23.Interval
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太平洋上でヴィランを撃破したワイバーンは、拿捕したコンテナ船を曳航しながら、ハワイの真珠湾基地に寄港した。
目的はコンテナ船とヴィランの身柄を然るべき機関……つまりは情報部に引き渡すこと。本来なら事の発端となったニュー・サンディエゴ基地まで運ぶのが妥当なのだろうが、破壊された設備を復旧している最中のあの基地に再び敵襲が来ないとも限らない。そのため、ニュー・サンディエゴに降りかかるリスクを分散するべきという上層部の判断から、最寄りの基地の中でも規模の大きい真珠湾が選ばれたのだった。
コンテナ船の内部は曳航中もくまなく捜索されたものの、蟻の子一匹見つけられなかった。当然、強奪されたクォーツの行方も知らぬまま。ただ、底部に大型の水密ハッチがあったことから、主だったメンバーはクォーツや必要な機材とともに潜水艇に乗って逃げ出した、とするのが情報部の立てた結論だった。
つまり、ヴィランがあの場で暴れたこと自体が陽動であり、その結果エイブラハムたちは敵の潜水艇を取り逃がしたということになる。
「まんまとしてやられた。奴は自分抜きでも自分の計画を進められるように手を打ってやがったんだ」
格納庫の片隅で壁に背を預けながら、エイブラハムは大きくため息を吐いた。
「でも、あの男の計画が何なのか、まだパズルのピースは埋まらない」
エイブラハムの隣にはシオンの姿。エイブラハムは彼女の発した言葉に静かに頷き、手元の端末に目を通す。アネット少佐から提供された資料がそこには詰まっており、エイブラハムはそれらと照らし合わせて話を進めていた。
資料には、ヴィランがこれまで表立って行ってきた行動が時系列順に記されているが、どれも目的が明らかになるような記述は見つからない。
シオンは会話を続ける。
「実際に戦ってみて思ったけど、ヴィランという男はどこか快楽主義に浸ってるフシがあった。ダンピールを見た時は最初のうちは憤慨していたけど、撃ち合っているうちにそれを楽しむようになったというか……」
「それは俺も感じていた。目的があるはずなのにそれが読めないのも、そういった性格が行動に出ているからだろうな」
シオンとエイブラハムは、ヴィラン・イーヴル・ラフについて情報を交換しあっていた。やっていることは即席のプロファイリングに近いが、お互いに因縁のある相手なだけあって、こういったことは今のうちにやっておくべきだろうと、シオンがエイブラハムに持ちかけたのだ。
一方のエイブラハムは、まさかシオンの方から話しかけてくることに、少し驚きつつも内心では喜んでいた。なにせエイブラハムはシオンに「復讐のためにホタルの研究を利用した男」だと思われ、嫌われているものだと認識していただけに、今回の誘いは嬉しいものだった。たとえそれが、仇に対する情報交換だとしてもだ。
「……何見てるのさ」
「いや、別に」
シオンの顔に視線を向けていたことを感づかれ、思わず明後日の方向を向いて自分の心情をごまかした。シオンの方も、顔の半分をジャケットの襟で隠しており、その表情を読み取ることはできない。
まだ、シオンとの心の距離感というものを掴みきれていない。果たして自分はいつ、彼女と昔のように語り合えるのだろう、と小さいため息を吐きながら天を仰ぐ。
ワイバーンが、真珠湾に着いた。
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基地に身柄を預けられたヴィランは、そのまま輸送機に乗せられ、別の基地に移されることになっていた。
真珠湾はあくまで中継地点。本格的な尋問は、別の施設で行うということだ。
「やれやれ、折角のハワイを楽しむ時間もないとは、残念ですね」
「無駄口を叩くな」
足を止め、常夏の楽園の蒼い海に目をやるヴィランに対し、アネット少佐は背中を押して輸送機に乗るよう急かした。
それに、南国のど真ん中で真っ黒なスーツというのは、見ているだけで気温が上がった気がしてならない。さっさと輸送機に乗せたほうが、基地の兵士たちに余計な気を遣わさないで済む。
「これから私は何処に連れ去られるんでしょう?」
「それをお前が知ってどうなる」
ボディチェックは入念に行い、発信器や盗聴器の類は身に着けていないことはわかっている。だが、この男の薄気味悪さは底知れないものがあった。
故に、アネット少佐はヴィランに接するときは同盟軍の情報を一つでも渡せば大惨事に繋がるという気概で臨んでいた。
「まあ、妥当に考えて収容施設で尋問、といったところでしょう」
無骨な輸送機の座席に座らされながら、ヴィランは自分の行く先をずばりと言い当てる。
当人の言う通り、これからヴィランの身柄が送られるのは同盟軍の収容施設。太平洋上に廃棄された石油プラントを転用・改築した絶海の隔離施設であり、その中でも特に厳重な監視と警備が配された特別棟だ。
政治犯、思想犯、その他諸々を収容するための現代のアルカトラズ。しかし、ヴォジャノイの存在が明らかになった今となっては、絶海の孤島というアドバンテージもどこまで通用するか怪しいものではあるが。
「同盟軍はしばしの平和を手に入れたと思うでしょう」
「フン、貴様が居なくともお前の組織は計画を進行するように準備している。だいたいそんな所だろう」
「理解が早くて助かります。でもね、私の計画は貴女の考えているほど生易しいものではないんですよ」
「それはどういうことだ」
ヴィランの言葉に、アネット少佐は思わず席を立つ。だが、ヴィランは人差し指を唇に当て、着席を促した。
「フフフ……それは目的地に着いたら、ゆっくりと話しますよ。いずれね」
ヴィランは不気味な笑みを浮かべつつ、輸送機の発着を待つ。
この底しれぬ不気味さに、アネット少佐はヴィランに対する不信感のレベルをまた一つ引き上げた。
輸送機の発進準備が完了し、滑走路から飛び立つ。
ヴィランは、窓から見える景色を鼻歌交じりで眺めている。その様子は、まるで遠足を楽しむ児童のような無邪気さを醸し出していた。
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地殻変動によって座礁した大小様々な船舶が寄り集まって出来た船の墓場。その船と瓦礫の山の一角に、巧妙にカモフラージュされたドックの存在があった。
隕石災害直後の混乱期に闇組織が非合法に建造した物資集積所に併設されたそのドックは、本来の持ち主がこの世を去ってからもその設備を維持し、稼働している。
「くっ……まさかヴィランが捕らえられようとはッ!」
ドックに入渠した潜水艇から荷物が次々と降ろされる中、サウザンド・アイは一人壁に拳を打ち付けながら後悔に浸っていた。
ヴィランが居なくとも彼の計画は淀みなく進んでいく。だが、その全容を知る者はあまりにも少ない。中には、既に目的を達成したと思っている人間もいるくらいだ。
加えて、ヴィランの卓越した才能が、他の者たちはヴィランに対する「心配」という概念を希薄にさせていた。むしろ翌週には何事もなかったかのようにこのアジトに顔を出しているだろうという雰囲気すら醸し出している。
だが、アイは違う。彼女は「愛」という感情を理由に、ヴィランに対して依存している。だからこそ、彼女は愛しき男の身を案ずる。
何より彼女は、ヴィランの立てた計画はヴィラン自身の手で実行されるべきだという強い信念も持ち合わせていた。
「ここは屈辱だけど、彼らに頼る以外に無さそうね」
そう言って、アイは胸ポケットから携帯端末を取り出し、ある番号に電話をかける。
数ある通話履歴の底に埋もれていたその番号には、ただ短く「副長」の役職名が登録されていた。