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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
ドルネクロネ
35/84

35.The man who has returned

 ドルネクロネ近海の無人島で、同盟軍による軍事演習が始まった。

 アイビス小隊は島の南側に部隊を展開し、対戦相手の部隊を待ち構える。島の南側は山岳地帯になっており、進行する敵部隊を俯瞰するには最高の立地だった。

 レイフォードとレンは山の斜面に機体を隠して相手の出方を伺い、シルヴィアとシオンは麓の守りを固める。


『シオン、ダンピールの調子はどうかしら?』


シルヴィアからの通信。シオンの機体は演習開始前に無事完成し、再びダンピールと名付けられた。


「前と変わらない感じで動かせます。ほら、この通り」


 そう言って、シオンはダンピールの右腕を一回転させてみせ、シルヴィアも「なら問題ないわね」と笑みを浮かべた。

 が、それでも不安だという意見を言う隊員が一人いた。レンだ。


「あまり自分の機体を過信しない方がいいよ。なんたって向こうにはグレイ少尉がいるからね」


 グレイ・トランシルヴァ。レンと同じく次世代試験部隊出身のパイロット。ニュー・サンディエゴでの戦闘で負傷し、一度病院送りとなったが、無事に復帰できたらしい。

 彼の手強さは、その場にいる全員がよく知っている。

 こちらの癖を的確に読み取り、接近戦でその隙を突く。その腕前たるや、シオンやレイフォードはおろか、シルヴィアすら苦戦させたほどだった。


『敵部隊、接近確認!』


 レイフォードがグレイの部隊を捕捉する。それに合わせ、シルヴィアはシオンを伴い先行する一機を迎え撃った。

 相手側も、アイビス小隊と同じタルボシュⅡの四機一小隊編成。ただし、向こうは三個小隊が三方から攻めてくる。

 今回の演習は、山岳地帯に籠城したテロリストの制圧という筋書き(シチュエーション)の下で進行しており、シオンたちの役割はそのテロリスト役だ。

 とは言え、十二対四という数の不利は否めない。


『っていうか、何で僕らがテロリスト役なのさ』


 レンが不満を口にしながら、相手部隊の行動を牽制する。


『文句言わない。仮想敵(アグレッサー)役も、傭兵の仕事の一環よ』


 レンを嗜めつつ、シルヴィアは岩陰に隠れながら索敵し、シオンにハンドサインを送る。岩の向こうに敵機がいる、先行して仕掛けるから援護せよ、とのことだった。

 機体を前進させ、シルヴィアは相手部隊のタルボシュⅡの前に躍り出る。それにひと呼吸遅れる形で、シオンもシルヴィアの背中を追った。

 タルボシュⅡ・ターボの左肩からナイフを抜き、持ち前の機動力でタルボシュⅡの背後を取るとその切っ先を背中に突き立てる。

 ナイフには模擬戦用のカバーが取り付けられており、機体の模擬戦用プログラムもあって実際に装甲を貫くことはないが、これで撃墜判定を貰った機体は機体挙動を制限され、その場で停止するように設定されていた。


『まず一つ』


 そう言って、シルヴィアは次の敵に標的を定める。シオンはシルヴィアの接近を拒もうと銃を向けるタルボシュⅡの行動を阻害するべく、マシンガンを斉射。だが、眼前のタルボシュⅡはそれを回避し、腰のブレードを抜き放つとダンピールに接近戦を仕掛ける。


「こいつ……!」


 太刀筋からこの機体がグレイの機体かと確信し、シオンもナイフを鞘から抜くと迫り来るブレードを受け止めた。


『シオン……!』

「ここは私が抑えます、隊長は他に向かって下さい」


 つばぜり合いに持ち込みつつ、シオンはシルヴィアに言う。相手のエースパイロットを押さえ込めば、多少は模擬戦の展開にも余裕が出るだろうと考えてのことだ。


『お嬢ちゃん、筋がいいな』

「機体の性能のお陰でしょ」


 グレイからの通信。シオンはそれを自分に対する評価と受け止めつつ、推進力を膂力に上乗せしてブレードを押し返す。が、シオンは相手の刃に気を取られ、グレイ機の放った足払いに気付かなかった。姿勢を崩し、機体を転倒させそうになるものの、なんとか踏ん張りを付け、シオンはグレイの方へと向き直る。


『ハハハッ、思っていたより隙だらけだなぁ』


 通信機から、グレイの笑い声。

 シオンは頭に血が登り、グレイ機に向けてナイフを振り回した。グレイも、それに応えるように剣を振るう。

 刃を交える最中、同じ接近戦でも傷の部隊(スカー・フェイスズ)のサイゾーとはスタンスも間合いも違うものだと、シオンはあの時のことを頭に思い浮かべた。

 サイゾー機は斬撃に拘りブレードを複数装備した上で機体の脚そのものも刃としていたが、グレイの方は格闘術も交えて戦闘を優位に進めている。クォーツの試験の時にはまるで気付かなかったが、今ではその動きを理解できるようになっていた。

 刃をと刃がぶつかり合い、シオンがそれを押し切ろうとするとすかさず拳か脚でそれを制する。


「やり口が見えてきた」


 そう言って、シオンは再びグレイとのつばぜり合いに望む。

 案の定、グレイの刃を押し切ろうとした途端、左の拳がダンピールに迫る。が、シオンは相手の拳に拳で応えた。

 マニピュレータを保護する慣性制御フィールドが干渉しあい、お互いに突き出された拳が弾き飛ばされる。その瞬間を見計らい、シオンはダンピールの頭部チェーンガンのトリガーを引く。

 勝った。

 そう思った矢先、グレイは機体の上体を捻らせ、その一撃を回避していた。

 避けられたと思考するよりも早く、シオンは再びナイフを突き出すが、次の瞬間グレイはタルボシュⅡに握らせたブレードを放り、ダンピールの突き出された腕を掴む。そして、そのまま柔術の要領で放り投げた。


「せ、背負い投げ?!」


 驚愕しながらも、シオンは慣性制御でその衝撃を和らげ、ダメージを最小限に留める。

 ダンピールの巨体が大地に伏し、立ち上がろうとした瞬間。そこにタルボシュⅡの刃が突き立てられた。


 負けた。

 強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の戦闘で、柔術をかけられての敗北。改めて、技量の差というものを実感させられた。

 演習はシオンが撃墜判定を受けたことで戦力バランスはまたたく間に崩壊し、三十分たらずで敗北を喫した。

 レンはもう少しくらい粘れたはずなのにと悔しがっていたが、相手も先行量産型のタルボシュⅡを率いているだけあって手練揃いだ。そう簡単にはいかない。

 何より、一番悔しかったのは最初に倒されたシオンの方だ。


「あー、どうやったらあんな風に機体を動かせるの!」


 大地に手足を投げ出し、空を見上げながら叫ぶ。強襲機動骨格(アサルト・フレーム)は人の形をした兵器ではあるものの、操縦桿という機械制御を介している関係上、人間の動きを完全にトレースするだけの柔軟性は持たない。動作システムのサポートによって、限りなく人に近い動きを再現しているだけだ。

 だが、グレイ・トランシルヴァという男は違う。戦闘データを確認したところ、あの時のタルボシュⅡの動作パターンは人間が行う一本背負いのそれを完全に再現していた。

 自分の未熟さを実感しつつ、シオンは改めて世界の広さを知る。


「……強くなろう。もう二度と、大事なものが手からこぼれ落ちないようにするために」


 その言葉を胸に、シオンは身体を起こして立ち上がる。視線の先には、ハンガーに収められたダンピールの姿。演習での損傷が思いの外大きかったため、背部ユニットは取り外され、修理作業が行われている。

 シオンは愛機に手を伸ばし、開いていた掌をぎゅっ、と握った。

○カスチェイ(レイフォード機)

 鹵獲したアイスマンのカスチェイを解体・解析の上で再構築した機体。

 パイロットの趣向で施されていた特殊シーリングやステルス塗料等は解析時に取り除かれ、補給パーツをクドラクの物で代用して機体性能と引き換えに可動効率を向上させている。

 鹵獲クドラクと同じルートでレイフォードの機体として手配され、レポート提出と引き換えに彼の乗機となった。カラーリングも白とオレンジと、鹵獲クドラクと同様。

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