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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
傷の部隊
26/84

26.Sudden turn

 ワイバーンが真珠湾に寄港し、一週間が過ぎた。

 戦闘で受けたダメージが修復される間、クルーたちは束の間の休息を満喫していた。

 だが、この平穏は長くは続かない。この休息も、所詮は次の戦いに向けた準備期間(インターバル)でしかないのだ。

 エイブラハムは、情報部立ち会いの下で鹵獲したヴコドラクの解析作業を見守っていた。

 敵が機体から足跡を辿られるような間抜けなら良いのだが、とアネット少佐は皮肉混じりに期待していたのだが、ヴィランは彼女の要望に応えるような置き土産は置いていなかったらしく、エイブラハムは数時間後に落胆した彼女の表情を拝むことになった。機体部品は製造番号が丁寧に削り取られており、そこから足取りは追えないという。


「やはり機体に目ぼしい手がかりは無かったよ」

「ま、そうでしょうね」


 落ち込むアネット少佐に対して、エイブラハムは彼女と別の角度から気になる点を見出していた。この機体のコンセプトだ。

 

「……この機体、昔携わったプロジェクトで似たコンセプトの資料を見た気がするんですよ」

「飛行型がか?」

「いえ、慣性制御装置(エリミネーター)を外装する方式です。装置をフレームに組み込まない分、整備の手間が省ける上に、使い物にならなくなればパージできるんですが、機体の肥大化を招くってんでクォーツのような組み込み式が採用されたんですよ」

「なるほど。それで、当時の資料は?」


 アネット少佐の問いかけに、エイブラハムは自分の頭を人差し指で指し、答える。アネット少佐もその返答には「そうか」と短く応えることしかできなかった。


「そういえば、あの方式の考案者は……」


 ふと、エイブラハムは当時のことを思い起こす。エイブラハムの記憶の中に、ホタルと言い争いをする、一人の男の姿があった。


「……いや、まさかな」


 彼の遺体は一部とはいえ確認されている。そんな筈はないと思いつつ、再びヴコドラクの方を見やる。

 それを見計らったかのように、アネット少佐の持つ携帯端末の着信音が鳴った。


『うぉ、あ゛ぁあ!!?』


 唸りを上げるブースターの推進力に振り回されながら、レイフォードはダンピールをなんとかコントロールしようと、声にならない叫びをあげつつ一心不乱に操縦桿とペダルを操作していた。

 しかし、その成果は落下と急上昇をただひたすらに繰り返すという、「機体の安定」からは程遠い物だった。


「やっぱり、立体的な機動は一朝一夕でマスターできるもんじゃないですね」


 大空を舞い、摩訶不思議なダンスを披露するダンピールを観察しつつ、トウガはその様子をタブレット端末に記載していく。

 ワイバーンが修理中の間、シオンたちは山間の訓練場でダンピールの調整と慣熟訓練に明け暮れていた。

 レイフォードがダンピールのコクピットに座っているのも、搭乗者が変わることによって機体の挙動がどう変化するかを確かめるためだ。

 ダンピールはクォーツとは違い正規に生産された機体ではない現地改修機だが、これを運用し、データを収集することで次の機体の開発に役立たせるのが、トウガに与えられた任務だった。

 要するに「作ってしまったからには面倒は自分で見ろ」ということなのだが、こういったデータの蓄積は、より有用な兵器を生み出す上で必要不可欠なファクターになっているのだ。

 だが、今回の試験の結果は見ての通り。シオンがあの機体を何とか乗りこなせていたのに対して、レイフォードは完全に振り回されてしまっている。

 その様子に一番驚いていたのは他でもない、ダンピールに乗って実戦を経験したシオンだ。彼女は、レイフォードの操縦技術の高さを以前から認めていたし、彼を越えることを当座の目標として設定していた。だが、それがダンピールに乗った途端にこの有様だ。

 慣れていない機体だからか、それとも相性の問題かは理解らない。だが、シオンの脳裏には、腕利きパイロットとして先輩風を吹かせていたレイフォードの落ち込む姿が目に浮かんだ。


「レイフォードさん、テスト終了です。着地の際は頭から落下して犬神家にはならないよう注意してください。あと、無茶な着陸で脚を潰すのも無しで、お願いします」

『そんな難しい注文を付けてくれるなよなお前!!』


 そう言っている側からレイフォードはダンピールを墜落させそうになるが、慣性制御装置(エリミネーター)を総動員して落下の衝撃を和らげ、何とか傷を付けることなくタッチダウン。しかし、それと同時に機体温度が急上昇し、冷却装置が作動する。過剰に蓄えられた熱が蒸気となって機外に放出され、訓練場の一角をまたたく間に白い煙で覆い尽くした。


「契約中断、ですか?」


 怪我が回復し、右腕の包帯が取れたばかりのシルヴィアが、ワカナ艦長の言葉をオウム返しに呟く。

 艦長室に招かれて、ワカナ艦長から最初に言い渡されたのがその一言だった。


「あくまで可能性の話だ。緊急事態とはいえ、ここまでの戦闘で君たちは契約外の戦闘を強いられ過ぎた。会社側の判断でいつ撤退を言い渡されてもおかしくはないだろう」


 民間軍事会社(PMC)もボランティア団体ではない。依頼人(クライアント)との間で取り交わされた契約こそ、彼らが遵守すべき「法」なのだ。それが蔑ろにされたまま、契約戦闘員が最前線で戦い続けていたとなれば、お互いの信用問題にも発展しかねない。

 ワカナ艦長はそのことを熟知しており、今のタイミングでの戦力の低下を危惧していた。


「我々としても、事態の収束までアイビス小隊の面々を頼りにしたいとは思っている。出来れば、君たちの社長(ボス)に契約内容を更新するよう、伝えてはくれないだろうか」

「……そういうことでしたら、すぐにでも連絡を入れさせてもらいます」


 シルヴィアの返礼に、ワカナ艦長は「ありがとう」と短く答えた。

 その直後、会話を終えたのを見越したように、艦長室の電話のベルが鳴る。執務机に設えられた受話器を取ると、ワカナ艦長は驚きの声を上げると同時に、思わず身を乗り出した。


「なんですって、ヴィランが?」


 ヴィラン。その名前に、すっかり耳が反応するようになってしまった自分に嫌悪感を覚えながらも、シルヴィアはワカナ艦長が通話を終えるのを待った。


「……くそっ」

「一体何が起きたんですか」


 受話器を起き、鼻筋に人差し指を当てて思考モードに入るワカナ艦長に、シルヴィアは何が起きたのかを問うた。ワカナ艦長の顔には、焦りの色が見えている。明らかにただ事ではないのは明らかだった。


「情報部からの緊急連絡だ。ヴィランを収容した隔離施設が、何者かの襲撃によって破壊された」

「なんですって」

「ヴィランを含む収容者の安否は不明。そこに収容されていたテロリストや政治犯たちのシンパからの追求も、より一層強まるだろう。……考えただけで頭が痛くなりそうだ」


 隔離施設に収容されるほどの重犯罪者は、「施設に収容されている」という意味ではその生命を同盟によって保証されていた。だが、今回の一件で収容者たちの死亡が確認されれば、彼らの開放を望む信奉者たちがどのような行動を取るか。少なくとも、テロや紛争の激化は免れないだろう。

 人心という火に油を注ぐ。それは騒乱を広げるもっとも単純で、賢いやり方なのだ。


「おそらく、隔離施設の一件もヴィラン一党の仕業ではないかと」

「君も、やはりそう考えるか」


 首を縦に振り、シルヴィアはワカナ艦長の言葉を肯定する。当然、シルヴィアの言葉には、ヴィラン生存の可能性も暗に含まれていた。そうであるならば、ここで手をこまねいている場合ではない。

 あの男には、艦を傷つけられた借りがある。


「……契約の更新、急いだ方が良さそうだな」


 ワカナ艦長は苦い笑みを浮かべた。

○タルボシュ・ホバー

 脚部にホバーユニットを装備したタルボシュの装備バリエーションの一つ。

 脚部への負担を抑えつつ陸上・水上を問わず高速移動出来る反面、その際の機動は二次元的な物に限定される。

 ホバーユニットへの接続と動力供給は、タルボシュ・ターボのクローラーと同一規格のジョイントが用いられている。

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