48.the fight continues
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巨大兵器の沈黙によって、首都での戦闘はまたたく間に終息していった。
戦力の要と同時に司令塔でもあった巨大兵器を撃破され、残存した正統ドルネクロネ軍はただ敗走するのみだった。同盟軍は撤退する敵の掃討に全力をあてていたが、事前の指揮が徹底していたのか、敵の逃走には混乱はなく、まるで訓練されたかのように同盟軍の追撃を退けていく。
その様子を上空から観察していたシオンは、その様相に、巨大兵器に搭乗していたであろう敵指揮官の優秀さを垣間見た。
「全く、こっちに強敵の相手をさせておいて、美味しい所だけ持っていこうとするから……」
巨大兵器攻略にほとんど手を出さなかったツケだと同盟軍の様子を鼻で笑いながら、シオンはダンピールⅡを市街地に着陸させた。
空を見上げると、北方からキーヴル級が二隻接近しているのが見て取れた。ハンドリンク島から引き上げてきた部隊がようやく帰ってきたのだと、シオンは胸をなでおろす。これで逃げる敵の追撃もいくらか楽になるだろう。
だがそう思った次の瞬間、キーヴル級のうち一隻のエンジンが爆発し、高度を落とし始めた。続けてもう一隻のエンジンも火を吹き、同じように地上に向けてゆっくりと降下していく。
航空艦は推進力が停止しても慣性制御フィールドと揚力が艦を支えるため、すぐに墜落することはない。だが、このままでは墜落は免れない。両艦の操舵手は今この時も死にものぐるいで市街地に落とすまいと艦のコントロールを行っているはずだ。
その混乱の最中、ダンピールⅡのレーダーが複数の敵機の反応を捉えた。もしやと思い、シオンはその反応に機体を向けた。
『おやおや、もしかしてルサウカを破壊した程度で勝った気でいるんですか?』
通信に割り込んでくる、聞きたくもなかった男の声。その通信の発信元が、レーダーの敵機の反応と合致した時、シオンはその声の主に銃を構えた。
「ヴィラン・イーヴル・ラフッ!!」
向けた視線の先……ビルの屋上に、外套を思わせる布を纏った六機の強襲機動骨格の姿。
機体の識別反応からうち五機はレイフォードの乗る機体と同じカスチェイと判別されるが、ヴィランの乗る機体だけは全く異なる反応を示していた。
ダンピールⅡのセンサーがカスチェイの一機が構えるスナイパーライフルの銃身から熱反応を検出し、それがキーヴル級を狙撃したのだ、とシオンは察する。
『お久しぶりですねお嬢さん。あなたの機体は戦場でよく目立つものだからすぐ理解りましたよ』
「ハッ、まさかこんな戦場の真ん中に、世間話のために現れた訳じゃないでしょう?」
『クク……ッ、もちろん私はここに戦いに来ましたよ。同盟軍に少しでも打撃を与えれば、レクスン大佐の覚えもいいのでね』
やはり、ヴィランは正統ドルネクロネの側に付いているのか。そう思いながらも、シオンは少しでも情報を引き出すべく時間を稼ごうとする。だが、そんな彼女の意図など、ヴィランは既にお見通しだった。
『おっと、時間稼ぎなら無駄ですよ。言ったはずです。私はここに戦いに来たのだと、ね……!』
その言葉とともに、ヴィランの乗る機体が動いた。外套を翻し、近場にいたタルボシュの部隊に牙を剥く。ヴィラン機の手にした大型ランチャーが火を吹き、三機のタルボシュをまたたく間に撃破した。
『さあ、傷の部隊の皆さん。この戦闘を楽しみましょう』
タルボシュ部隊の犠牲を狼煙代わりにヴィランが叫ぶと、残る五機のカスチェイは外套を排除し、それぞれが定めた獲物に向かい、散開した。
シオンはそれを逃すまいとするが、カスチェイのうちの一機が彼女の前に立ちふさがり、両腕のマシンガンの銃爪を引く。
『お前は俺の……フール・クラクション様の獲物だッ! ツギハギィッ!!』
第十三メガフロートで戦った男かと直感し、シオンはフールのカスチェイの狙いの死角に回り込もうとする。だが、フールはそれを意に介さず、ダンピールⅡを追跡し続ける。
機動力を強化している訳ではない。単純な乗り手の技量が、それを成している。
やはり手強い。そう思いながらも、シオンは慣性制御で敵弾を弾きつつ、マシンガンで応戦を開始した。
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彼方此方で再び上がる戦いの火の手を見上げ、ヴィランは満面の笑みを浮かべる。
そう、戦闘とはこうでなくてはならない。ルサウカを失ったからとあっさり逃げ惑うような兵士ばかりでは、この戦争もたかが知れたものだ。
ならば、ここは自分が最大限引っ掻き回してやるべきだろう。ここはヴィランにとっての遊び場。ゲームの盤上と同じなのだ。
「さあて、どこから手を付けてあげましょうかね……」
そう思った矢先、突如その背後から一機の強襲機動骨格が強襲をかけた。
ヴィランはランチャーに取り付けられたブレードで、その機体が持つ大槍を受け止めるが、その質量に加えて加速によって得られた運動エネルギー量もあって、その全てを受け止めることは難しい。
ならば、とヴィランは次に敵の槍の穂先を反らし、その一突きをしのぐ。大質量の衝角がアスファルトの大地に沈み込むが、眼前の機体はそれをものともせず片腕で大槍を振り上げ、再びヴィランに狙いを定める。
「は、ははははッ! なんて馬鹿力なんでしょうね、その機体。気に入りましたよッ!!」
ヴィランは笑い声とともに乗機の両手を広げ、敵に攻撃するよう誘う。挑発に乗り、敵機は再び大槍を構え、ヴィランに向けて突撃を仕掛けた。
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シオンはフールのカスチェイと一進一退の攻防を繰り広げながらも、ヴィランの動向を探っていた。
ヴィランは市街地に現れたスカル・ショルダーと交戦中。しかし、その一撃はヴィランによって的確にいなされ、決定打を与えられずにいる。加勢するべきかと思案するが、残念ながら眼前の敵はそれを許すような器量の良さは持ち合わせていない様子だ。
『よそ見してんじゃねえッ!!』
フールの怒鳴り声が、通信機のスピーカーを通じてシオンの鼓膜を刺激する。通信機のスイッチを切ってしまおうかと考えたが、それをしようとした矢先に、敵の攻撃が飛んでくる。
それを狙ってやっているのか、それとも考えなしでやっているのか、シオンには理解らない。だが、それが有利に働いて幾度も敵を葬ってきたということだけは理解できた。
シオンは舌打ちをしつつ、左肩のナイフを抜き放つと、フール機に向けて突貫。慣性制御フィールドで弾丸を弾きながら接近し、至近距離まで肉薄した。
「邪魔を……するなッ!!」
その叫び声とともに、シオンはナイフをカスチェイの胸部に突き立てた。通信機の向こう側から、肉と骨、金属の潰れる音が聞こえてくる。
ダンピールⅡとカスチェイは、そのまま勢い余ってビルの外壁に激突した。
礫の混じった粉煙の中からシオンは機体を立ち上がらせ、カスチェイの胸からナイフを抜くと、再びスカル・ショルダーとヴィランの方を見やる。
ヴィランの機体が空中に躍り出ると、スカル・ショルダーもそれを追う。
ヴィランの背後はノーガード。ならば、とシオンはその背後から銃を向け、撃った。
弾丸が外套を散らし、その下に隠れた姿をわずかに顕にさせる。
だが、ヴィランは勝負の間に割って入ったシオンに目を向け、瞬時にダンピールⅡの眼前に立ちふさがった。
『真剣勝負に割って入るのはいけませんね、お仕置きですよお嬢さん』
外套の下から、双眼を模したヴィラン機の顔が覗く。
ヴィランはランチャーに装着されたブレードを、ダンピールⅡに向けて振り下ろした。