがその場に倒れ込む姿にシオンは声にならない叫びをあげると、ブースターの出力を全開にしてヴィランの機体に向かって突撃していった。


『おや、身の程を知らないお嬢さん(フロイライン)ですね。いいでしょう。このクロウ・クルワッハが相手になりますよ』


 ヴィランはそう言って、最早意味をなさなくなって久しい外套を捨て去った。ボロ布の下から現れたのは、漆黒の装甲に身をまとったスマートな機体の姿。その頭部は右半分こそ穴だらけになっているものの、人間の目を思わせる双眼を備え、刺々しい角もあって極めて趣味的な外観を誇示していた。背部にはブースターユニットと思しき装備が見て取れたが、ヴィランが以前乗っていたヴコドラクと比べて大幅に小型化している。

 美しくもあり禍々しい。そんな戦闘兵器らしからぬデザインの機体は、ダンピールⅡのナイフの一突きを文字通り指先一つでいなすと、がら空きになったその背後に回し蹴りを繰り出す。シオンは機体を加速させ、その蹴りを回避するが、ヴィランはそれを見越してすかさずランチャーで追撃に出る。

 左腕を破壊されながらもシオンはダンピールⅡの身を捻り、クロウ・クルワッハに向けてマシンガン、チェーンガン、機銃の一斉射撃を放つ。

 だが、ヴィランは弾幕を掻い潜り、ダンピールⅡに接近。腰部にマウントされたブレードを抜き放ち、ランチャーのブレードと合わせた二振りの刃で、シオンを追い詰める。右腕に、左脚に、頭部に、まるでシオンをなぶるように傷が刻まれていく。


『ほらほら、どうしました? こちらはまだ本気を出してすらいませんよッ!!』


 悦楽に染まる声とともに、ヴィランは防戦一方のダンピールⅡを追い詰める。一撃一撃は決して深くはないのだが、ダメージの蓄積は脚と頭部の機能を確実に削り、それに伴ってシオンの選択肢を奪っていく。

 左膝の関節が食われ、頭部もチェーンガンとセンサーが沈黙。マシンガンを持つ手も手首ごと斬り落とされ、攻撃手段も遂に尽きる。

 ここまでか、と諦めかけたその時。倒れていたはずのスカル・ショルダーがクロウ・クルワッハの背後に迫り、背部コンテナから繰り出したナイフを突き立てた。


『な……にッ!? 冷却系をッ!』

『そいつは……やらせないッ!!』


 通信機の向こうから、聞き慣れた声が……エイブラハムの声が聞こえた。

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