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Knife Sheath  作者: [LEC1EN]
ヴィラン
21/84

21.Dhampir

「ヴコドラクが現れたの!?」

「はい。今エイブラハム大尉らと交戦中です」


 因縁の敵が出現したという報告に、シオンは思わずコクピットハッチから身を乗り出した。

 シオンの乗る「ダンピール」と銘打たれたその機体は、今最終調整を行っている真っ最中であり、出撃しようにも今は動けない運命にある。

 クォーツ予備機に、ありあわせの装備を組み合わせて無理やり稼働状態に持っていったような機体なだけに、実際に機体を動かした時、その挙動がどうなるか予測するのは難しい。試験運用も行えないまま実戦投入しなければならない状況だからこそ、ギリギリまで機体のチェックを粘る必要があるというのが、メカニックであるトウガの主張だった。

 しかし、あの空を飛ぶ機体が現れたとなれば、少しでも手数は必要だ。


「調整急いで。私もすぐに出る」

「テストもしていないぶっつけ本番ですから、少しでも危険性(リスク)は減らさないと」

「そう言っている間に、こっちが危なくなるでしょ」


 シオンはトウガにそう告げ、機体の調整を急かす。

 調整すべき項目はあと二つ。項目一つにつき二分とかからないとは言え、今はその二分がとても長く感じられた。


 ヴコドラクは飛行して高度を取り、長斧(ハルバード)に取り付けられたランチャーで一方的にエイブラハムたちをいたぶっていた。砲弾が次から次へとコンテナ船に向けて放たれ、エイブラハムたちはそれを回避しつつヴコドラクに銃を向けるが、発砲と同時にヴコドラクは高度を取って回避。放たれた火線は文字通り空を切る。


「降りてこい!この卑怯者が!!」


 エイブラハムは外部スピーカーをオンにしてヴコドラクを挑発するが、ヴコドラクはそれに乗ることなく、我が物顔で空を飛ぶ。


『ハハハ、誰がわざわざ自分の優位性を捨てる真似をしますか!』


 ヴコドラクのパイロットはむしろエイブラハムの挑発に対して挑発で応え、更に攻撃を加えてくる。

 たとえその攻撃が外れ、コンテナ船に被害が及ぼうともお構いなしだ。

 積み上げられたコンテナが攻撃で崩れて散乱し、その質量が予想外の方向からの不意打ちとなってエイブラハムたちを襲う。


「この前みたいにわざわざこっちの土俵で戦うつもりは無い、ってか」


 舌打ちをし、コンテナを押し止めつつヴコドラクを探す。が、ヴコドラクはコンテナ船を守るでもなくワイバーンへと向かう。


「あの野郎……ッ!」

『折角空対空戦の相手がいるのに、これと戦わないのはもったいないでしょう』


 その言葉とともにヴコドラクは長斧(ハルバード)をワイバーンに向けつつ、その周辺を旋回する。

 ワイバーンもCIWSでこれを迎撃するが、ヴコドラクはひらりとそれを避けて砲撃を加えていく。CIWSが破壊され、無力化されていくワイバーンの姿を、エイブラハムたちはただ見ることしかできなかった。船上の制圧を優先した結果、レイフォードもレンも長距離射撃に適した武装を持ち合わせていないのだ。レンのアサルトライフルならばなんとか届くだろうが、射撃精度の面で不安が残る。下手をしたらワイバーンに当てかねない。

 もはや八方塞がりかと思ったその時、通信機の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。


『まだ、終わりじゃない』


「まだ、終わりじゃない」


 その一言とともに、ワイバーンのカタパルトからシオンの乗るダンピールが姿を表す。クォーツの頭部を換装し、肩部や背部に様々な増加装備を取り付けた歪な機体。加えてそれら増加装備や修復された左腕は地色をさらけ出したまま塗装が施されておらず、それが機体のアンビバレンツさをさらに強調していた。

 だが、トウガは自信満々の顔でシオンを送り出した。性能は折り紙つき、という訳らしい。その表情に応えるためにも、まずはワイバーンにまとわりつくヴコドラクを何とかしなければならない。

 幸い、ダンピールの各所にはブースターが増設されている。これを上手く連動させ、慣性制御装置(エリミネーター)と併用させれば短時間の空中機動が可能なはずだと、トウガは言っていた。

 カタパルトからダンピールを飛び立たせ、シオンは大空に躍り出る。だが、その推進力はシオンの予想を越えていた。


「ちょ、何これ!?」


 制御しきれなかったGに揺さぶられつつ、シオンは空中で暴れる機体を慣性制御装置(エリミネーター)で制御すると戦場での位置関係を確認する。

 モニターを確認すると、ワイバーンとコンテナ船、そしてヴコドラクが遠くに見えた。一瞬にしてそこまで飛ばされたのかと思いつつ、シオンは機体を主戦場へと向けた。

 幸い、機体が重力の井戸に落ちることはない。慣性制御フィールドを足元に集中させるトウガお手製の跳躍機動セッティングは、どうやら功を奏したらしい。

 一方ヴコドラクは、突然ワイバーンから飛び出した謎の飛翔体に目を向け、それが何なのかを探っている様子だ。そして、それが強襲機動骨格(アサルト・フレーム)だと確認するや否やダンピールへ長斧を振るい、襲いかかってくる。

 シオンはマシンガンのナイフと大型ナイフでヴコドラクの初撃に応えた。


『何なのですか、その機体は……! 空を……空を往く機体は私のヴコドラクだけで十分なんですよッ!!』

「さあ、どういう機体なのかは私にもさっぱりなんだけど、ねッ!」

『巫山戯るのも大概にしてもらいたい!』


 空中で激しい鍔迫り合いを展開する中で、ヴコドラクの外部スピーカーが敵パイロットの動揺する声を出力する。それまで唯一無二(ワンアンドオンリー)だったヴコドラクの戦術的優位性タクティカルアドバンテージが、ダンピールの出現によって覆されたのだ、無理もない。その様子を見るに、相手も空中戦ができる強襲機動骨格(アサルト・フレーム)と戦うのは初めてなのだろう。言ってしまえば、これが人類の歴史上初の空戦可能な人型機動兵器同士による空中戦ということになる。

 一方で、シオンはこれまで自分たちの予想の斜め上から襲いかかってきた敵の鼻っ柱をようやく挫くことができたとにご満悦だ。

 しかし、ダンピールは機体の限界も、推進剤がどれだけ持つのかも理解らない。さらに言えば、シオン自身も空中戦のノウハウがあるわけでもないし、機体の慣熟訓練を充分にこなしたわけでもない。まったくなんて機体とパイロットだ、と静かに自嘲する。

 ただ一つ確かなことは、ヴコドラクのように大仰なフライト・ユニットを背負っているわけではないため、ダンピールの推進剤容量はそれほど多くはないということだ。

 ともかく、早々にこの黒い機体を海に叩き落さねば、こっちが季節外れの海水浴に興じる羽目になる。それだけは勘弁だ、とシオンは頭の中で戦術を組み立て、実行に移す。


「まずはこの鍔迫り合いを制するところから……ッ!!」


 そう言って、シオンは頭部及び胸部の武装を稼働状態(アクティブ)にする。換装されたダンピールの頭部の両頬には、チェーンガンが組み込まれており、火力が強化されていた。

 胸部のオプション機銃と同様に、対人制圧やミサイル迎撃、接近戦での牽制などを担う装備として開発が進められていたが、タルボシュ系列機の頭部には、センサーから収集した情報の解析や視覚化をサポートするためのサブプロセッサーが設けられていた。そこに火器を同梱させるとなれば、当然機体の情報処理能力にも影響は出る。発射時の熱はコンピュータに負荷をかけ、弾倉が組み込まれた分だけ容量は減ってしまう。

 だがその反面、取っ組み合いで両腕両足以外を武器にできるのは、他にない大きな強みだった。

 強襲機動骨格(アサルト・フレーム)の頭は人間のそれと同じく首関節を介して胴体と繋がっている。これを回転砲塔にした場合の有用性は大きい。射角も、オプション機銃と比較して広く、広範囲を攻撃できるのは利点といえるだろう。

 ダンピールの頭部チェーンガンと胸部機銃、その両方がほぼ同時に火を吹いた。

 鍔迫り合いに興じていたヴコドラクは、それを察して瞬時にその銃撃を避ける。が、その行動を取るのをシオンは待っていた。

 急な回避に伴うベクトルの変化と、それによって崩れた姿勢を回復させるためのバランス調整。この際に生まれる隙を、シオンは無理やり作り出したのだ。

 降下するヴコドラクにマシンガンを向け、フライト・ユニットに狙いを定めて撃つ。

 だが、銃身がブレて決定打を与えられない。火器管制システムが、空中での空気抵抗を考慮していないのだ。調整が完璧でないのは想定していたが、火器管制にそれが現れるとは想定外だった。

 ならば、とシオンはブースターを吹かし、再びヴコドラクとの距離を詰めた。

○ダンピール

 トウガ・ヴァーミリオンが、ニュー・サンディエゴ基地での戦闘で中破したクォーツ予備機を改修、強化した機体。

 損傷部分には評価試験待ちだった各種強化パーツが充てがわれ、結果として機体性能は格段に向上したものの、本来併用を想定されていないパーツを複数同時に装備してしまっている為、極めて不安定な機体として完成してしまった。

 また、機体のリペイントもされていないため、強化パーツは素材の地色のままとなっており、もともとのクォーツのカラーリングとともに極めてちぐはぐな印象を与えている。

 最大の特徴は脚部、肩部、背部に増設されたブースターであり、これと慣性制御装置を連動させることで短時間ではあるが機体を重力から解き放つ「跳躍」が可能となっている。

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