24.Scar faces
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住民に見捨てられて久しい寂れた町。メンテナンスされていない道路はあちこちがひび割が入り、そこに入り込んた植物が種子を芽吹かせ、かつては車が往来していたであろう大通りを叢へと変貌させていた。同様に、建物も窓ガラスが割られ、荒らされたその中身を晒している。今ここの街に住まうのは行き場を失った難民か世捨て人、もしくは訳ありの人間くらいだろう。
サウザンド・アイはそんな町の一角にある酒場跡に踏み入った。酒場跡、とは言うものの、中はそこを根城にする者たちによって手入れされており、多少散らかってはいるものの、外に立ち並ぶ他の建物よりはいくらか整っていた。
「よう、千里眼。テメエ、よく俺らの前にツラを出せたな?」
酒場の扉を開いた途端、いかにも軍人崩れな男が詰め寄ってきた。男はアイに対する嫌悪感をそのままぶつけるかのように顔を近づけ、その表情を一瞥する。
「どう言われようと構いません。今回私はあなた達、傷の部隊に仕事を依頼したいだけですから」
「ハッよく言うぜ。隊長を殺した男のケツを追いかけるアバズレ女が」
男のその言葉にアイは表情一つ変えないが、彼女の義眼は機械的な動作で男の動きを捕らえて離さない。だが、それが却ってアイの不気味さを男に印象づける結果となり、その感情を逆撫でさせる。
「そこまでにしておけ、フール」
一触即発。そう思われた途端フールと呼ばれた男は、カウンター席の奥に座る別の男にたしなめられる。だが、彼のその言葉がフールの怒りに火を付け、今度はその男に突っかかった。
「テメェ……オレを愚か者呼ばわりするんじゃねえつってんだろ。いくら副長だからって、限度ってモンがあるぜ」
副長と呼ばれた男にガンを飛ばしながら、フールは熱弁する。だが、その場にいる誰も彼の言葉を気にかける者はいない。
「命令無視の突撃バカのコードネームとしてはこの上なくお似合いだろう。フール・クラクション」
「チッ……」
副長に言いくるめられ、フールはその場から引き下がる。テーブル席に座り、ボトルに入った酒をあおる。
ここからは、ビジネスの話だ。金勘定が苦手な突撃バカは下がるに限る。
「お前さんが隊長の仇……ヴィランって奴の救出を俺らに依頼したいというのは理解った。だが、それで俺たちが得られる見返りはなんだ?」
副長が面と向かってアイに問いかける。ヴィランの組織を、傷の部隊は完全には信用していない。過去の戦闘でヴィランは彼らの隊長を殺害し、深い遺恨を残している。そんな相手の救出依頼など、感情論に照らし合わせれば受諾するはずもない。その上、依頼主であるアイは傷の部隊からヴィランに鞍替えした裏切り者だ。それだけに、彼女の持ちかけた仕事は副長たちにとってリスクの高いモノになる。だからこそ、傭兵としては相応のリターンを要求するのが筋という物だった。
「現在、最高の技術者が現時点で最高の強襲機動骨格を人数分手がけています」
「ハッ、最高ではあっても最強ではないんだな?」
副長とアイの会話に、フールが割って入る。
「そうね、最高の機体よ。でも、それを最強に至らせるのは乗り手の腕次第。傷の部隊はそういう人間の集う場所でしょ?」
「確かにな」
アイの言葉を肯定するように、副長も黙って首を縦に振った。
傷の部隊は数々の戦場で悪名を轟かせた傭兵部隊だ。隊員は紛争から「帰還」できなかった人間や戦闘狂で構成され、「弱ければ死ぬ、死んだらそこまで」という思想の元で実力至上主義を貫いていた。
だからこそ、副長はアイの言葉に共感を持てたのだ。
「それでも足りないのなら、それなりの額も用意しますが?」
「……いいだろう。俺たちもそろそろ暴れたくて仕方なかった所だ」
しばらく考え込んだ後、副長が席から立ち上がると、改めてアイに向き合い話を進める。
「では?」
「その依頼受けよう」
契約の成立に、アイと副長はお互いに笑みを浮かべて手を取り合う。
しかし、フールだけはその様子をバツの悪そうな表情で眺めながら、ボトルに入った液体を一気にあおった。
○
三日後、船の墓場の秘匿ドックに、傷の部隊の面々が一堂に会した。
現在のメンバーは隊長代行を務める副長を筆頭に、撹乱担当のフール・クラクション、近接格闘の達人ヒトキリ・サイゾー、爆発物の専門家であるボム・クラフター、そして潜入工作担当のアイスマンの五人。とはいえ、それぞれが各々の分野に精通したプロフェッショナルだ。
「よく来たわね」
「依頼を受けたからには、働かなければならないからな」
副長はそう言うものの、他のメンバーはアイのことを信用ならないといった目付きで凝視している。
裏切り者の汚名は払拭できそうにないと思いながらも、アイは手に入れた情報を元に作り上げた作戦計画書を手渡し、ブリーフィングを始めた。
今回の戦場は環太平洋同盟の海上隔離施設。政治犯や思想犯、テロリストなどが収容され、ヴィランもそこにいることが確認されている。
「やれやれ、よくこんな情報を入手できたな」
ボム・クラフターがため息混じりに計画書に添付された資料に目を通す。そこには施設の場所や構造、警備状況などが事細かに記載されていた。いずれも明らかに機密情報であるが、それがどのような経緯を経て流出したのか、ボムは不思議に思いながらもそれ以上は言及しなかった。
アイの立てた作戦はごくシンプルだ。陽動に乗じて潜入、ヴィランを救出したら最後は爆破。
「果たして最後の爆破は必要か?」
今度はサイゾーが疑問を投げかける。だが、アイは「証拠隠滅のためよ」と言って彼を納得させた。ボムもアイの意見に賛同しているが、それは爆発物担当として役割があるからだろう。サイゾーは細い目を更に細めるように二人を交互に見やると、何も言わなくなった。
ブリーフィングは淀みなく進み、一同は格納庫に案内される。いよいよ自分たちの乗る機体とご対面、という訳だ。
「ほう、これは」
機体をひと目見て、五人が唸る。クドラクをベースにしながらも、大幅に手を加えたであろうカスタム機が五機、ハンガーに並んでいた。センサーや関節部などはクドラクの面影を残しているが、外装のほとんどは新造され、大きく印象を変えていた。
漆黒の装甲に、頭には裂傷を思わせる鮮やかな赤いマーキング。このマーキングが、傷の部隊がその名で呼ばれる所以でもあった。
「既にあなたたちの過去のデータを元にしたセッティングは済ませてあります」
杖をつきながら、プロフェッサーが得意げに機体のレクチャーを始める。
「クドラクは優秀な機体ですが、誰でも扱えるようにしている分、尖りがありません」
「学者先生よぉ、そういう長ったらしい話はいいから要点だけ済ませてくれませんかね」
フールに指摘され、プロフェッサーは小さく咳払いをすると改めて機体について解説を行う。
「この機体はクドラクのポテンシャルはそのままに、安定性をカットした調整をしています。そのため、セッティングの対象となったパイロット以外まともに乗りこなすことはできません」
「なるほど、つまり個々の機体がそれぞれの専用機として充てがわれる、ということか」
プロフェッサーの解説を理解し、副長が頷く。
一方、フールは「専用機」という言葉に熱狂し、テンションを上げていた。その様子はまるで玩具屋のショーケースを眺めて興奮する子供のよう。
「私はこの機体にカスチェイと名付けました」
プロフェッサーは、ハンガーに収められたカスチェイを指し、にやりと笑みを浮かべた。
○傷の部隊
頭部に傷を思わせるペイントを施した強襲機動骨格を駆る傭兵で構成された部隊。
条約に反する行為や要人の暗殺といった汚れ仕事を中心に引き受ける戦争の嫌われ役であり、作戦遂行時のリスクが高いそれらを尽く成功させているため、その能力に対する評価は高い。
メンバーはお互いにコードネームで呼び合い、その素性を探らないことを旨とする。
サウザンド・アイもこの部隊の出身だが、ヴィランとの交戦時に彼に心酔し、部隊を裏切ったという経緯がある。また、この際に部隊長が戦死したため、以降は副長が隊長代行を務めている。