44.Capital defense
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同盟軍の部隊が資源採掘プラントへ進行を開始したその頃、アイビス小隊は機体の整備に追われていた。
件の巨大兵器に対抗するための武装換装とその調整が主だったが、次の補給物資の到着まではありあわせの部材でやりくりする必要があった。携行火器の弾を貫通力の高い徹甲弾に変更し、格闘兵装にも「突き」を基本とした動作モーションをいくつか取り入れる。
本来ならばあの所属不明機……軍のデータベースには「スカル・ショルダー」のコードネームで登録されている……のような大型の槍があればよかったのだが、さすがにそのようなキワモノ武装は持ち合わせが無いと補給課から突っぱねられた。が、その代わりとして弾頭を運動エネルギー弾に換装したミサイルランチャーを二基調達できたのは不幸中の幸いだった。
「次の戦闘の準備は……万端とは言えないけどなんとか形になりそうね」
かき集めた武器を見つめ、シルヴィアはようやく一息つくと同時に、偵察任務の傍らで調達したこれらがどこまで通用するかと不安を胸に抱く。
とはいえ、弱気になっていても仕方がない。不安要素は今は捨て置き、これで最善を尽くすだけだと、自分を鼓舞する。
「そろそろ、プラントの攻撃も始まる頃合いね」
そう言って時計を見やると、シルヴィアは最終調整作業のためにタルボシュⅡ・ターボのコクピットにその身を収める。
「中々いい装備揃えましたね」
カメラを片手に、シモンズがシルヴィアのタルボシュⅡ・ターボの足元に寄ってくる。
そう言えば、身元の確認が取れたということで拘束を解かれていたな、と思いつつ、カメラを構えようとするジャーナリストの様子を見て、彼女は上から制止した。
「一応この機体はまだ一般に情報公開が行われてる訳ではないので、撮影はご遠慮願います」
「ああ、すみません。つい癖で……」
そう言って、シモンズはカメラを下げ、格納庫脇のベンチに腰を下ろす。油断も隙もないと思いながら、シルヴィアは調整作業のために機体のコンソールに指を置く。
だがその途端、今度は基地に敵襲を告げる警報が鳴り響いた。それを耳にして、シルヴィアも手を付けるべき作業を中断せざるを得ず、彼女は思わず青みがかったショートボブの髪をかきむしった。
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ドルネクロネの首都セントムのメインストリート。普段ならば無数の人や自動車が行き交うはずのこの場所も、戦時体制の発令に伴って閑散とした雰囲気を漂わせていた。
住民のほとんどはメガフロートに疎開するかシェルターに引きこもる選択を成し、街で見かける人影は家を持たない浮浪者か、市街を見回る兵隊か、まだ避難準備に手間取っている一般市民程度だ。観光客や海外からの出稼ぎ労働者などは、レクスンの宣戦布告と同時に母国に引き上げて久しい。
人の姿が消え、静寂が支配して久しい街中で、突如としてビルに張り巡らされたガラスがカタカタと震え出す。
何事か、と外を歩く皆々がガラスの震える原因を探るために辺りを見回し始める。だが、その原因を知った時、彼らは再び静寂の中へ戻るのではなく、悲鳴と混乱にその身を委ねることになった。
市街地の只中に、武器を持った強襲機動骨格の一団が、突如として姿を表したのだ。
一団を成すのはクドラクとヘルム。何れも正統ドルネクロネの運用する機体だ。
その姿を見た市民たちは一様にパニックに陥り、兵士たちはそれが意味を成さないと理解っていても銃を敵機に向ける。
何でここに敵が現れた。何でここが攻撃を受けているのか。そのような考えが皆々の頭をよぎるその最中、ヘルムの手にした鉈が、兵士たちに向かって振り下ろされる。
逃げ惑う兵士たちを、まるでいたぶるように蹂躙する輩の前に、一機の強襲機動骨格が立ちふさがった。
ツギハギのような装甲をその身に鎧い、髑髏を思わせる左肩を震わせる機体。同盟軍にスカル・ショルダーと呼称される所属不明機。
生身を晒す兵士たちに刃を振るうヘルムに対し、スカル・ショルダーはまるで怒りの感情を顕にするように手にした大槍の切っ先を向け、突貫した。
十メートル級の人型機動兵器が片腕で振るうにしては大きすぎる質量の衝角が、第一世代強襲機動骨格の胸部を抉る。
スカル・ショルダーはヘルムの胸に深々と突き刺さった大槍からハンドガンを引き抜きその場に陣取ると、周囲の敵に弾丸の雨を浴びせかけた。
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セントムへの敵部隊襲来の報せを聞き、ワカナ艦長はワイバーンに詰め込めるだけの部隊を詰め込むと、市街地に急行した。
主力部隊が出払っているタイミングを見計らい首都を攻撃する。完成され過ぎた作戦行動に、ワカナ艦長は頭を抱える。
アイビス小隊もワイバーンに便乗し、戦場と化した首都を防衛するべく行動を開始する。
各機の武装の変更がまだ不完全だが、今それで出撃を渋っていたらその分だけ首都の被害が増えるというシルヴィアの判断から、携行火器の弾倉交換と格闘モーションのインストールのみが行われた上での出撃となった。
「敵のマーキングを照合……こいつら、ハンドリンクに集結していた部隊だ」
『それがなぜ、セントムに? あいつら、資源採掘プラントで同盟軍の部隊と戦ってる筈でしょ?』
シオンの言葉に、レンは思わず耳を疑う。
だが、事実は事実だ。不可解な点は多いが、敵がどこから現れたのかを探るのはワイバーンに任せ、シオンとレンは眼下の敵に向けて攻撃を仕掛けつつ、市街地に降り立った。
「スカル・ショルダー……」
戦闘エリアの中心に、かつて自分たちを助けた所属不明機の存在を認め、シオンは警戒を強める。この機体がシオンたちの窮地を救ったのは確かだが、それでも敵か味方か明らかになっていないからこそ、その一挙手一投足に注意を払う必要があった。
当のスカル・ショルダーはメインストリートで防衛線を張り敵の進行を食い止めていたようだが、それに加担すべきか、シオンはシルヴィアとワカナ艦長の指示を仰ぐ。
『向こうにこちらを攻撃する意図が無いなら、共闘も視野に入れるべきだろう』
『だけど、注意しておいてね。向こうは私たちに正体を明かしていないんだから』
二人の決定に「了解」と短く答え、シオンはスカル・ショルダーと並び立ち、敵を迎え撃った。スカル・ショルダーは彼女の増援に発光信号で「感謝する」とだけ伝え、ヘルムの残骸から大槍を引き抜くと迫り来る敵の隊列に突撃を仕掛けた。
スカル・ショルダーが敵部隊の隊列を崩し、バラけた傍からシオンとレンが追撃を加えて追い込んでいく。スカル・ショルダーの方も一見派手に動いているように見えるが、その実シオンとレンに負担にならないよう立ち回り、適度に敵を寄越している。
旨い。そう思いながらシオンは舌を巻くが、その動きに見惚れている余裕はこの戦場にはない。
さらに、悪い報せがシオンの耳に入る。例の巨大兵器が、上陸部隊を伴い港からセントム市街地に上陸したというのだ。
上陸部隊の規模は三個小隊程度。しかし、巨大兵器の戦力はそれと同等以上の物を備えている。
強敵の出現と増大する不安要素に、シオンは敵の手強さを改めて実感させられた。