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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
開戦
39/84

39.Declaration of war

 ワイバーンのブリーフィングルームでは、アイビス小隊が得た情報を元に、今後の行動が検討されていた。

 軍事演習に参加していた他の艦は、周辺海域の閉鎖任務を受領しているが、ワイバーンのみその任を受けず、ドルネクロネ領土内での諜報任務を行うように情報部から打診されていた。


「まったく、パイロットにスパイの真似事はあまりさせないで欲しいっすよ」

「それは同感」


 レイフォードの言葉にシオンが頷き、ワカナ艦長は「今度からはパイロットとしての任務に従事できるよう働きかけておくよ」と言って二人をなだめた。


「それで、ターゲットの存在ですが」


 シルヴィアはそう言って、モニターに一枚の画像を表示する。

 車椅子を押す黒服の男……ヴィランの姿を遠くから収めた写真がそこに映し出された。生憎と両者の顔は映っていないが、その身なりは明らかに目立つものだ。


「あの記者の撮った写真か」

「はい。身元が確認されるまで、一応艦の保安部の方で身柄を確保させてもらっています」


 話の腰を折ってしまったことを謝罪しつつ、軌道修正。再び写真について語りだす。


「それで、この写真なのですが、黒服の男はヴィラン、そして車椅子の老人がレクスンで間違いないと見ています」


 レクスンは前紛争で第三国に亡命する際、負傷により半身不随となったと言われていた。それについては情報部から提供された資料にも記載があり、頭髪の色や背格好からも、本人であると裏付けは取れるだろう。

 モニターが切り替わり、次に都市を占拠している部隊の様子が表示される。


「次に、敵の戦力ですが、判明している限りクドラクが十二機、ヘルム四十八機といったところです」

「よくそれだけ運び入れられましたね。いつぞやの第四十二メガフロートの時と同じ手段ですか?」


 ワカナ艦長の隣に立つ副長が、口を開いた。

 パーツ毎に分解した機体を運び入れ、現地で組み立てて秘匿する。だが、その方法で数を揃えるには、莫大な時間と手間が必要だ。


「それもありますが、敵戦力の大半は軍縮に伴い海外に輸出される予定だったヘルムをそのまま徴用しているようです」

「お役御免になった兵器がそのまま国に牙を剥くって、中々皮肉な結果ですわ」


 レイフォードの言葉とともに、画像が切り替わり輸送船のコンテナから運び出されるヘルムの姿が映し出される。

 第三世代への機種転換が始まったばかりとは言え、旧式の第一世代は未だ数が多く安価だ。性能こそ現行機種に劣るものの、調達も操縦も容易となれば、使わない手はないのも理解できる。

 そして、最大の問題は頭数と活動拠点を得たレクスンとその背後にいるヴィランが、今後どのような動きを見せるか、だ。


「いっそ向こうが大きく動く前に叩いちまいますか」


 レイフォードはそう言うが、その場に揃ったメンバー全員の目は冷ややかだ。


「市街には民間人もいる。迂闊な行動で彼らに危害が及んだらそれこそ我々が批難を浴びることになる」


 グレイが皆の意見を代弁し、レイフォードはすぐにそれを聞き入れ、自分の発言の浅はかさを反省する。


「向こうが市街地に展開しているのも、こちらに手を出させない為のもの、か」

「可能性はあるでしょう。目的は恐らく時間稼ぎではないかと」


 情報の整理とともに会議は進むが、その最中、ブリーフィングルームの通信端末にオペレーターが火急の要件を伝えに来る。


『ワカナ艦長……!』

「どうした」

『レクスンが動きました。宣戦布告です』


 その言葉に、その場にいた全員が「遅かったか」と思考を同じくした。


『……であるならば、市民の怒りの代弁者として再び私が剣を振るうのも、当然の摂理であると認識願いたい』


 モニターに映った老人は、愚策を続けたドルネクロネへの怒りを、その表情(かお)と言葉、そして仕草を以って顕にしていた。

 その所作の一つ一つは人心を動かすために計算され尽くされており、言葉の抑揚に合わせて腕をふる動きと表情の険しさを巧みに切り替えた演説は、各地の暴徒たちを囃し立てるには十分な威力を発揮していた。


『……故に私はここに正統ドルネクロネの建国を宣言し、旧ドルネクロネに対し宣戦を布告することを宣言いたします!』


 演説のボルテージが最高潮に達したところで、本題である宣戦布告と新国家建国宣言。

 この演説が成されて以降、世界中の注目はドルネクロネの動向に集約されたと言っても過言ではなかった。

 当然ながら、正統ドルネクロネは周辺諸国は元よりドルネクロネからも国家として承認されていない。いくら体裁を取り繕うとも、彼らは社会的に見ればトゥール島を占拠するただのテロリストに過ぎず、ドルネクロネは環太平洋同盟軍にこれの鎮圧を要請。同盟軍もすぐに部隊の追加派遣を決定した。


「くそっ、この状況もヴィランの掌の上かよ」


 待機室の壁に拳を打ち付けながら、レイフォードは毒づいた。宣戦布告から三日。テレビやネットは連日この演説の話題で持ちきりだ。


「でも、これで余計にヴィランの目的が見えなくなってきた」


 毒づくレイフォードを尻目に、シオンはそう言ってベンチに座り頬杖をつく。

 確かにヴィランの一味はドルネクロネにレクスンを送り届け、今の状況を作り出した。だが、強奪したクォーツの技術を使った兵器の姿は未だに見られない。レイフォードが乗ることになったカスチェイも、慣性制御装置(エリミネーター)が搭載できる余地はあるものの、装置そのものは取り付けられていなかった。

 行動と行動が、それぞれ別体化していて全体像が掴めない。

 戦争を起こし、そのタイミングで慣性制御技術を売り込むという線も考えられるが、シオンはあの男が単なる金儲けのために動くようには思えなかった。


「確かに、トゥールには慣性制御装置(エリミネーター)を搭載した機体の姿はなかったな」


 偵察時の状況を思い出し、レイフォードは思案する。

 開発に難航しているのかという考えもできたが、それではヴィランが乗っていたヴコドラクの存在に説明がつかない。


「そもそも、あの男の本来の目的は何?何のためにテロや紛争を引き起こしているの?」


 それを答えられる人間は、少なくともここにはいない。恐らくヴィラン側の陣営であっても、彼の行動の全てを把握している者はほんの一握りだろう。

 それほどまでに、ヴィラン個人に繋がる情報は限られていた。


 トゥール市での宣戦布告から四日が過ぎた。

 正統ドルネクロネはトゥール島に隣接するフェアザ、クニー、スーター、ハンドリンクの四島を制圧。ドルネクロネの領土の四分の一を手中に収めていた。宣戦布告を契機に、各島に潜伏していた部隊が一斉に行動を開始した結果だ。

 トゥール市の動向に目を向け過ぎていた同盟軍はこの失態を重く見ると同時に、五島周辺の海域を封鎖。これ以上の進行を食い止めるべく行動していた。


「敵影確認、形状からヘルム三機と断定」


 正統ドルネクロネの支配領域となったスーター島にかかる橋の警備任務に就いていたタルボシュ二個小隊が、敵部隊の存在を感知しその迎撃の為に武器を構えた。

 敵の戦力は大したことはないが、支配領域内の軍事施設から接収した兵器類で日に日に戦力強化を図っている。加えてフェアザ、スーターの二島は国内有数の工業地帯だ。設計図と資材さえあれば、二日や三日でその生産能力を兵器生産に向けることも容易だろう。敵の戦力増強を食い止めるためにも、この二つの島の奪還は、同盟軍の目下の最優先事項となっていた。


「敵、攻撃行動を確認。これより迎撃に移ります」

『了解。旧式だからといって気を抜くなよ』


 敵部隊を迎え撃つべくタルボシュ各機は橋の前に展開し、ヘルムを迎撃するべくライフルを構えた。前衛のヘルム一機が突出し、手にしたコンテナを放り投げる。コンテナが投擲されると外壁がパージされ、中からドローンが姿を表す。

 コンテナ一つにつき、ドローンが三機。それが合計で九機。数の不利を補うために、テロリストが使用する小型の戦闘用ドローンだ。個々の戦闘力は大したことないものの、使い方によっては大きな脅威になりかねない。特にドローンに爆弾を抱えさせ、自爆攻撃を行わせる場合は厄介だった。

 そんなことはさせるか、とタルボシュ部隊はまずドローンの迎撃に専念する。だが、本命は彼らが守る背後から現れる。

 ドローンをあらかた片付け終えた途端、背後で守るべき橋が突然海中に没した。何事かと思った途端、海中から発射されたミサイルがタルボシュを襲った。

 何が起きたのか。パイロットの一人がひしゃげたコクピットの中、辛うじて生きていたモニターに映し出された「それ」を見て恐怖に慄く。


「ば、バケモノか……」


 次の瞬間、「それ」は強襲機動骨格(アサルト・フレーム)を凌駕する質量を以って、まだ息のあるタルボシュを押し潰した。

 それは巨大な腕と頭を備え、タルボシュの三倍もの巨体を誇る巨大兵器。

 前代未聞の、新機軸の兵器が、そこに存在していた。

○ドルネクロネの地勢

 ドルネクロネは隕石災害時に形成されたクレーターを中心に円形に隆起した島々から成り立っている。ドイツ語で「茨の冠」を示す国名の通り、それぞれの島には大小様々な山がそそり立っている。

 山岳地帯はいずれも傾斜が高く居住に向かない環境であるため、主要都市の大半は沿岸部かメガフロートに設置されている。島と島は橋とメガフロートによって連結されており、そこを中心に構築された交通網が国内の物流を支えている。

 山岳部には資源採掘用の採掘基地が建造され、そこから掘り出された資源を各工業都市で加工し、トゥール市を通じて諸外国へ輸出される

 中心部のクレーターにはスヴァローグ・クリスタルをサルベージするメガフロートが建造されており、そのメガフロートに隣接するセントム島に首都が置かれている。

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