22.Settle
○
バランスを崩し、その回復に追われるヴコドラクに、シオンのダンピールが迫る。
だが、ヴコドラクはダンピールの火器管制の調整不足を即座に見抜き、距離を取るべく即座にフライト・ユニットに出力を回す。ベクトルが安定しない状態であっても飛行が安定するのは、慣性制御装置の強みと言うべきか。
距離を取られれば、今のダンピールに攻撃を当てる手立てはない。ならば、シオンが取るべき行動は、再び敵に接近しての格闘戦。敵を追撃すべくシオンはダンピールを加速させ、空中での熾烈な追走劇が始まった。
機体が軽量なぶん、ダンピールの方が速度で勝る。追いつけない道理はないが、それでもヴコドラクは巧みに刃を避けてくる。操縦桿を動かす手から汗がにじんでくる。推進剤容量を増設されたモニターで確認すると、既に半分を切っている。
「こんなに消費が激しいなんて……!」
発進時のブーストも、推進剤を浪費するきっかけだったのを後になって理解する。ワガママなくせに繊細。機体のコンディションを異性に例えたくなる人間の気持ちを、シオンは少しは理解できたように思えた。
手榴弾を投げ、爆発でヴコドラクの飛行ルートを塞ぎ一気に距離を詰める。ヴコドラクもランチャーと機関砲でダンピールを牽制するが、致命傷になる部分への被害は慣性制御装置で抑えつつ進めば戦闘の継続は可能だ。機体の温度が上昇し、シオンの頬を汗が伝う。
牽制が意味のない物だと判断すると、ヴコドラクも左腕のブレードでダンピールの斬撃を受け止める。先程と同じ状況を作り出し、戦闘は再び降り出しに戻る。
『ハハハ、とんだハリボテだ。そんな機体で私に勝とうなど』
「黙れ」
挑発を跳ね除け、シオンは再びチェーンガンの銃爪を引く。
『お嬢さん、君はミスを犯したね。切り札とも言うべき暗器を最初に使ってしまった』
ダンピールの頭部から放たれたその弾丸を、ヴコドラクは上体を捻って回避する。否、回避どころではない。捻った半身……その腕には長斧。攻撃が来ると予測し、シオンは長斧の刃を慣性制御で受け流すべく防御を固める。が、ヴコドラクは刃を振るうのではなく、長斧の切っ先を突いて来た。
予想外の攻撃に、一瞬だけ対応が遅れる。咄嗟に左腕でそれを受けるが、斧に乗せられた運動エネルギーは思いの外大きく、その衝撃を以ってダンピールをコンテナ船へと突き落とした。シオンは全身のブースターで機体の姿勢を制御し、コンテナ船の甲板に着地する。
やられた。姿勢制御に手間取ったせいで推進剤はほとんど残っておらず、ダンピールは空を飛ぶことができない。
せいぜい、ジャンプがあと一、二回程度できるかどうか、だ。
『まったく、そんな未完成のハリボテをぶつければ勝てると思っていたようでは、あなた達の底が知れますね』
挑発たっぷりに、ヴコドラクがコンテナ船に降りてくる。
ご丁寧に、長斧の切っ先はダンピールに向けたままだ。
「そう言って、お前は私の機体のことをまだ警戒している」
『敵には常に全力で警戒するものでしょう?』
「光栄ね。でも、それが命取り」
強敵に警戒をされたことに少し優越感を覚えながら、シオンは言った。このコンテナ船は、最早自分の庭でないということを、敵は失念しているのだから。
そのことに敵パイロットが気付くよりも早く、左右から二本のワイヤーが飛び出し、ヴコドラクの右腕と左脚に絡みつく。
『なんと……?!』
船上での落下防止策として、クォーツ・ターボとクォーツ・スナイプが腕部に格納していたワイヤー。それが敵を絡め取るために用いられたのだ。
『ようやくお前を捕まえたぞ』
『観念してもらうよ、ボスキャラさん!』
だが、相手は飛行可能なヴコドラクだ。拘束されながらもフライト・ユニットから推力を生み出し、上空へ逃げようとする。
『させるかよッ!』
エイブラハムとレンはワイヤーを巻き取り、さらにブースターを全開にしてヴコドラクと競り合う。悲鳴を上げるワイヤーを切断しようと、ヴコドラクは左腕のブレードを展開。しかし、その刃が振るわれるよりも先に、刀身に銃弾が浴びせられた。
『俺も忘れるなよ』
ヴコドラクがセンサーを向けると、コンテナの山の中からレイフォードのクドラクがマシンガンを構えていた。
そして、仲間たちの作った時間を使い、シオンはダンピールを立ち上がらせると、再びブースターを点火し、最後の跳躍を敢行した。
声にならない叫びを叫び、シオンは跳ぶ。推進剤も空になり、慣性制御装置もオーバーヒート寸前の中で、シオンはヴコドラクに組み付き、その漆黒の翼を船の甲板へと叩き落とす。
『そいつは殺すな、取り押さえろ』
エイブラハムに言われるまでもなく、シオンはヴコドラクに伸し掛かった状態でナイフを装甲と装甲の隙間にねじ込んだ。
殺しはしない。聞きたいことが山ほどある。
その想いを刃に乗せ、伝達系を刺し貫き機体を停止させた。
ヴコドラクは完全に沈黙すると、コクピットハッチが開き中からパイロットの男が現れる。
黒いスーツを身にまとい、長い黒髪を後ろに束ね、眼鏡をかけた長身の男。その特徴に合致する人間の存在を、その場に居合わせた全員が熟知している。
「ヴィラン……イーヴル・ラフ」
敵の首謀者が、自ら前線に出て戦っていたというのか。シオンはその行動原理に驚きを隠せない。
こういったタイプの人間は、てっきり後衛でふんぞり返っているものだとばかり思っていた。
だが、目標となった男は現にこうして自分たちの前に立ち、両手を頭の上に置いている。
勝ったのか。誰もがそう思う中で、シオンだけは実感が沸かないままだった。
○
ヴィランは情報部の人間たちによって連行され、レイフォードたちもワイバーンに収容された。
戦闘を終え一息つけるようになったものの、シオンはダンピールをハンガーに収めてもいまだにコクピットから出てくる気配がない。
何が起きた、とレイフォードは心配するが、やがて大量の蒸気が機体から放出され、それと同時にコクピットハッチが開放される。機体に増設されたラジエータが起動し、溜め込まれた熱が一気に開放されたのだ。
「あっっつッ!!」
叫び声とともにシオンがコクピットから乗り出し、レイフォードはデジャブを感じながらも、「大丈夫か」とシオンに声をかける。
振り向きざまに一瞬、薄着になったシオンの姿が視界に入りそうになったが、その途端目の前に鉄の拳が割って入った。
「何見ようとしてんだ」
エイブラハムの左腕から繰り出された裏拳がレイフォードの顔面に直撃。顔が凹むような激痛に、レイフォードは思わずその場でのたうち回る。
「いっつてえッ!左はやめてくださいよ、左はッ!!」
「うっせえ、人の嫁さんの義妹の肌見ようとする奴にゃ鉄拳制裁だ」
「なんですかそれー!」
そんな理不尽な、と思いつつレイフォードは手足を伸ばし、大の字に倒れ込んだ。
一方、シオンは汗を拭いて愛用のフライトジャケットに袖を通しながらその様子を見つめ、思わず笑みを浮かべた。
「なんだ、シオンも笑えるもんじゃん」
レンが近寄って来て、シオンの肩を抱く。標準より大きい胸が、シオンの頬に当たりさっきまでの笑みをかき消す。
「笑ってません」
「いーや、笑っていたね!」
そういって、レンはさらに強くシオンに抱きつく。
任務が終わったことで、皆張り詰めていた緊張感から開放されたのだ。気が緩むのも仕方のないことだろうと、シオンは観念する。
しかし、これで決着がついたという実感が沸かない。むしろ、ここからが始まりではないか、という疑念が、シオンの胸中に宿っていた。
○ワイバーン
ニュー・サンディエゴ基地所属のキーヴル級航空巡洋艦。艦長はワカナ・シュレディンガー。
強襲機動骨格部隊の運用を想定した改修が施されており、格納庫が拡張され、併せて艦首部分もやや延長されている。
速力や火力など、その他のスペックに変わりはない。
なお、キーヴル級の甲板にはカタパルトが備わっているが、これは本来戦闘機の離発着に用いられる設備であり、強襲機動骨格の使用は想定されていない。




