25. Kashchey
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北米大陸とハワイ諸島のちょうど中間。軍・民いずれの航路にも接することの無い海域に、まるで忘れ去られたかのようにそびえ立つ建造物があった。
旧来の石油プラットフォームを転用したそれは、採掘のための設備や精油プラントは撤去され、その代わりに白亜の建物がそびえ立っていた。まるで病院を思わせる、シミ一つない清潔感漂う外壁がその存在感と異質さをより際立てている。
だが、この建造物は医療を目的とした施設ではない。法の管理下であっても手に余る凶悪犯やテロリストを社会から隔離するための監獄。言うなれば現代に蘇ったアルカトラズだ。
施設はオートメーション化が進み、詰めている人間も僅かだが、常にドローンが施設内外で巡回・監視を行っている。警備交代のシフトにも隙はなく、仮に脱走できたとしてもプラットフォームから泳いで陸地を目指すのは至難の業だ。
その脱出不可能の監獄に、ヴィラン・イーヴル・ラフは囚われの身となっていた。
壁や床に白いタイルが敷き詰められた部屋の真ん中に、拘束衣を着せられ縛り付けられている。この状態がすでに一週間。常人であれば気が狂いそうなところを、彼はすやすやと寝息を立て、リラックスした面持ちで夢の中だ。
部屋に設置されたカメラを通じてヴィランを監視していた警備スタッフも、「よく寝ていられるものだ」と逆に関心してしまっているほどだった。
だが、そんな展開がいつまでも続くわけでもない。ふと視線の隅に違和感を覚えると、施設外を監視するモニターが三つも消失していた。
不審に思い、警備スタッフがドローンを現場に向かわせるが、モニターは次々と光を失い、同様にドローンからの反応も途絶する。
「一体……何が起きている」
頭を抱えながら状況の整理を行おうとした矢先、監視センターそのものが轟音とともに吹き飛んだ。
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『命中。眼は鈍っていないようだなアイ』
副長の言葉に、アイはそっけなく「当たり前です」と応え、操縦桿のトリガーから指を離す。義眼と機体の火器管制装置をリンクさせ、高精度の精密射撃を可能とするのが、彼女が千里眼と呼ばれる所以でもあった。
「ボムの調合した炸薬の性能も良かった。後はアイスマンがヴィランを救出すれば作戦は成功です」
『おっと、僕のベイビーたちがあの白い建物をぶっ壊すとこまでが作戦だろ』
ボムが自分の役割はまだ終わっていないとばかりに、アイに言葉の訂正を求めた。
『そのベイビーたちを運ぶのもアイスマンの役割だ。その間、我々は敵の注意を少しでもこっちに向ける。いいな』
『おっし、暴れるのは俺の仕事だ!』
喧しい雄叫びを挙げながら、フールは潜水艇からホバーボートに飛び乗ると、収容施設に向かって突入。サイゾーもフールの傍らに並び、同道する。一方、施設からは迎撃ドローンが出撃し、フール機の進路を塞ぐように展開した。
カスチェイに持たせた二挺のマシンガンを構え、破壊衝動のままに銃爪を引く。銃弾があたり一面にばら撒かれ、ドローンの反応が次々と消失していく。しかし、その機動は、あまりにも無駄が多く、敵を挑発しながら戦っているよう。
『派手に暴れたいから敵を引きつけるために誰よりも派手に暴れて動く。陽動作戦でこれほど頼もしい奴はいないな……』
副長がそう言って、ライフルでフールの行動を援護する。前衛はフールとサイゾーがいるぶん、後衛は彼とボムの仕事だ。フールの撃ち漏らしや、死角から攻めようとするドローンを的確に落としていく。
ドローンは損耗率の上昇にともない逐次増援が投入されるが、そのぶん施設の防衛に回すリソースが減っていく。その隙にアイスマンは水中から単身で侵入。支柱に爆弾を設置しつつヴィランを奪還に向かう。
だが、その途上で思わぬ敵が現れる。
ホバーユニットを脚部に装着した水上仕様のタルボシュが三機。
ヴィランの奪還を想定していたのか、それとも別の要因かは理解らないが、警備強化のために配備されたのだろう。それがフールとサイゾーのカスチェイに向けて銃を向ける。
『ふむ、俺の出番が無いと思っていたが、正直安心したぞ』
サイゾーがブレードを抜き放ち、両腕に持つと、その刃を振るって銃撃を次々と弾き、タルボシュに接近していく。
まるで日本のアニメのような状況に、タルボシュのパイロットは半ばパニックに陥りながらもマシンガンの銃爪を引き続けるが、サイゾーのカスチェイの接近を止めることはできず、薙ぎ払われたブレードによって機体の上下半身を分断され、海中へと没していった。
『ずりぃぞ、俺にも殺らせろ』
そう言って、フールもタルボシュに肉薄する。タルボシュは弾丸の嵐を避けつつ距離を取ろうとするが、フールはカスチェイをホバーボートから跳躍させ空中からタルボシュに組み付く。そして、装甲と装甲が触れ合うほどの至近距離から、膨大な量の弾丸がタルボシュに浴びせられた。
炎上し、徐々に海へ沈んでいくタルボシュの残骸からすぐにホバーボートへ戻り、フールは深い溜め息をつく。
『はーーーー、スッキリしたぜ』
とは言え、残るタルボシュは一機。おそらく戦線を離脱するつもりなのだろうか、傷の部隊に背中を向け、全速力で海上を疾走している。その必死さは、フールも思わず関心するほどだった。
しかし、その必死の逃走も、上空から飛来した砲弾によって文字通り海の藻屑と消え果てる。
ボムの投射したロケット弾が、タルボシュを見事に破壊したのだ。
『やりすぎたか……三十点くらいか』
ボムは炎上し下半身しか残っていないタルボシュの残骸を眺めながら、自身の爆破に自己採点する。満足の行くものではなかったらしく、その声はあからさまに機嫌を損ねているようだった。だが、その直後にプラットフォームの支柱が連鎖反応的に爆発を起こし、巨大建造物を支えるという重要な役割を失っていく。そして、支えを失ったプラットフォームは、その上に建てられた白亜の建物諸共海面へ落下していった。
ボムが作り、アイスマンの仕掛けた爆弾の効果だ。
『ん、こっちは百点満点!炸薬量を最小限に、最大限の効果を発揮した!!』
『ケッ、何浮かれてんだよ。ただの発破だろ』
『理解していないな、フール。美しい爆発とは緻密な計算の上に成り立つ、言わば物理法則と数学の織りなす芸術だ。二十世紀頃にも、オフィス街のど真ん中で周囲に爆発の影響を与えないようにビルを爆破解体したという記録が残っている。今回はその資料を元に僕なりにアレンジしたんだよ、つまり……』
『あー、わーったよ!興奮すんな、落ち着け』
崩壊していく構造物を見て早口になるボムと、それをあしらおうとするフールを尻目に、サイゾーが周辺の索敵を始める。上手く行っていれば、アイスマンがヴィランを引き攣れて帰って来るはずだ。
だが、周囲にそれらしき影は見当たらない。
『まさか、爆発に巻き込まれたなどというつまらない死に方をしたのではあるまいな……』
このままでは任務失敗……自分たちの再起もままならなくなる。仲間の安否よりも、まず作戦の成否を心配する、サイゾーは自分がそういう人間なのだと改めて実感させられた。
だが彼の心配は、次の瞬間には杞憂に終わる。
『勝手に殺すな……』
海中からアイスマンが顔を出し、サイゾーに文句を言う。遅れて、アイスマンの背後から二人の人影が浮上した。
片方はヴィラン。もう片方は……。
『おい、そのジジィ誰だよ』
『知らん。作戦目標が勝手に連れて来た……』
そう言って、アイスマンはヴィランの方に顔を向ける。もう一人の救出者は顔中の毛という毛を伸ばし、その容姿を確認することが難しかった。
だが、ヴィランははぐらかした様子で口を紡ぐ。
『積もる話は後です。今はここから撤退することを最優先としましょう』
施設の崩壊は、すぐに同盟の知る所となる。ならば、この場に留まること自体、この場にいる全員の首を締めかねない。
一同はヴィランの言葉に従い、救出者二人を潜水艇へ誘った。
○カスチェイ
プロフェッサーがクドラクをベースに開発した発展型強襲機動骨格。
兵器にとって必須の要素である「量産」を完全に切り捨て、性能のみを追求した一種の実験機であり、OSのサポートなども一切カットされている。
クドラクとの共有パーツは四割弱だが、高品質パーツを厳選して使用している為、生産性こそ劣悪ながら、その性能には雲泥の差がある(性能を追求しなければ整備の際にクドラク用のパーツを融通可能)。
全五機が製作され、各々が傷の部隊のメンバーの特性に合わせたチューンにより完全に各人の専用機としてフィッティングされた。