42.Skull Shoulder
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謎の機体の介入に、シオンたちはもとより敵も混乱の様相を呈していた。
明らかにジャンクパーツを寄せ集めたかのような外装を持つ所属不明機は、髑髏を思わせる白い左肩を震わせると、敵巨体兵器の頭に突き刺した大槍を引き抜いた。
巨大兵器は頭の上に乗る所属不明機を振り払おうと、巨頭を振るい、巨腕を伸ばす。しかし、所属不明機はバランスを崩す直前に巨大兵器の頭から飛び降り、迫り来る巨腕を空中でひらりと躱すと、ダンピールⅡの眼前に着地。
ダンピールⅡと格闘戦を演じていたヴォジャノイを大槍で振り払うと、左腕に格納したガトリング砲でドローンの包囲網に穴を穿ち、「行け」とその方向に指をさす。
シオンとシルヴィアは、すぐにそれに従い敵の包囲網を抜け、戦場から離脱する。
ブースターを全開にして全力で敵の包囲網から抜け出す中、シオンは、名も知らぬ謎の助っ人の動きの無駄の無さに驚嘆しつつ、その行動に心の中で礼を述べた。
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デリスは、突如現れた不安要素に怒りを感じていた。
不揃いな装甲を身に纏い、急造感を拭いきれない機体で、ルサウカに致命傷を与え、さらには追い詰めた敵も逃されたのだ、無理もない。
不明機が左手で挑発する。
それを見るや、デリスは火器管制官にウォーターカッターの使用を命じた。
巨腕の先端、アイアンクローの基部から、超高圧水流が放たれる。
しかし、不明機はこれをものともしない。否。水の勢いを慣性制御フィールドで受け止めているのだ。
思えば、身の丈ほどもある大槍を、片手で振るっている時点で気付くべきだった。
不明機が、槍を構える。
まずい。そう思った矢先に、デリスはウォーターカッターの使用を停止させ、左腕を「防御」に回した。
慣性制御フィールドを突き破った大槍の穂先が装甲に食い込み、その内部構造を破壊していく。
だが、ここまではデリスの思惑通り。
装甲に食い込んだ大槍はそのまま抜けることなく、不明機は武器を失うことになる。その隙に、背後に回り込ませたドローンで一斉に攻撃すれば勝てる。
そう考えていた。だが、敵機を包囲したドローンは、不明機が大槍から取り出した投げナイフによって、またたく間に撃墜された。
「まさか、あの槍は武器コンテナを兼ねるとでも言うのか!」
さらに不明機は槍からハンドガンを二挺取り出し、戦闘の継続がまだ可能であることをアピールする。一体、どれだけの武器をその中にしまい込んでいるというのだ、とデリスは更に怒りを強める。
一方のルサウカは、頭と片腕を失い、戦闘力は半分以下にまで低下していた。残った右腕とCIWSだけでこれの相手をするのは、流石に分が悪すぎる。
さらに同盟軍部隊の抵抗は激しく、メガフロート制圧に向かった部隊の被害も甚大だ。
ならば、ここは撤退する他ない。デリスは槍の刺さった左腕部のパージを指示。スモーク・ディスチャージャーから煙幕を放って敵の視界を遮ると、苦虫を噛み締める思いで撤退を指示する。
煙が晴れると、そこに残されたのは市街を蹂躙し尽くした破壊の痕跡のみ。
所属不明機は残された残骸から大槍を引き抜くと、ただ静かに天を仰いだ。
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「全く、何だったんだよ、あの所属不明機は」
頭を抱えながら、レイフォードは戦闘時のデータに改めて目を通していた。こちらの想定を超えた巨大兵器を、不意打ちに近い形とはいえ圧倒してみせたあの機体は、正統ドルネクロネ軍が撤退したすぐ後に、その姿を消した。
アイビス小隊の四人は、今回得られた戦闘データを元手に敵巨大兵器の対抗手段を見つけるべく、知恵を絞っている真っ只中だった。が、その登場時のインパクトの強さから、議題は所属不明機の方に傾いていた。
「うーん……この機体の装備、どっかで見たことある気がするんだよね」
映像を確認しながら、レンは頬に指を当てる。だが、どこで見たのかまでは流石に思い出せないらしい。
シルヴィアも思い出したらすぐに知らせて欲しい旨の言葉を投げかける。
「今回はこちらを助けてくれたけど、あの機体の今後の動き次第では、同盟軍対テロ国家という構図で地盤が固まりつつあったこの状況がひっくり返される可能性もあるわね」
シルヴィアの危惧はもっともだった。あの所属不明機は、識別信号を発信していなかった。つまり、自らの所属を自分で伏せているのだ。敵か味方かも理解らず、目的も定かではない戦力の存在は、戦場での不安要素を増大させかねない。
早急に、正体を探る必要があった。
「でも、どうしてあの機体の槍は、敵の慣性制御フィールドを突き破ることができたんでしょう」
シオンがまた別の角度から疑問を投げかけた。あの機体の大槍は、強襲機動骨格の身の丈に迫るほどに大きい。しかし、強襲機動骨格のスヴァローグ・ドライヴが発生させられる慣性制御フィールドの規模は、核となるクリスタルのサイズもあって限界がある。対する巨大兵器側は大型のクリスタルを相応の規模のドライヴに搭載し、それを複数稼働させることであの巨体を保ちつつ、鉄壁の防御を誇っているのだろうことは想像に難くない。この不利を、あの機体はどのように覆したのか、謎は尽きない。
頭を悩ませるシオンたちだったが、そんな中でレイフォードが突然手を挙げる。
「ちょっと待て。何もフィールドを突き破ったのはあの不明機だけじゃないぞ」
彼の言葉に、「そう言えば」とシルヴィアはぽん、と手を叩く。そう、あの時、あの戦場で、シルヴィアは確かに敵の装甲にナイフを突き立てていたのだ。
「何なにナニ? つまりどういうコト?」
「突く。つまり慣性制御フィールドの負荷を一点に集約させることで、敵の防御を突き破れるかもしれないってこと」
レンが頭の上に「?」マークを浮かべているような顔をしているのを見て、シオンが説明する。
「全く、バリアの一点突破とかまるで日本の漫画やアニメの世界だな」
「それを言ったら、レイフォードも美女三人に囲まれてちょっとしたラノベ主人公みたいじゃない?」
レイフォードの言葉に、レンが茶々を入れる。
「うるせえ。俺はお前らみたいなお子様に興味はない。それに自分から美女って言うのも、どうかと思うぞ」
レンが肘で自分の脇腹を小突くのを止めつつ、レイフォードは反論する。
だが、これで敵巨大兵器の攻略法に目処が立ったのは間違いない。
「OK、それじゃあ次に遭遇した時のことを想定して、作戦プランを練り上げましょう」
シルヴィアの号令に、皆は口を揃え、「了解」と応えた。
そんな中で、シオンはあの所属不明機の存在にちょっとした気がかりを覚えていた。あの機体は戦闘時に左肩を震えさせていた。あの癖は、義肢を使用しているパイロット特有の物だ。そして、あの機体は慣性制御装置を搭載している。
そこから導き出される可能性、それは……。
だが、それはシオンの希望的観測に過ぎない。それに、あの男は彼女たちの目の前で命を落とした。死体こそ見つかっていないが、あの状況で生き残っている可能性は万に一つもない。
だが、それでもシオンは、あの所属不明機のパイロットがエイブラハム・ユダ・ウィリアムズであって欲しいと思わずにはいられなかった。