41.Unknown
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メガフロートへの攻撃勧告を終え三十分。デリスはルサウカをメガフロートに進軍させた。
住民を避難させる猶予を与えていたとは言え、デリスは本来なら自分が守るべき対象としていた筈の街を焼き払うことに胸を痛める。だが、「何でこんなことになってしまったのか」と考えつつも、同時に「こうしなければこの国の改善を望めない」という使命感がデリスの胸中を支配していた。
四年もの間、外界から隔離されてきた反動というものもあるが、彼の目には、今のドルネクロネがひどく歪に見えて仕方がなかった。故に、彼は使えるものは何であろうと使い、この歪みを是正しようとしているのだ。
しかし、彼のその行動を阻むため、ルサウカの眼前には同盟軍のタルボシュ部隊が立ちはだかる。
「よし、攻撃用意」
デリスはそう言って、火器管制担当に武器の使用を命じた。
ルサウカはその巨体ゆえに火器管制、機体制御、そして機長の三人によるオペレーションが必要不可欠だった。一人乗りで性能を発揮できる強襲機動骨格とは違い、その運用形態は戦車に近い。
頭部ランチャーが展開し、ミサイルが六発発射される。同盟軍部隊は当然、これを迎撃するために火砲を放つが、その隙に随伴していた強襲揚陸挺をメガフロートへ上陸させ、ヘルム、クドラクからなる混成部隊を同盟軍部隊にけしかけた。
「上空より敵キーヴル級が接近。ミサイル来ます」
「迎撃。CIWS起動」
機体各部に搭載されたCIWSから火線が放たれ、夜の闇に曳光弾の光が軌跡を引く。キーヴル級から放たれたミサイルが、空中で大輪の華を咲かせ散っていった。
だが、それは揺動。本命は、その隙に敵艦から降下した強襲機動骨格部隊だ。
その機影を見逃さなかったデリスは、すぐに直掩のヴォジャノイ部隊にこれの迎撃を命じ、さらに先行していた部隊の一部を反転させる。ルサウカの火力と、反転させた部隊で敵を挟撃する。それがデリスの意図するところだった。
ルサウカの巨体が、メガフロートの人工の大地に降り立った。
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シオンはメインストリートを侵攻する敵巨大兵器の懐に入り込むべく、市街地を駆け抜けていた。
左側のカウンターブレイドを抜刀し、眼前に現れたヴォジャノイに接近戦を仕掛ける。マシンガンで敵の動きを牽制し、振るわれる剛腕を掻い潜り、ブレイドを一閃。十分に加速の乗った状態で振るわれた大剣は、ヴォジャノイの重装甲を砕くだけの威力を発揮してくれていた。
上下半身が分断され、戦闘力を喪失した敵機を尻目に、シオンは次の敵に狙いを定め、刃を振るいながらさらに敵陣の奥深くへと入り込む。
「行政府の制圧に向かった敵部隊の一部をこちらに向けるなんて……」
次の瞬間、巨大兵器の頭部ランチャーからミサイルが放たれ、シオンと、その反対側から敵に接近を試みていたシルヴィアにその弾頭が迫る。シオンはそれをチェーンガンで撃ち落とし、敵巨大兵器との距離を一気に詰める。
対する敵巨大兵器は接近するダンピールⅡを迎撃するべく、頭部コンテナからドローンを射出。だが、ドローンの攻撃が始まる前にレンの援護射撃がこれを撃ち落とし、道を作った。
レンに短く礼を述べながら、シオンはカウンターブレイドを大きく振りかぶる。敵はダンピールⅡの行く手にその巨腕を振るうが、シオンはそれを回避することなく、そのまま刃を振り下ろした。
腕の一本。斬り落とせば敵の戦力は削がれ、そのぶん接近戦がしやすくなる。そう考えての斬撃だった。
装甲と刃が触れようとした瞬間、両者の慣性制御フィールドが干渉しあい、まばゆい光がシャワーとなってあたり一面を照らす。
「硬……ッ!」
だが、生半可な攻撃では、その血色の装甲は断ち斬れない。ダンピールⅡは刃を弾かれ、無防備な懐を晒す。
これだけのサイズの巨体を駆動させる高出力スヴァローグ・ドライヴを備え、その上慣性制御装置まで用いているのだ。敵側にとって、ダンピールⅡの運動エネルギーを相殺することなど、容易いことだったのだろう。ヴォジャノイの胴体を断ち斬ったのと同じ要領でダメージを与えられると考えていたシオンにとって、この結果は予想外だった。
隙を突かれ、もう片方の巨腕がダンピールⅡへと迫る。シオンは慣性制御装置でそれを防ごうとするが、慣性制御フィールドの拮抗は長く続かず、シオンはそのままメガフロートの床面に叩きつけられる。
『シオン、無事?』
「なんとか。左腕の装甲、少しひしゃげたけど」
レンの心配する声にそう応えると、シオンは機体を立ち直らせ、再び武器を取る。装甲にはダメージを受けたものの、動かすぶんには問題ない。
だが、ダンピールⅡの墜落地点にすぐに敵が押し寄せてくる。シオンはマシンガンを構え、迎撃戦に移る。
ビルを障害物にしつつ、接近してくる敵との銃撃戦を繰り広げる中で巨大兵器の方に視線を向けると、シオンに遅れる形でシルヴィアも攻撃を行っていた。しかし、結果はシオンの時と同じく慣性制御フィールドに阻まれてしまう。悪あがきとまでにシルヴィアは敵の装甲にナイフを突き立てるが、慣性制御フィールドの干渉もあって装甲に切っ先を突き刺す以上の成果は得られず、その刀身も砕かれてしまう。
『駄目か!』
シルヴィアは毒づきながらすぐに後退を決意。彼女の離脱を支援するためにレンとレイフォードも援護射撃を加えるものの、放たれた弾丸は装甲に着弾する前にベクトルを書き換えられ、明後日の方向に軌道を逸らされる。どころか、狙撃地点が即座に把握され、ミサイルの雨が二人の居た場所に降り注ぐ。
敵巨大兵器はさらに頭部コンテナからドローンを追加で射出し、その防御を硬めながら市街地を進んでいく。
艦艇では押し入ることができない市街地や拠点に侵攻し、そのパワーと火力を叩きつけるその様相は、まさに鉄壁の移動要塞だ。随伴機の戦力が整えば、さらにその堅固さは増大する。
『八方塞がりね』
珍しく、シルヴィアが弱気な姿勢を見せる。強襲機動骨格の火器でダメージを与えられない相手を、どのように突破すればいいのか妙案が浮かばない。
そもそも、アイビス小隊の中で最も破壊力に秀でた武器は、ダンピールⅡのカウンターブレイドだ。最初にこれが通らなかった時点で、すでに打つ手が無いと言われたようなものだった。
加えて、問題となるのは敵の戦力の多さだ。シルヴィアたちは敵に接近するまでに弾薬を消費しすぎた。再び敵陣を突破するにしても、現状の火力であの数をどうにかするのは難しい。
作戦継続が望めないのであれば、撤退も視野に入れなければならない。明確な敗北感を感じつつ、シオンたちはそれに従うしかなかった。
だが、敵巨大兵器はそれを見逃す様子はない。撤退を開始したシオンたちに狙いを付けると、随伴のヴォジャノイとドローンをけしかけ、またたく間に包囲網を作りその移動経路を塞ぐ。
ここまでか。そう思った瞬間、「何か」が上空から落下し、巨大兵器頭部に直撃した。
「何?!」
シオンが機体のセンサーを巨大兵器の頭部に向ける。ダンピールⅡのモニターには、継ぎ接ぎだらけの装甲を纏った強襲機動骨格が、手にした大槍を敵巨大兵器の頭に突き立てる様子が映し出されていた。




