47.Last blow
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巨大兵器の懐からダンピールⅡを引き剥がそうとまとわりつくクドラクに肘打ちを食らわせつつ、シオンは振り向きざまにマシンガンに着剣したナイフでその首をかき斬った。
派手に動き回りながら戦闘を行うシオンに、敵が次々と引き寄せられるが、今回の作戦の肝は彼女ではない。むしろ彼女はそれを隠すための陽動。勝利の鍵は、シオンが派手に立ち回る隅で巨大兵器にショットガンを向ける、シルヴィアのタルボシュⅡ・ターボだ。弾倉を切り替え、シルヴィアが「本命」の準備を整えると、ショットガンから一発の弾丸を放った。
その一撃は、やはり巨大兵器の慣性制御フィールドによって寸でのところで阻まれる。だが、シルヴィアの狙いはそれを「着弾」させることではない。「炸裂」させることにあった。
慣性制御フィールドを突破して炸裂した弾頭から、無数の子弾が放たれた、巨大兵器に付着する。
巨大兵器はそれが何なのか、気に留める様子もなく進軍を続ける。だが、直後にシルヴィアの放ったもう一発の弾丸が頭上で炸裂すると、異変を伴ってその動きを止めた。
ダンピールⅡの熱センサーが巨大兵器の表面温度の上昇を観測する。
「どうやら、秘密兵器は無事に威力を発揮したみたい」
一つ目の弾丸に込められていた子弾には、二発目の弾丸の中身……特殊薬液と反応することでごく短時間ながら超高温を発生させる物質が充填されていた。
相手に熱ダメージを与えるのなら、焼夷弾を使えばいいのだろう。しかし、それによって生じた炎熱は、周辺の市街地にも被害を加えかねない。だからこそ、熱反応がごく短時間で済むこの手段が用いられたのだ。さらに薬液は酸化に弱く、空気に触れればほんの十秒前後でその効果が現れなくなるため、周辺への二次被害を抑えられる。
スヴァローグ・ドライヴを使った大規模発電施設に併設された無重力プラントでは、日々こういった新物質が生み出されている。この特殊弾も、慣性制御装置を使った軍用兵器へのカウンターとして研究が進められていたのだろう。
だからこそ、今回の作戦でこの特殊弾の使用が決断されたと言えた。
『今よッ!』
シルヴィアの号令とともに、アイビス小隊とトランシルヴァ隊の二隊は、持てる火力を巨大兵器に集中させ、その装甲表面に展開された慣性制御フィールドを酷使させる。
その尽くは弾かれ、迎撃され、無力化され、巨大兵器側の反撃も激しさを増す。
「まだ……」
シオンが回避したミサイルがビルに直撃し、その衝撃で窓のガラスが吹き飛ぶ。
「まだ……!」
ウォーターカッターがアスファルトを斬り裂きながらシルヴィアのタルボシュⅡ・ターボに牙を剥く。
シルヴィアはこれを回避しつつその放出口にショットガンの一撃を加えた。
「……今ッ!」
攻撃を加え続け、ついに巨大兵器の冷却装置に過負荷がかかり、各部から白煙が上がる。それを見逃さず、シオンはすかさずカウンターブレイドを抜刀すると、その切っ先を巨大兵器に向けて突撃した。
CIWSによる迎撃を回避し、直掩のヴォジャノイを退け、カウンターブレイドが慣性制御フィールドに触れた。
フィールド同士が干渉しあい、まばゆい光が夕闇に染まった市街地を照らす。だが、巨大兵器のそれはかつてのような強度を示さず、ダンピールのブレイドの一突きの前にあっさりと相殺された。フィールドが再展開される様子は、今のところはない。
「よし……ッ!」
その勢いに乗るように、シオンは巨大兵器の迎撃を掻い潜り、その懐へ潜り込む。それを迎え討つべく巨大兵器の腕部がダンピールⅡへと迫るが、オーバーヒートによってその動きは緩慢だ。
恐らくは慣性制御で巨体を支えていた弊害だろう。機体構造への負担からこれまでのような素早い動きは出来なくなっている。シオンはこれを恐れるに足りないと判断し、敵の腕部ユニットの根本……左肩に刃を振り下ろした。肩の上にはCIWSが備えられていたが、装甲ごとブレイドで叩き潰す。
対する巨大兵器は機体を変形させ、格納していた強襲機動骨格の上半身を露出すると、ダンピールⅡを振り払おうとマニピュレータでその脚を掴みかかる。
しかし、シオンは脚を振るってそれをいなすと、頭部チェーンガンで敵の頭部センサーを破壊する。さらにもう一振りのカウンターブレイドを引き抜き、左胸にその刀身を突き刺すと、さらにブレイドの柄を蹴り、敵の胴体を貫いた。
そして、カウンターブレイドを蹴った反動を駆使し、左肩に突き刺したブレイドに機体質量と推進力を加え、袈裟斬りのようにその傷を押し広げていく。
「うわァァァーーーッ!!」
シオンの叫び声とともに、巨大兵器の左肩が、本体から脱落する。巨大兵器が頭部からレールガンを露出させ、ダンピールⅡに狙いを定めるが、シオンはそれを撃たせる前に機体を跳躍させ、頭部ユニットの上に立ち、再びブレイドを振り下ろす。
『シオン、それだけやれば、もう十分よ!』
シルヴィアからの通信と同時にシオンは機体を飛び立たせ、巨大兵器の間合いから抜け出す。
ダンピールⅡを逃すまいと、巨大兵器は残った右腕を伸ばすものの、それとは別に至近距離まで近づいたシルヴィアのタルボシュⅡ・ターボの存在に気付かなかった。
シルヴィア機のその手には、いつの間にかミサイルランチャーが握られていた。
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ミサイルランチャーを構えた敵タルボシュ・ターボの姿に、デリスは危機感を覚える。
防御を崩され、機体の挙動すらままならない状態で、あの一撃を叩き込まれたら、もはや逆転の目はない。
なんとしても迎撃しなければと生き残ったCIWSとドローンを総動員して迎撃の手筈を整えるものの、遠距離からの狙撃がそれを阻む。頭部の、右肩のCIWSが次々と反応を示さなくなっていく。
止められない。
敵の銃爪が引かれ、ミサイルがルサウカに向かって直進する。
何故だ。なぜ、このようなことになった。
私はただ、妻子の命を奪ったドルネクロネという国に復讐を果たそうとした。ただ、それだけなのに。
戦後の過剰規制。それが社会格差を生み出し、その不満のはけ口は、かつてのクーデター参画者とその家族に向けられた。
ドルネクロネ紛争終結後、デリスはクーデターに賛同した民間人の身の安全と引き換えに、環太平洋同盟軍に自身の身柄を引き渡した。当時は、それが最善の解決策だと考えていた。
だが、収容施設でヴィランから聞かされたのは、デリスの守ろうとした人々の、あまりにも悲惨な結末だった。
国民に過度な行動制限を課した国家への反発が、クーデター賛同者やその家族に向けられたという事実に胸を痛めた。さらに、施設を脱走した後、その被害者リストの中に自らの妻子の名前を見つけたことで、彼の胸の痛みは怒りの焔へと変貌を遂げた。
それからの彼はまさに憤怒に駆られたようだった。同志を募ってドルネクロネという国を破壊し、その後でレクスンを殺し、自分も死ぬ。そのつもりでヴィランに協力してきた。
だが、彼の怒りの焔も、いつまで燃え盛っているわけではない。生命の危機に立たされれば、憤怒の焔もただの風前の灯火に過ぎない。
「嗚呼、これで終わりか……」
デリスが過去を想い起こしていたほんの数秒の後、ミサイルの弾頭はルサウカのコクピットブロックに直撃した。
コクピットの機材と搭乗者三人の血と肉と骨は、着弾の衝撃でミキサーのようにかき混ぜられ、その凄惨な光景を焼き消すかのように、ミサイルの弾頭が炸裂する。
コントロールを失ったルサウカはそのまま動力を停止させ、慣性制御装置によって保たれていた自身の構造を崩壊させていった。
それと同時に、かろうじて顔を出していた太陽が、地平線の向こう側に姿を隠した。




