27.hatred
○
隔離施設襲撃事件は、同盟軍の情報操作によってその事実が拡散されることなく握りつぶされた。だが、人の口に戸は立てられないように、情報はいつ、どこから漏れ出すか理解らない。そして、その情報がどのような影響を及ぼすのかも。
太平洋西側の第十三メガフロートもまた、どこからか漏れ出した情報に踊らされていた。
メガフロートに潜伏していた武装勢力が、彼らの指導者が隔離施設で死んだと聞かされ、その報復のために街に火を放ったのだ。
彼らの指導者は、この集団にとって心の拠り所であり、ある種の安全装置でもあった。そのタガが外れた今、この武装集団は暴走を続けている状況にある。彼らは指導者の無念を叫び、それを行動理由に強襲機動骨格を持ち出し、人型作業重機に武装を施し、破壊の限りを尽くす。
それはもはや一種の狂信だった。それほどまでに人心を掌握していた人物が、その信奉者たちの預かり知らぬ所で死んだとなれば、その怒りの炎が広がるのも当然なのかもしれない。
だが、破壊行為は破壊行為だ。
どれだけ理由を述べようとも、どれだけ体裁を取り繕うとも、どれだけ自分たちを正当化しようとも。人を殺め、家を焼き、街を脅かしたその段階でその正当性は塵芥にも等しいものへと堕するのだ。
ワイバーンもこの惨状が起きてまもなく、武装勢力の鎮圧任務を受領し、出撃していた。
シオンたちはメガフロートに到着するや否や、敵の潜む市街地へと向かう。
『こいつは酷え……』
エイブラハムは、その様子を見て思わず驚きの声を上げた。
武装勢力の破壊行動はメガフロートの構造体にまで及んでおり、その結果として地面がところどころ歪んでいるのだ。ここまで酷い被害状況は、エイブラハムも見たことがなかった。
『構造体のダメージはまだ致命的な物ではないわ。でも、このまま戦闘が続けばその限りじゃない。まずは敵を排除して、これ以上の被害拡大を阻止することに専念しましょう』
復調し、戦列に加わったシルヴィアはその状況を冷静に分析し、判断を下す。
『オーケー、それじゃあ行きましょうか隊長』
そう言って、レイフォードはシルヴィアの後ろに付く。エイブラハムはレンを伴って別行動。久しぶりにアイビス小隊が再集結しただけに、彼のテンションはこれまで以上に高い。だが、その一方でシルヴィアはシオンの乗るダンピールのポジションについて頭を悩ませていた。
突出した性能を持つイレギュラーな機体は、部隊運用に組み込むだけでも頭痛の種になる。場合によっては、他の機体と連携させるためにその長所を潰す選択を課さなければならない。
今はシルヴィアのタルボシュ・ターボと共に前衛を担っているが、その加速性能はタルボシュ・ターボの比ではなく、演習でも足並みを揃えるのに苦労させられたほどだった。
『シオン、理解っているだろうけど、あまり突出した行動はしないでね』
「了解です。足を引っ張る訳にはいかないですからね」
シオンはそう言って、周囲の索敵を始めた。早速敵影が三つ、こちらに近づいてくる。
駆動音や移動速度から第一世代型強襲機動骨格のヘルムだと推測された。
第一世代機は文字通り、強襲機動骨格の黎明を担った初期の機体だが、それ故により兵器として洗練されていった第二世代機との性能差は絶対的な物がある。とは言え、運用コストや整備性の面から未だに第一世代を使い続ける組織は数多い。この武装勢力も、そんな組織の一つなのだろう。
『各機、初弾装填確認。来るわよ』
シルヴィアのその一言に反応し、シオンとレイフォードは武器を構えて敵部隊を迎え撃つ準備を整える。
正面の丁字路からヘルムが二機姿を表すと、レイフォードのクドラクがその片割れにライフルを向け、ガスマスクを思わせるその頭部にヘッドショットを喰らわせた。
一機が怯んだその隙を突いて、シルヴィアが前進。もう一機のヘルムをタルボシュ・ターボのスピードで翻弄する。ヘルムは銃を向けてシルヴィアの機体を捉えようとしたものの、銃爪を引く前にタルボシュ・ターボの接近を許し、スラッグ・ショットをその胸に受け、動きを止めた。
遅れて顔を出したもう一機のヘルムは、頭部を破壊された機体を援護しながらマシンガンでシルヴィアを牽制する。しかし彼らはタルボシュ・ターボにに集中しすぎるあまり、シオンのダンピールに対する警戒を怠っていた。
シルヴィアが派手な動きで敵を惑わし、その隙にシオンが敵の背後に回ってヘルム二機のうち一機にナイフを突き刺した。
残る一機のヘルムはダンピールを排除しようと攻撃の手をそちらに向けるが、その隙を突いてタルボシュ・ターボがヘルムに刃を向ける。
ヘルムはその一撃を手斧で受けるが、タルボシュタイプを複数同時に相手取れるほど手数やパワーに富んでいるわけではない。
左右から迫るタルボシュ・ターボとダンピールの前に、ヘルムのパイロットは無力感に苛まれつつ蹂躙されるしかなかった。
「敵の制圧を確認」
乗り手を失い沈黙した鉄の骸からナイフを抜き、シオンは改めて敵の無力化を確認する。
だが、まだ敵は残っている。安全の確認された区画の火災を消火剤で鎮火しつつ、アイビス小隊の三人は先を進む。
『他機種連携、思っていたより上手く行ったわね』
先刻の懸案事項が払拭され、シルヴィアは安堵した様子を見せる。
シオンは上手くダンピールを乗りこなし、それを部隊運用に役立てていた。時間をかけて調整と慣熟訓練を繰り返した成果はあったようだ。
現れる敵を、シルヴィアたちと連携を取りつつ撃破していく。
「一体、どれだけの戦力をここに運び込んでいたの?」
思わずシオンが愚痴る。すでに敵の小隊と三度交戦し、これを退けてはいるものの、弾薬も心許なくなってくる。
今回は腕部コンテナに武器ではなく消火剤とその散布装置を積んでおり、武器弾薬の携行数に制限が生じていた。
加えてこの敵の多さだ。シオンの苛立ちを、この場にいる誰もが実感している。
『シオンの不安も理解るわ。一度、補給のために下がることも考えて行動しましょう』
そう言って、シルヴィアは上空で指揮管制を担当しているワイバーンに通信を入れる。
しかし、次の瞬間。一発の弾丸がシルヴィアの乗るタルボシュ・ターボの顔を掠めた。
『スナイパーよ!』
シルヴィアが叫ぶと同時に、三人は機体を建物の影に隠す。
すかさずレイフォードがライフルからカメラを外し、遮蔽物の角越しに敵スナイパーの存在を確認する。
距離八百弱。ビルの屋上に身をかがめている強襲機動骨格の姿が一つ。
だが、スナイパーの姿を確認したレイフォードは、その姿を見て眉をひそめた。
『何だ、この機体は?』
その機体は、明らかに武装勢力の用いるヘルムとは違っていた。頭部センサーはむしろクドラクに近いが、それ以外の外装は全くの別物と言っていい。
しかも、その機体の姿は一つではない。スナイパーの立つビルの周囲に、五機もの同型機が控えている。
皆一様に漆黒の装甲を持ち、その頭部には裂傷を連想させるマーキング。その姿はまるで……。
『あの姿はまるで傷の部隊じゃないか』
「何それ」
『傷の部隊……紛争の火付け役として汚れ仕事を扱う傭兵集団。ある意味ヴィランのご同輩といえる存在ね』
シルヴィアが警戒する中、五機の新型がシオンたちに牙を剥く。
想定外の強敵との交戦に、シオンは思わず息を呑んだ。
○カスチェイ(サウザンド・アイカスタム)
サウザンド・アイの操縦特性に合わせてカスタマイズされたカスチェイ。長距離狙撃用のスナイパーライフルと、それと連動したセンサーユニットの装備が主な変更点。サイドアームとしてハンドガンも装備しているが、それが使われる局面はほとんど無いと言ってよい。
最大の特徴として、アイの左目の義眼と機体のセンサーをリンクさせる事が可能。これによって、高精度の狙撃を可能としている。