33.Dornen krone
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強襲機動骨格が二機、人の居なくなって久しい廃墟を往く。
強襲機動骨格や人型作業重機の運用規格に合わせて整備されていない道路は、この二機が歩く度に、その行動の痕跡を刻んでいく。
周囲に敵の反応を認めると、二機は歩みを止め、警戒のために辺りを見回す。
ビルの合間からドローンが二機出現し、懸架されたチェーンガンを向ける。
強襲機動骨格の片割れがそれに気付くと、すかさずマシンガンの銃爪を引き、これを撃破。しかし、ドローンは四方から攻めてくる。
二機は背中を預けながら敵ドローンの数を減らしていく。
ドローンの攻撃が止むと、次に現れたのは多脚戦車。かつて強襲機動骨格と陸の覇者の座を争った旧兵器だ。
多脚戦車の主砲が二機に向けられ、砲弾が放たれる。誰もが直撃と思われたそれは、強襲機動骨格の眼前に発生した見えない壁のようなものに弾かれ、軌道を捻じ曲げられた。
主砲の再装填の隙を見逃さず、鉄の巨人の片割れはナイフを抜く。多脚戦車に肉薄し、そのコントロールブロックに向けて刃を突き立てた。
『訓練プログラム終了』
敵を撃破したのと同時に、廃墟の至るところに設置されたスピーカーから、訓練を終えるアナウンスが流された。
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エクイテス社に配備されたクォーツタイプ……タルボシュⅡの性能は、かつてクォーツを乗り回した経験のあるシオンとレンにとって、満足のいくものだった。
特にヒートシンクの改良をはじめ、冷却系全般に手が加わったのは大きい。この改良によって慣性制御時の発熱は前ほど気にならなくなり、稼働時間の延長にも繋がった。
トライアンドエラーの繰り返しと、そこから得られるデータの蓄積。そして義姉と義兄の遺したものの集大成。その二つを、シオンは機体の一挙手一投足に感じていた。
「いい機体ね、タルボシュⅡ」
「ええ。でもダンピールと比べると、物足りない気がするかな」
試運転を終え、機体から降りたシオンの言葉に、レンはすかさず「それは極端だから」と突っ込みを入れる。
しかし、シオンとしては強力な機体が必要だと感じているらしい。目の前でエイブラハムを喪った時、何もできなかった反動がここに来て表面化したようにも感じられた。
シオンはメーカーから出向してきた技術者にダンピールのデータを提示して同じ装備を取り付けられないかと聞いてみる。技術者は「運用試験用のパーツですね」と快くリストを探してくれた。
レンはその様子を見てあんぐりと口を開いた。
「できるんだ……」
一方で、一人だけタルボシュⅡではなくカスチェイを与えられたレイフォードは、合点のいかない顔で自分の機体を見上げていた。
「納得できねぇ」
この機体は、シオンが第十三メガフロートで撃破した機体を鹵獲改修した物だ。特殊装備を取り払い、損傷した部分も含めて汎用パーツに置き換えられている。元来の性能をある程度犠牲にしているが、運用性は向上したと言えるだろう。クドラクとパーツの互換性があったからこそできる改修だ。
この機体がレイフォードに預けられたのは、クドラクの運用で有用なレポートが提出されたからというのもある。しかし、実際はレイフォード自身の操縦特性が、慣性制御装置と相性が悪いことを考慮した結果だと言えた。
従来通りタルボシュやクドラクに乗るという選択肢もあったが、足並みが揃えられないようでは、部隊の運用に支障を来す。そうならないようタルボシュⅡに釣り合う機体を探した結果、鹵獲したカスチェイに白羽の矢が立った、ということらしい。
「ハワイでダンピールを操縦した時のデータが役に立ったんじゃない?」
そう言って、シオンもカスチェイを見上げる。同盟軍からのレポートでは、運用性を犠牲にして性能を追求した実験用の機体だと言われているが、傷の部隊はこの機体を少なくともあと五機は保有している。そして、その出処は……。
機体の背後関係を洗えば洗うほど、ヴィランの存在感が増してくる。いずれ、また戦場で相まみえることもあるだろう。シオンの手は、いつの間にか硬い拳を作っていた。
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「では問題です。今のドルネクロネは一体どのような状況でしょう?」
ふざけた態度で、ヴィラン・イーヴル・ラフが傷の部隊の面々に向かって質問した。否、この場合はクイズ、というべきだろう。
「どのようなも何も、軍事政権は解体。軍縮して平和な国になりましたって内外に積極的にアピールしまくってんじゃねーか」
そう言って、まず口を開いたのはフール・クラックション。だが、ヴィランはそれを聞くやいなや、「それは違います」と彼の解答に不正解の烙印を押す。
悔しがるフールを他所に、今度はボム・クラフターが手を上げる。
「戦後の平和主義が迷走して、社会的な歪を生み出している?」
ボムの解答に、ヴィランは彼を指差し「正解ッ!」と高らかに叫ぶ。その言葉にボムはご満悦といった顔を作るが、フールは「それが俺らの行動とどう関係あるんだよ」と、ヴィランに食って掛かる。
「いいですか、フールくん。平和主義、とりわけ反戦主義というのは意外にも制御が難しいものなんですよ。また戦争が起きるかもしれないという不安がそうさせるのでしょうけど、その不安を過剰なまでに凝縮させたのが、今のドルネクロネなんです」
ヴィランの解説に、フールは理解できないように首を捻る。が、そんな彼の様子を他所に、ヴィランは解説を続けた。
「反戦を掲げた政権はまず、戦争の手段を封じます。では戦争の手段と言えば、まず何を思い浮かべますか?」
「武器、だよな」
「そう、武器!ドルネクロネは紛争終結後、国内での武器製造を全面的に禁止し、急進的とも言える軍縮を遂行しました」
手を大きく広げ講釈を垂れるヴィランに対して、フールの表情は未だ理解できないという顔をする。
「武器も無い、軍隊もひょろい。攻め込まれたらひとたまりもないんなら、んなトコに喧嘩売って、俺らに得はあんのか?」
「いいえ、私たちがやるのは国に喧嘩を売ることではなく、市民への支援です」
「は?慈善事業でもするってか?」
ヴィランの言葉に、フール以外のメンバーも驚いた顔を見せるが、彼はそれをなだめて話を続けた。
「まあ、話は最後まで聞いてくださいよ。戦争再発を防ぐために、ドルネクロネ政府は軍縮を進める傍らで徹底した統制社会を作り上げたんですよね」
統制社会という単語に、今度は副長が食い付いた。
「戦後の和平条約を拡大解釈した、平和のための独裁か」
「そう。戦争に繋がるもの、想起させるものを禁じ、その結果人々の行動はもちろん、娯楽なんかも厳しく制限されます。当然、国民は不満を腹に抱えながら生活を送っています」
皮肉なものだ、と二人の会話を聞いていたサイゾーは今のドルネクロネの情勢を鼻で笑う。
戦争が嫌だからとそれを回避するための手段を講じた結果の左傾化。その現状に不満を持つ市民に、ヴィランが武器を与えればどうなるか、そんなものは想像するまでもない。
「なるほど、市民に武器を与えてまたクーデターを起こさせるってワケだなッ!!」
ここでようやくフールがヴィランの意図を理解して声を大にして叫ぶが、他のメンバーは今更気付いたのかという冷ややかな視線を彼に向ける。
「それで、あの爺もドルネクロネで役立ってもらう訳だな」
「レクスン大佐は火付け役ですよ。こういった記号は分かりやすいに限る」
そう言って、ヴィランはほくそ笑んで窓の外を見やった。
巨大なクレーターを有する島を中心に、円形に広がる島々が、視界の下に見える。島と島の間は橋のように構成されたフロートで連結されており、それぞれが島国でありながら陸の往来が可能になっていた。
ここがドルネクロネ共和国。ヴィランが目指すべき最終目的地だ。
○タルボシュⅡ
クォーツの試験運用データを基に開発されたタルボシュの後継機。先行量産機が三十機生産され、内三機をエクイテス社が購入。アイビス小隊に配備された。
クォーツ運用時の懸念事項であった慣性制御時の熱の発生を、ラジエータやヒートシンクの改良によってある程度抑制し、戦闘可能時間を延長させている。
強襲機動骨格による慣性制御は広く普及していないため、先行量産機はこれを浸透させ、運用ノウハウを構築するという目的もあった。
クォーツとは違い試験用のセンサーやデータロガーは取り外されているため、機体重量は僅かながらタルボシュⅡに分がある。