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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
ドルネクロネ
32/84

32.then

 シオンは、幼い日の夢をまた見るようになっていた。

 だが、再生される記憶は炎の中で激闘を繰り広げる強襲機動骨格(アサルト・フレーム)のそれではなく、燃え盛るショッピングモールから救出された時のもの。

 炎の中から助け出された少女の細い身体に、使い込まれたフライトジャケットがかけられた。

 

「あ、ありがとう……」


 振り向くと、大柄の男がいた。仮面の巨人……タルボシュを駆ってその場を収めたパイロットだ。


「いや、君を助けられてよかった」


 彼はそう告げると少女を抱きかかえ、担架に運ぶ。


「あの、これ……」


 担架に乗せられた少女は羽織っていたジャケットをパイロットの男に返そうとするが、彼は首を横に振る。


「今は君が持っているといい。お守りだよ」


 その言葉を残し、男はその場から立ち去った。

 少女は喧騒の中で恩人の姿を探そうと視線を巡らせる。が、彼の姿は既に人混みに消えていた。少女は、運ばれていく中でジャケットの裾をその小さな手でぎゅっと握る。不安が、少し和らいだような気がした。


 第十三メガフロートの一件から二週間が過ぎた。

 エイブラハムを喪ったことで、次世代試験部隊は軍の上層部からその運用能力を喪失したと判断され、部隊は解散となった。

 試験機もメーカーに返還され、それまでに蓄積されたデータも後継機の開発に活かされるという。優秀な部下を失ったものの、今回の事件で必要なデータは十分過ぎるほど得られたというのが、計画を後押しした将校の意見だった。

 アイビス小隊も契約を終了したものと見なされ、報酬を以ってエクイテス本社へと帰還した。

 しかし、そこで負った傷……特に心の傷というものは、任務を終え報酬を得ても癒えるものではなかった。


「シオンはまた部屋に籠もってるの?」


 通常業務を終え、休憩所で寛いでいたレイフォードの前にシルヴィアが現れ、コーヒーを差し出してきた。レイフォードは静かに頷き、シルヴィアからコーヒーを受け取る。

 あれ以来、シオンは民間軍事会社の社員としての業務こそこなしているものの、それ以外の時間を自室で過ごすことが多くなっていた。


「いい加減、立ち直ってほしいんですけどね」

「そうね。若い盛りなんだからもうちょっと健康にも気を遣って欲しいし」


 レイフォードはシルヴィアの言葉に頷きつつカップに注がれた黒い液体を口に含む。が、その熱さに思わず舌を出した。

 格好がつかないと長い金髪を備えた頭を掻きながら、ベンチの横にカップを置く。

 シルヴィアは話を進める。


「家族のように慕っていた人間の死っていうのは、人の心を挫けさせるには十分過ぎるものなのよね」

「理解りますよ。俺も隊長にもしものことがあったら……」


 レイフォードがそう言いかけた途端、我に返って口をふさぐ。シルヴィアは首をかしげてレイフォードの顔を伺うが、彼は「何でもありません」と慌てた様子で視線を反らす。


「と、ところでもうひとりの新人の方はどうなんです?」


 あからさまに慌てた様子で、話題を変える。シルヴィアもそれ以上言及することはせず、新しい話題に意識を向けた。


「流石に元正規軍なだけあって、即戦力になってくれそうね。ただ、彼女もやっぱりあの一件で抱えている物ができたみたい」

「かー、やっぱエイブラハム大尉ってプレイボーイなんすねぇ。そんなにモテる上に婚約者もいたんでしょ?」


 天井を見上げ、いなくなった男に羨望する。


「そうね。でも、それは恋愛感情とは違うと思うわよ?」


 シルヴィアの言葉にレイフォードは首を傾げるが、シルヴィアは「会議があるから」と、自分の言葉の答えをはぐらかすようにその場を後にした。


 夢から醒め、シオンは自分の意識を覚醒させる。

 訓練を終え、部屋で一人ふさぎ込むうちにいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 ふと、目の前に柔らかい感触を感じ、目を開けると、そこには温かみのある双丘。そして、視線を上げるとそこにはレンフィールド・シュルツ()少尉の顔があった。

 

「レン、起きて。苦しい」


 シオンの細い身体を、レンの腕ががっちりとホールドしていた。シオンのことを抱き枕かなにかだと思っているのか、と眉をひそめつつ、自由の効く左手でレンの鼻を摘んだ。

 呼吸を制限され、息が出来なくなったレンはそのままベッドから飛び起きた。


「おはよ」

「その起こし方、やめてほしいんだけど?」

「そっちこそ、人が寝てる間にベッドに入り込んで来るの、やめてくれないかな」


 コーヒーを淹れつつ、シオンはレンに言い返す。ここはエクイテスの社寮。シオンは軍を除隊し、エクイテスの所属となったレンとこの部屋で共同生活を送っていた。

 レンのベッドの周りには、古今東西様々なモデルのゲームが散乱しており、中には隕石災害以前のタイトルまで紛れている。よくこんなに集められたものだと感心しつつ、シオンは身体を起こす。

 時計を見ると、既に起床時間。シオンは窓を覆うカーテンを開け、朝日を部屋に取り込んだ。


『アイビス小隊各員は〇九三〇までに第三格納庫前へ集合せよ。繰り返す……』


 呼び出しの放送を受け、シオンはすぐに身支度を始める。気は乗らないが、それが仕事ならばやるしかないといった面持ちだ。


「ほら、呼ばれてるんだからさっさとしなさい」


 そう言って、シオンは二度寝を決めようとしていたレンの頭を小突いた。


 エクイテス本社は、東西に伸びる長大な滑走路を中心とした海上施設に建設されていた。その形状と社名になぞらえて「エクイテス・フロート」と呼ばれ、シオンたちが招集された第三格納庫も剣の「柄」の部分に建造されていた。


「シルヴィア・ワイズマン以下三名、到着しました」


 シオン、レン、レイフォードの三人は、シルヴィアの号令とともに姿勢を整え、目の前の女性に敬礼した。彼女はエクイテスの社長(ボス)、ヴァネッサ・ヴァーミリオン。戦場で数え切れないほどの作戦を熟し「紅い死神」と呼ばれた伝説的傭兵であり、今では一線を退き経営者としてその手腕を振るっていた。


「それで、社長自ら自分らを呼び立てて何の要件ですか」


 レイフォードの言葉に、ヴァネッサは格納庫に視線を移して口を開く。


「お前たち。慣性制御装置(エリミネーター)搭載型強襲機動骨格(アサルト・フレーム)はどうだった」


 いきなり振られた話題に、シルヴィア一行は困惑の表情を見せる。いくら仕事で仮想敵として試験の携わり、行きがかり上その一機に隊員を乗せて運用したとは言え、クライアントに対する守秘義務というものは存在する。それを社長とは言えおいそれと話してよいものか。それが彼女たちの困惑の根源だ。


「何、ここだけの話に留めておくつもりだから、忌憚のない意見を聞かせて欲しい」


 ヴァネッサのその言葉に、まず口を開いたのはレンだった。


「熱いです、動けば動くほど熱が発生します」

「そうか。流石は元テストパイロットなだけある」


 そう言って、ヴァネッサは格納庫の隔壁を開放すると、「付いてこい」とシルヴィアらに告げ、建物の中へと入る。

 格納庫のハンガーには、四機の強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の姿。


「これって……!」


 照明が灯り、収納されている機体の全容が明らかになり、シオンは驚きの表情を見せる。

 そこにあったのは、第十三メガフロートで鹵獲したカスチェイ、そして三機のクォーツタイプの機体だった。


「見ての通り、メガフロートで鹵獲した敵機と、先行量産された新型機。この運用試験が君たちの新しい任務だ」


 機体の前に立ち、ヴァネッサはにやりと笑みを浮かべた。

○カスチェイ(副長機)

 副長の使用するカスチェイ。

 特殊なカスタマイズや武装の追加は行われておらず、あくまでパイロットに合わせた細かい調整が施されている程度。

 武装もライフルとブレード、グレネードと、スタンダードな物が装備されており、結果としてパイロットの腕前が問われる機体として完成している。

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