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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
傷の部隊
29/84

29.Needle

 アイスマンの乗る強襲機動骨格(アサルト・フレーム)が、音もなくシオンの背後に迫り、(ニードル)を刺す。

 これで四度目。その内二回の刺突によって、ダンピールの左腕は肩から下が動かなくなっていた。

 だが、その刺突攻撃に目を向けていると、今度はサイゾー機がブレードを振るってくる。シオンはその一撃に合わせて左肩関節を動かし、使い物にならなくなった左腕をぶつけて相殺。さらに手に持ったブレードを叩き落とした。


『ほう、思い切りが良い。だが……!』


 そう言って、サイゾーは今度は蹴りを放つ。しかも、その一撃はただの蹴りではない。脚部の中心軸に硬質金属の刃が鈍く輝き、如何にも相手の装甲を叩き割るぞという凶悪さがアピールされていた。

 強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の脚部質量を刃に乗せた一撃。そんなモノを喰らえば、ダンピールとてひとたまりもない。加えて背後からはアイスマンが迫る。眼前には脚斧、下がれば針の一刺し。考える余裕もないまま、気付けばシオンは機体の強制冷却装置のレバーを引いていた。

 熱を帯びた白煙が辺り一面に広がり、周囲の視界を奪う。そしてそれが、この状況を打開する銃爪になった。

 まずダンピールの背後に迫っていたアイスマンの機体は、視界と熱センサーを同時に潰され、完全に攻撃のタイミングを見逃してしまっていた。ダンピールの冷却装置は、背部ブースターに併設される形で最も高出力の物が備えられているからだ。

 そして、狼狽するアイスマン機の胸部に、シオンはナイフを突き立てた。


 男は、かつて某国の諜報員(スパイ)として活動していた。

 故国に忠誠を誓い、その障害となる驚異と水面下で戦い、勝利を収めてきた。その中で男は表情一つ変えなかったことから、いつしか「冷徹な男(アイスマン)」とあだ名されるようになっていた。

 だが、潜入や諜報に加え、あらゆる武器、兵器すらも扱える彼の優れ過ぎた技術(スキル)は、やがて故国から驚異と見なされる。

 彼の故国はいわゆる独裁国家であり、男の諜報員としての活躍に危機感を抱いた軍の高官が、あらぬ疑いを男にかけ、当時の最高指導者に報告したのだ。

 彼は忠誠を誓った国から狙われる人間となり、その果てに自らの死を偽装し、裏社会に身を潜めて生きて行かざるを得なかった。

 国を出て長い放浪の最中で、彼は故国が滅んだと聞かされた。これまで水面下で国家の危機を食い止めてきた自分というダムの存在が消失し、これまでの偽りの安寧が破綻したからだと男は悟った。

 しかし、そこに生まれるべき感情の起伏は無い。いつも通り、ただ状況を判断するだけの冷めた自分がそこにいた。いつから自分はこうだったのか。自分に感情などあったのだろうか。自問自答を続けるが、答えは出ない。

 そして、帰るべき場所を失い、途方に暮れていた彼を拾ったのは、汚れ仕事を請け負う傭兵部隊。

 後に傷の部隊(スカー・フェイスズ)と呼ばれるその部隊に身をやつし、男はコードネームとしてかつての異名……アイスマンを名乗った。



『ぐぇッ』


 嫌な声が、通信機越しに聞こえるが、今のシオンにそれを気にしている余裕はない。戦わなければ、こちらがやられる。そんな状況で一々敵の死に様を頭に思い描いていたら、きりがない。

 頭から余計な考えを捨て、シオンはダンピールのブースターを稼働させるとアイスマンの機体を伴ったままサイゾー機の蹴りを回避し、その場を離脱する。行く先は、レイフォードと戦う二機の傷の部隊(スカー・フェイスズ)機。


『何、アイスマンッ!?』


 レイフォードのクドラクに向けてロケットランチャーを放つボムの機体に、シオンは主を失ったアイスマン機をぶつけ、その行動を阻害した。強襲機動骨格(アサルト・フレーム)一機分の重量が突然伸し掛かり、後方支援仕様の機体がその場に倒れ込む。

 その隙を見計らい、レイフォードは迫るもう一機の敵……フール機に向けてライフルを放つ。フール機はそれを回避するが、そこにシオンがマシンガンを乱射する。


『ナイスフォローだ、シオン』

「話は後!」


 そう言って、シオンは再び迫るフール機に攻撃を加えるが、敵はそれを物ともせず、ダンピールに向かって突っ込んでくる。

 シオンはダンピールの機動性でそれを回避しつつ、マシンガンによる弾幕の応酬に応える。


『お前が!お前がアイスマンを殺ったのかッ!!このツギハギ野郎ッ!!!』

「野郎じゃない」


 頭に血を上らせた敵パイロットの怒号に、シオンは冷静に返す。敵パイロットは仲間を手にかけられ、明らかに冷静さを失っていた。だからこそ、そこに付け入る隙ができる。


『フール、冷静になれ。私と連携するんだ!』


 ダンピールを追ってきたサイゾーがフールに連携を促すが、フールはそれを聞かず、ダンピールに攻撃を加え続ける。だが、それ故にフールはそれまでマークしていた相手の存在を失念していた。

 レイフォードはがら空きになったフール機の背後からライフルで攻撃を加え、その右腕を吹き飛ばす。さらにそこへシオンが蹴りを加え、フールの機体はそのままサイゾー機ともつれ合い、倒れ込む。

 レイフォードはそこに追撃を加えるべく再度ライフルを構えるが、遠方からの狙撃がクドラクの持つライフルを破壊し、それを阻んだ。


『くそっ、敵のスナイパーが厄介だ』


 レイフォードが毒づきながら、降り注ぐ弾丸を鉈で防ぎ後退する。シオンも、ダンピールを機動させて狙いを付けられないようにしているが、その精度は恐ろしいものがあった。

 センサーが良いのか、狙撃手の腕か、それともその両方か。

 何にせよこの状況を打開する必要があると考え、シオンとレイフォードの二人はすぐに射線を特定すると、十字路を曲がりビルの影に隠れる。

 しかし、十字路を曲がった先は道が細く、強襲機動骨格(アサルト・フレーム)であれば一対一で戦わなければならないほど狭い。

 そして、そこに真っ先に入り込んできたのは、サイゾーの機体だ。


『ふむ、そんなところに隠れても無駄だと思うぞ?』


 そう言って、ブレードの切っ先をレイフォードのクドラクに向ける。お互いに手に持つのは近接武器のみ。それが格闘戦の応酬になることは目に見えていた。

 刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の刃は敵を「斬る」ためではなくその質量で「叩き割る」ために存在しており、ある意味で鈍器に近い。刃をぶつけ合えば、その質量を効率的に破壊力に転換する刃先が潰れ、威力も鈍っていってしまう。

 だが、シオンとの戦闘も含め、もう何度も打ち合いをしているにもかかわらず、サイゾーの機体の刃は威力が衰えている様子が見られない。

 鍔迫り合いで生じるブレードへの負荷を、相手の刃を受け止める場所や角度を調整することで最小限に留めているのだ。無論、そんなことが一朝一夕にできる訳がない。長い研鑽の中で培われた、一種の職人芸と言っても過言ではなかった。

 戦えば戦うほどに、敵の凄さが恐怖という感情となって身に沁みて伝わってくる。

 一瞬の優勢など、すぐにかき消えてしまうのではと思うほとだ。だが……。


『やれっ、シオン!』


 レイフォードが叫び、シオンが飛ぶ。上空から構えられたマシンガンが、サイゾーの機体を狙う。

 しかし、サイゾーはそれを見越してダンピールの攻撃を弾くべく剣を構える。

 ダンピールのマシンガンが火を吹き、サイゾーはそれをブレードで弾いて無力化……できなかった。

 実際に火を吹いたのは、ダンピールの頭部に仕込まれていたチェーンガンだった。

 サイゾーの技術は相手の武器の性質を踏まえた上で初めて威力を発揮する。しかし、異なる武器を複数装備する敵の前では、そのどちらが放たれるかの読み合いとなる。その上、シオンはこれみよがしにマシンガンを構えて来た。それがサイゾーに読み間違えを誘発させたのだ。


『ぬう……!』

『何やってんだ!』


 サイゾーの被弾に、フールが怒号をあげる。そして、その瞬間を見計らい、レイフォードはサイゾーの機体にタックルし、背後の僚機ごと通りから押し出した。


 クドラクのタックルによって押し倒されたサイゾーとフールは、その勢いを殺すことができずに十字路の真ん中に倒れ込んだ。


「クソッタレ!」


 フールが悪態をついて機体を立て直す。だが、先程の衝撃でマシンガンの銃把を離してしまったらしい。自身のカスチェイが丸腰であることに、さらに焦燥感を募らせる。


『二人とも、撤退だ』


 フールたちのフォローに入ったボムが言う。フールは「まだやれる」と反論する。サイゾーも自分のミスでこのような事態に陥り、さらにアイスマンを喪った失態からフールを擁護した。が、ボムはすでに作戦は完了していると言って、二人に時計を見るように促す。モニターの隅には、残り時間が一分を切ったタイマーカウントの表示。


「チッ、わーったよ……この借りは必ず返してやる」


 フールとサイゾーを説得し終え、ボムは装甲の下に隠していた閃光弾を放つ。眩い光が僅かな時間、その場を支配する。光が晴れた瞬間、ダンピールとクドラクの前に横たわっていた傷の部隊(スカー・フェイスズ)の姿をはいつの間にか消えていた。

○カスチェイ(フール・クラクション・カスタム)

 フール専用にカスタマイズされたカスチェイ。両腕にマシンガンを装備し、それを長く撃ち続けたいという搭乗者の要望に応える形で全身にマガジンラックが増設されている。

 装備しているマガジンは最大二十五本。理論上、一回の戦闘でそれら全てを撃ち尽くすことはないのだが、無駄撃ちを好むフールの性格上、これでも弾切れの不安があるという。

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