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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
傷の部隊
31/84

31.farewell

 海に沈みゆく街からの脱出を果たすべく、シオンとエイブラハムは先を進む。眼前に迫る瓦礫をショットガンと機銃で破壊し、その道のりは順調。シオンの至らない所をエイブラハムがフォローし、最適なルートを示し続けた。

 ああそうか、とシオンは確信する。エイブラハムは復讐の鬼になりながらも、自分のことを心配してくれていたのだ。

 これまでの戦いの中でも、思い当たるフシはいくつかあった。


「ここを出たら、礼の一つくらい言って、面と向かって話し合うべきなのかな?」

『何か言ったか?』

「別に、何でもない」


 気付けば、ゴールまでもう少し。目測で五十メートルもない。しかし、区画と区画の間には、パージによって生じた幅二十メートルほどの「谷」が形作られていた。

 落ちれば海まで真っ逆さまだが、この程度なら飛び越えられる。そう思い、シオンは機体のスロットルを上げた。谷の向こう側では、レイフォードのクドラクが腕を振ってシオンとエイブラハムの帰りを待っている。

 ビルの屋上からダンピールが跳び、空中に躍り出る。が、そこで予想外の事態が起きる。ダンピールのブースターが、突如として沈黙したのだ。


「なっ……!?」


 ブースターのダメージが予想以上に酷かったらしい。再びダンピールは重力に捕らわれ、谷間に降下していく。

 もう駄目だ。助からない。

 そう思った矢先に、エイブラハムのクォーツ・ターボがダンピールを持ち上げ、跳躍の勢いに乗せてレイフォードたちの下まで投擲する。


『行けよッ!』


 投げた先には、レイフォードとシルヴィア、そしてレンの機体が待ち構えていた。


「……!」


 ダンピールに最後の力を振り絞らせ、何とか生き残っていた腰部のブースターで制動をかけ、タッチダウン。その脇をレイフォードのクドラクが支える。

 遅れて、エイブラハムもパージされた区画から脱出。隣接区画の縁に立った。

 全員、生還。

 安渡の表情を浮かべ、シオンはコクピットから同乗者の少年を下ろすと、駆けつけていたレスキュー隊に彼の身柄を引き渡した。


『何だよ、ガキと一緒だったのか』

「お陰で腕を一本犠牲になった。でも助けられてよかったよ」


 去っていく救急車を眺めながら、シオンは安堵の表情を浮かべる。

 しかし、次の瞬間。突然の揺れとともに、エイブラハムのいる床面が崩れ去った。


「……えっ」


 何が起きたのか、一瞬の出来事にシオンはそのことを認識することができなかった。


『エイブラハム大尉が落ちたぞ!』

『救援のヘリ、すぐに寄越して!』


 シルヴィアとレイフォードが状況確認と救援要請を行う中、シオンはエイブラハムの落ちた先……深い海の底を見つめ、我に返る。


「ウィル兄ーーーーッ!!」


 エイブラハムのクォーツ・ターボは、懸命な捜索を行なったにも関わらず、その痕跡すら発見できなかった。

 パージされたフロートの残骸が周辺海域に散乱し、捜索隊の負担を増大させたのも、彼を発見できなかった原因の一つだった。

 その報告に、シオンは黙って肩を落とす。

 言いたいことがあった。話したいことがあった。なのに、その相手が突然消えてしまった。

 この悲しみを何処にふつければいいのか理解らないまま、シオンは部屋に閉じこもって涙で枕を濡らす。


「作戦行動中の行方不明は、通常戦死と同義に扱われる。でも、あいつが死んだなんて、実感沸かないな」

「目の前で唐突に、でしたからね……まだひょっこり帰ってくるんじゃないなって思っちまいますよ」


 ワイバーンの食堂で昼食を取りながら、レイフォードとシルヴィアは失ったものの大きさを改めて実感させられていた。

 特にシルヴィアはエイブラハムと古い付き合いだっただけに、シオンに次いで現実を受け入れるのに戸惑っているようだった。


「あいつ、殺しても死なないタチだったからね。戦場のど真ん中で孤立して、本隊からも見放されたと思ったら翌日には敵基地を叩いて帰って来たものよ」


 レイフォードは、シルヴィアが昔話で気を紛らわそうとしていることに気付く。顔に浮かべる笑顔の表情も、どこか辛そうに見えた。

 もういい。そう思い、彼は思わず立ち上がり尊敬する上司の頭を優しく抱いた。


「もういい……そういうの、やめましょうや、隊長」


 その言葉にシルヴィアは黙って頷き、レイフォードの胸に顔を埋める。

 涙が、レイフォードのシャツを濡らした。


「ヴィラン・イーヴル・ラフは人間の憎悪に正義という箔押しをして回っている、か……」


 カスパー・ウー大佐は、アネット・ライブラリ少佐の報告を聞き、頭を抱えた。情報部の重鎮の一人として長年様々な事象を分析し、結論を導き出してきた彼にとって、これほどまでに手強い敵はそういない。


「尋問やプロファイリングを重ねて導き出された、確度の高い情報です。やはり、大佐もこの男を難敵と認識しますか?」

「当然だよ、ライブラリ少佐。人間はただでさえ正義と憎悪を混同しがちな生き物だからね。憎悪に取り憑かれた人間に“君は正しい”なんて言うのは、火に油を注ぐようなものだよ」


 手にした書類を執務机に置き、ウー大佐は言葉を紡ぐ。


「しかも、人間は正義という大義名分を得ると、次第にその行動をエスカレートさせていく。それこそ中世の魔女裁判のように、ね」

「ヴィランは人間の本質を見極めた上で扇動している、と?」


 アネット少佐の言葉に、ウー大佐は黙って首を縦に振ると、再び書類に目を向ける。

 ヴィランはSNSから自分の手駒となる人間をピックアップしている可能性があると、手にした報告書に書かれていた。実際にネットワークの世界に目を向けると、人間は顔もしれぬ相手に本音をぶつけ合うのが日常茶飯事になっている。些細な意見の行き違いやスタンスの違いからくる対立、炎上やスキャンダルなど、それこそ毎日のように起きている。ヴィランにとって、煽るべき人間にはことかかないということか。


「まったく、憎たらしい相手だと思わないかい、少佐」

「ですが、ヴィランに憎悪を向けたところで、それは敵の思うつぼではないかと」

「確かに、ね」


 アネット少佐の言葉に、ウー大佐は苦笑いで返した。


 ヴィランは、第十三メガフロートで起きた紛争のニュースを、満足そうな顔で眺めていた。

 あそこにはリー商会が部品を発注していた工場が存在し、そこでクドラクの部品の一部を製造させていた。しかし、リー商会の正体が同盟軍に暴かれた今、そこから自分たちの足取りが発覚する恐れがあり、ヴィランは武装勢力を焚き付けて工場を破壊させるように仕向け、ダメ出しとばかりに傷の部隊(スカー・フェイスズ)も送り出したのだ。

 それによってメガフロートを区画パージにまで至らせたのは、ヴィランとしても上々の結果だと言えた。人の憎悪の強さを改めて認識させられ、自分の計画はより確実なものになるとヴィランは頬を歪ませる。


「おい、テメエ……何笑ってんだ」


 満足の行く結果に笑みを浮かべるヴィランに対して、フールは納得の行かない表情でヴィランを睨みつける。

 ヴィランからしたら上々の作戦結果であったのは間違いないが、傷の部隊(スカー・フェイスズ)側は満足の行く戦果をあげられたとは言い難い。何より、ヴィランがアイスマンという犠牲を蔑ろにしていたことが、フールの感情を逆なでしていた。


「そこまでにしておけ、フール」


 副長が間に入り、フールをなだめる。


「止めないで下さいよ副長。こいつ、隊長を殺しただけでなくアイスマンの抜けた穴をまるで見ようとしてない」


 怒りに震えるフールの様子を見て、ヴィランは肩をすくめる。


「副長さんの言う通りですよ。私を攻めるより、あなたのお仲間を殺した相手にその怒りを向けるべきです」

「あ゛ぁ?あのツギハギのアマは絶対にブチ殺してやる。決まってんだろ。もちろん、その後はテメェだ」


 ツギハギ。その単語に、ヴィランは「あのお嬢さん(フロイライン)ですか」と小さくつぶやく。無論、フールはそれを聞き逃さず、ヴィランから情報を聞き出すべくさらに詰め寄った。


「あー、理解りました。私が持つ限りの情報をあなたに提供しましょう。その上であなたがあの機体を撃墜してくれたなら、私はあなたと戦ってもいいでしょう」

「それは本当だろうな?」

「私は嘘つきですが、闘争については純粋でありたいと思っていますよ」


 ヴィランの言葉に乗せられ、フールはその場を後にする。その様子を見た副長は、相手がフールとはいえヴィランの話術の巧みさに背筋が凍るような感覚を覚えた。

○カスチェイ(ボム・クラフター・カスタム)

 全身にこれでもかとロケット・ミサイル類を搭載した、ボム専用カスチェイ。

 搭載されているランチャーの中身はボム自身が作戦内容やフォーメーションに応じて炸薬を調合する。調合内容はレシピ化されているが、ボムの気分や天候、戦闘規模などによって比率は常に変化する。

 この機体を渡された際、ボムは液体火薬に目をつけており、特に複数の薬液を混合することで爆発するタイプの物を使い即応性の高い爆発物を作れないかとプロフェッサーに提案していたが、固形火薬よりも取り扱いが難しく、また薬液の入手経路から足がつく可能性があるため、却下されたという。

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