36.Ignition
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グレイとの模擬戦での損傷を修復したダンピールは、背部ユニットを換装され、また別の機体に生まれ変わっていた。
新たに装備された背部ユニットは、ブースターと冷却装置が小型化され、側面にウェポンマウントが追加されている。
「何、この装備?」
「ダンピールで使ってたブースターユニットの代替だそうです。スペックはタブレットに記載されているんで、改修作業を終えたらテストをお願いします」
「簡単に言ってくれるじゃない」
そう言って、シオンはトウガから手渡されたタブレットに目を通す。外見上はやや頼り無さそうに見えるが、スペックノートによればブースター自体の性能はほぼ据え置きだという。技術進歩によって内部構造が洗練され、小型・効率化が進んでいる証拠だ。
データ上では頭部センサーも変更され、つま先にも格闘戦を想定したブレードが取り付けられるなどの改修が施される予定らしいが、そのデザインはどこか凶悪な感じがしてならない。
タブレットのデータではこの仕様をして「ダンピールⅡ」と名付けられており、トウガはこれをダンピールのバージョン2として扱っている様子だった。
トウガはシオンたちと合流してからもダンピールの整備を買って出てくれていたが、シオンの感じた限りでは、トウガはダンピールに理想の機体を重ねているように思えてならなかった。
「あ、色も変えるんだ……」
データを読み進めると、ダンピールの機体カラーの変更も改修スケジュールの内に入っていた。これでダンピールに付きまとっていた「その場しのぎ」や「ツギハギ」といった印象が、やっと払拭されることになるらしい。
だがシオンにとしてはダンピールのカラーリングに思う所があり、データに一通り目を通した後、トウガに対して口を開いた。
「ねえ、この機体のカラーリングなんだけど」
「何か、ご注文でも?」
トウガの返答に、シオンは一瞬だけ考え込むが、すぐに思ったことを言葉に紡ぐ。
「ええ、左腕は地色のままにしておいてほしいと思って」
その言葉にトウガは眉をひそめるが、シオンの寂しそうな顔を見て、すぐにその理由を察した。
「理解りました。それじゃあ明日までには仕上げておきます」
シオンに一礼し、トウガはダンピールの整備に戻る。エイブラハムのことを忘れたくないのは、トウガも同じだった。
○
軍事演習が開始されたのと時を同じくして、ドルネクロネ国内では不穏な動きが確認されていた。
各地では様々な理由でデモが多発し、警察や軍はこの対応に追われていたのだ。特に軍の動きは散漫で、軍縮によって各地に割り振れるリソースが少なかったこともあり、事態の沈静化に長い時間を要していた。
デモの理由の大半を占めたのが、現ドルネクロネ政権への不満だ。
周辺国に紛争という形で武力を振りかざしたという「負い目」があるとは言え、それを理由に周辺国の圧力に屈し、結果として極端な統制社会を作り上げたことへの不満。
他国の圧力は資源輸出にも影響し、本来なら相応の価格で取り引きされるはずの戦略物資すら、安く買い叩かれる現状への憂い。
そして、それらのしわ寄せを軍縮によって著しく弱体化した軍部になすりつけるだけで現状打破を行わない政府への憤りと、唯一対等な交易を行っていた第十三メガフロートがテロで甚大な被害を被ったことに対する嘆き。
確かにドルネクロネ紛争は五年前に終結した。しかし、紛争の残り香は未だに燻っている。ヴィラン・イーヴル・ラフが眼下に眺める光景も、その一つだ。
若者たちが群れを成し、各々の主張を書き殴ったプラカードを掲げながら行進を続ける姿を、ヴィランはビルの屋上から見下ろしていた。
「現政権は五年前となんら変わっていない!」
「規制緩和!規制緩和!!」
「国民に自由を!」
「経済侵略に屈するな!」
デモは時間とともに激しさを増し、一人、また一人と参加する者が増えていく。
やがて膨大な数に膨れ上がった彼らを抑え込むために機動隊が投入され、正面衝突に発展する。
首都の中心付近、それも白昼に行われているこの騒動は、ヴィランにとって都合の良いシチュエーションだ。
「アイ、お願いします」
『了解しました』
アイに指示を出し、ヴィランはオペラグラスを片手に状況を静観する。中でも、特に激しく暴れる男に注視していると、何処かから放たれた弾丸が、彼の胸を貫いた。
銃声とともに倒れ込む男。一瞬の静寂がその場を支配したと思ったら、デモの参加者たちは何が起きたかを理解し、声を上げた。
「お前たちがやったのか!!」
「報復だ、報復だ!」
デモの参加者が射殺され、デモ参加者の怒りは頂点に達した。無論、手を下したのはヴィランの差し向けたサウザンド・アイであり、その場にいた機動隊は銃火器類を一切所持していない。
だが、それを弁明したところで、それに耳を傾ける者はこの場に居なかった。一度火がついた怒りの炎は、そう簡単に消すことはできない。
デモの参加者たちは、一発の銃弾を切っ掛けに、憎悪と怒りの限りに暴走を繰り返す暴徒となった。
その様子を見下し、ヴィランは不気味に頬を釣り上げた。
○
暴動はすぐにドルネクロネ全土に飛び火し、軍はそれに対応するべく各地に部隊を派遣するが、連日の治安出動に軍は疲弊し、その士気は目に見えて低い。それを補うべく、政府は環太平洋同盟軍に協力を仰ぎ、同盟もそれを承認した。
「やっぱり、こうなるのね」
モニターの向こうで繰り広げられる暴動のニュースに、シルヴィアは頭を抱える。
ドルネクロネで何かあったらすぐに向かうように上から言われてはいたが、まさかこのようなことになろうとは。
「だが、同盟側がもっとも危惧しているのは、レクスン・イン・スーが民衆の支持を得て反体制勢力を作り上げることだ。一度は国外逃亡によって後ろ建てを全て失ったとは言え、あの老人の人心掌握術は本物だからな」
ワイバーンのキャプテンシートに座るワカナ艦長の言葉に、シルヴィアは首を縦に振る。
今のドルネクロネの情勢を鑑みれば、国民はすぐにレクスンの口車に乗せられてしまうことは想像に難くない。さらに、そこにヴィランのコネクションが加わったらどうなるか。
「最悪の場合は五年前のような地獄が繰り返されるかもしれません」
それは、ワカナ艦長にとっても、シルヴィアにとっても実現してほしくない事態だ。
レクスンは戦時中、国際条約を蔑ろにし、反逆者の処刑のみならず反抗勢力の虐殺すら命じてみせた冷酷な男だ。そんな男が再び権力を手にしたら、それこそあの戦いで勝ち取ったものが無意味になる。
「情報部も既にレクスンの身柄確保のために動いていると聞く。我々の目下の任務は暴動を鎮圧しつつ、その行動をサポートすることにある」
「問題は標的がどこにいるか、ですけど」
「それも、もう当たりは付けてあるよ」
その言葉とともに、アネット少佐が艦橋に入って来た。ワカナ艦長とシルヴィアは口を揃えて少佐に「それは?」と聞く。
「ドルネクロネ最大の商業都市、トゥール市だ。奴の行動基準を考えると、首都でいきなり蜂起というのはありえないからな」
前回の武装蜂起でも、レクスンは自分の派閥を首都から遠く離れた場所で同時多発敵に蜂起させ、そこから首都まで練り歩くように移動して各部隊を合流させつつ、行く先々で支持者を募ってきた。
当時は周辺諸国の不安定な社会情勢と徹底した根回しもあって軍内部に支持者がごまんといたが、彼らを裏切って第三国に亡命した今のレクスンにはそういった後ろ盾がない。だからこそ、ドルネクロネでも有数の巨大都市であるトゥールで市民を扇動し、彼らを自分の勢力に取り込むのではないか、とアネット少佐は見ていた。
だが、この一件にヴィランが関わっているとするのなら、そう簡単に事が進むはずがない。
二手、三手先の状況に進んでいる可能性を考慮しつつ、ワカナ艦長は今後の作戦計画の修正に入った。
○タルボシュⅡ・スナイプ
タルボシュⅡのスナイパー仕様。主な装備変更点はクォーツ・スナイプとほぼ同じ。
運用時の取り回しを考慮して胸部兵装ステーションに簡易マニピュレータが装備され、これを武装の懸架に用いている。スナイパーライフルも折りたたみ機構を併用しここに装備することで運搬の簡便化を図っている。